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9話 見世物としての奇跡
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9話 見世物としての奇跡
その日、王宮の中庭は、いつにも増して賑やかだった。
いや、正確に言えば――
賑やかに「されていた」。
赤い絨毯が敷かれ、即席の舞台が設えられ、
色とりどりの旗が風にはためいている。
「……これは、何の催しですの?」
アルトリア・カストゥスは、足を止めて呟いた。
視線の先では、教会関係者が忙しなく行き交い、
聖職者らしき者たちが配置を確認し合っている。
(嫌な予感しかしませんわね)
その予感は、外れなかった。
「アルトリア様!」
声をかけてきたのは、顔見知りの若い神官だった。
やけに晴れやかな表情をしている。
「本日は素晴らしい日になりますよ!」 「聖女様の奇跡を、広く民にお披露目することになりまして!」
「……お披露目?」
アルトリアの眉が、ぴくりと動く。
「誰が、そのようなことを?」
「もちろん、枢機卿猊下と……」 「王太子殿下のお考えです!」
胸を張って言われ、アルトリアは内心でため息をついた。
(……やはり)
あの二人が絡めば、
「静かに様子を見る」という選択肢は、最初から存在しない。
「ジャンヌ様は……?」 「ご存じで?」
「はい! もちろん!」 「もうすぐこちらに――」
神官がそう言い終える前に、
中庭の入口がざわめいた。
視線が一斉に集まる。
そこに現れたのは、
白を基調とした簡素な衣装を着せられたジャンヌ・テレーゼだった。
(……着せられた、ですわね)
アルトリアは、一目でそう理解した。
衣装は清楚で、聖女らしさを強調している。
だが、サイズも装飾も、ジャンヌ本人の好みなど一切考慮されていない。
何より――
ジャンヌの表情が、あまりにも硬い。
(……緊張、というより……)
怯えている。
それが、アルトリアにははっきりと分かった。
「聖女様がいらっしゃいましたぞ!」
誰かの声を合図に、
中庭に集められた市民たちが、どっと沸いた。
「おお……!」 「本当に聖女様だ……!」
ジャンヌは、びくりと肩を震わせた。
教会の神官が、彼女の背中にそっと手を添える。
「さあ、こちらへ」 「いつも通りで大丈夫ですよ」
“いつも通り”。
その言葉が、どれほど無責任か。
アルトリアは、奥歯を噛み締めた。
(いつも通り、とは……)
ジャンヌは、ゆっくりと舞台に上がる。
足取りはおぼつかない。
それでも、逃げることはできない。
(拒否という選択肢が、ない)
それが、ここにいる全員の暗黙の了解だった。
「では――」 「聖女ジャンヌ・テレーゼ様による」 「奇跡の御業をご覧いただきましょう!」
高らかな宣言。
次の瞬間。
ジャンヌの身体が、ふわりと浮かび上がった。
三十センチ。
それだけの高さ。
だが、市民たちは息を呑み、次いで歓声を上げる。
「おおおお……!」 「浮いている……!」
アルトリアは、冷静にその光景を見つめていた。
(……やはり、演出次第ですわね)
高さは関係ない。
見せ方がすべてだ。
神官の合図で、次の演目に移る。
ジャンヌが手を伸ばすと、
舞台の端に置かれていた花籠が、ふわりと宙に浮いた。
「おお……!」 「物まで……!」
市民のざわめきが、一段と大きくなる。
アルトリアは、思わず苦笑した。
(スプーンでも、籠でも……) (“浮いた”時点で同じですもの)
だが。
ジャンヌの顔色が、目に見えて悪くなっていく。
(……長すぎますわ)
能力に反動はない。
だが、精神的な消耗は別だ。
(しかも、これ……)
終わる気配がない。
「次は――!」
神官の声が、さらに響く。
(……次?)
アルトリアの嫌な予感は、的中した。
「聖女様には、さらなる奇跡もお持ちです!」 「どうぞ、ご覧ください!」
ジャンヌが、はっと顔を上げる。
(……聞いていません、という顔ですわね)
アルトリアは、胸の内で舌打ちした。
ジャンヌは、一瞬だけ周囲を見回した。
逃げ場はない。
観衆。
教会。
王太子。
すべての視線が、彼女に向けられている。
ジャンヌは、ゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間。
――消えた。
「……え?」
アルトリアも、さすがに声を漏らした。
舞台の上から、ジャンヌの姿が消失したのだ。
「消えた!?」 「今のは……!」
どよめきが、悲鳴に近いざわめきへと変わる。
数秒後。
舞台の端に、ジャンヌが現れた。
「……っ!」
顔色は、真っ青。
足元がふらつき、今にも崩れ落ちそうだ。
「おおおおお!!」 「瞬間移動だ……!」
歓声は、最高潮に達した。
アルトリアは、その光景を見ながら、冷静に計算していた。
(距離、五メートルほど) (集中時間……五秒以上)
――完全に、見世物だ。
神官は満足そうに頷いている。
「素晴らしい!」 「さすがは聖女様!」
だが、アルトリアの目には、別のものが見えていた。
ジャンヌの、震える指。
必死に平静を装う表情。
「終わってほしい」と叫んでいるような視線。
(……これは)
“お願い”という名の強制。
(そして……)
誰一人として、
ジャンヌ本人の意思を確認していない。
「……終わりですわね」
アルトリアは、小さく呟いた。
この奇跡は、
人を救うためのものではない。
人を集め、
人を熱狂させ、
人を満足させるためのものだ。
ジャンヌは、拍手の中で深く頭を下げていた。
それが、
“聖女として正しい振る舞い”だと
教え込まれているかのように。
アルトリア・カストゥスは、
その姿を見つめながら、
胸の奥に、言葉にできない違和感を溜め込んでいった。
――まだ、この時点では。
それが「怒り」なのか、
「不安」なのか、
彼女自身、分かっていなかった。
ただ一つ確かなのは。
(……見世物、ですわね)
この奇跡は。
そして、
この“聖女扱い”は。
---
次は
▶ 10話「平民という枷」
ジャンヌの出自と、「逆らえない理由」をはっきり描く回です。
続けて書きますか?
その日、王宮の中庭は、いつにも増して賑やかだった。
いや、正確に言えば――
賑やかに「されていた」。
赤い絨毯が敷かれ、即席の舞台が設えられ、
色とりどりの旗が風にはためいている。
「……これは、何の催しですの?」
アルトリア・カストゥスは、足を止めて呟いた。
視線の先では、教会関係者が忙しなく行き交い、
聖職者らしき者たちが配置を確認し合っている。
(嫌な予感しかしませんわね)
その予感は、外れなかった。
「アルトリア様!」
声をかけてきたのは、顔見知りの若い神官だった。
やけに晴れやかな表情をしている。
「本日は素晴らしい日になりますよ!」 「聖女様の奇跡を、広く民にお披露目することになりまして!」
「……お披露目?」
アルトリアの眉が、ぴくりと動く。
「誰が、そのようなことを?」
「もちろん、枢機卿猊下と……」 「王太子殿下のお考えです!」
胸を張って言われ、アルトリアは内心でため息をついた。
(……やはり)
あの二人が絡めば、
「静かに様子を見る」という選択肢は、最初から存在しない。
「ジャンヌ様は……?」 「ご存じで?」
「はい! もちろん!」 「もうすぐこちらに――」
神官がそう言い終える前に、
中庭の入口がざわめいた。
視線が一斉に集まる。
そこに現れたのは、
白を基調とした簡素な衣装を着せられたジャンヌ・テレーゼだった。
(……着せられた、ですわね)
アルトリアは、一目でそう理解した。
衣装は清楚で、聖女らしさを強調している。
だが、サイズも装飾も、ジャンヌ本人の好みなど一切考慮されていない。
何より――
ジャンヌの表情が、あまりにも硬い。
(……緊張、というより……)
怯えている。
それが、アルトリアにははっきりと分かった。
「聖女様がいらっしゃいましたぞ!」
誰かの声を合図に、
中庭に集められた市民たちが、どっと沸いた。
「おお……!」 「本当に聖女様だ……!」
ジャンヌは、びくりと肩を震わせた。
教会の神官が、彼女の背中にそっと手を添える。
「さあ、こちらへ」 「いつも通りで大丈夫ですよ」
“いつも通り”。
その言葉が、どれほど無責任か。
アルトリアは、奥歯を噛み締めた。
(いつも通り、とは……)
ジャンヌは、ゆっくりと舞台に上がる。
足取りはおぼつかない。
それでも、逃げることはできない。
(拒否という選択肢が、ない)
それが、ここにいる全員の暗黙の了解だった。
「では――」 「聖女ジャンヌ・テレーゼ様による」 「奇跡の御業をご覧いただきましょう!」
高らかな宣言。
次の瞬間。
ジャンヌの身体が、ふわりと浮かび上がった。
三十センチ。
それだけの高さ。
だが、市民たちは息を呑み、次いで歓声を上げる。
「おおおお……!」 「浮いている……!」
アルトリアは、冷静にその光景を見つめていた。
(……やはり、演出次第ですわね)
高さは関係ない。
見せ方がすべてだ。
神官の合図で、次の演目に移る。
ジャンヌが手を伸ばすと、
舞台の端に置かれていた花籠が、ふわりと宙に浮いた。
「おお……!」 「物まで……!」
市民のざわめきが、一段と大きくなる。
アルトリアは、思わず苦笑した。
(スプーンでも、籠でも……) (“浮いた”時点で同じですもの)
だが。
ジャンヌの顔色が、目に見えて悪くなっていく。
(……長すぎますわ)
能力に反動はない。
だが、精神的な消耗は別だ。
(しかも、これ……)
終わる気配がない。
「次は――!」
神官の声が、さらに響く。
(……次?)
アルトリアの嫌な予感は、的中した。
「聖女様には、さらなる奇跡もお持ちです!」 「どうぞ、ご覧ください!」
ジャンヌが、はっと顔を上げる。
(……聞いていません、という顔ですわね)
アルトリアは、胸の内で舌打ちした。
ジャンヌは、一瞬だけ周囲を見回した。
逃げ場はない。
観衆。
教会。
王太子。
すべての視線が、彼女に向けられている。
ジャンヌは、ゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間。
――消えた。
「……え?」
アルトリアも、さすがに声を漏らした。
舞台の上から、ジャンヌの姿が消失したのだ。
「消えた!?」 「今のは……!」
どよめきが、悲鳴に近いざわめきへと変わる。
数秒後。
舞台の端に、ジャンヌが現れた。
「……っ!」
顔色は、真っ青。
足元がふらつき、今にも崩れ落ちそうだ。
「おおおおお!!」 「瞬間移動だ……!」
歓声は、最高潮に達した。
アルトリアは、その光景を見ながら、冷静に計算していた。
(距離、五メートルほど) (集中時間……五秒以上)
――完全に、見世物だ。
神官は満足そうに頷いている。
「素晴らしい!」 「さすがは聖女様!」
だが、アルトリアの目には、別のものが見えていた。
ジャンヌの、震える指。
必死に平静を装う表情。
「終わってほしい」と叫んでいるような視線。
(……これは)
“お願い”という名の強制。
(そして……)
誰一人として、
ジャンヌ本人の意思を確認していない。
「……終わりですわね」
アルトリアは、小さく呟いた。
この奇跡は、
人を救うためのものではない。
人を集め、
人を熱狂させ、
人を満足させるためのものだ。
ジャンヌは、拍手の中で深く頭を下げていた。
それが、
“聖女として正しい振る舞い”だと
教え込まれているかのように。
アルトリア・カストゥスは、
その姿を見つめながら、
胸の奥に、言葉にできない違和感を溜め込んでいった。
――まだ、この時点では。
それが「怒り」なのか、
「不安」なのか、
彼女自身、分かっていなかった。
ただ一つ確かなのは。
(……見世物、ですわね)
この奇跡は。
そして、
この“聖女扱い”は。
---
次は
▶ 10話「平民という枷」
ジャンヌの出自と、「逆らえない理由」をはっきり描く回です。
続けて書きますか?
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