本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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11話 聖女にも婚約にもなりたくない

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11話 聖女にも婚約にもなりたくない

その日は、やけに静かな夕方だった。

王城の一角、来客用に整えられた小さな庭園。
噴水の水音だけが、一定のリズムで空気を揺らしている。

アルトリア・カストゥスは、白いパラソルの下で紅茶を飲んでいた。
向かいの席には、ジャンヌ・テレーゼ。

――「聖女様」。

そう呼ばれるようになって、まだ数日。
だが彼女の表情は、すでに「奇跡を起こした少女」のものではなかった。

「……静かですね」

アルトリアがそう言うと、ジャンヌは小さく頷いた。

「今日は、披露はありませんから……」 「少しだけ、自由です」

「“少しだけ”」

アルトリアは、その言葉をなぞるように口にした。

「ええ……」 「“聖女様は疲れてはいけない”って」 「部屋にいなさいって言われました」

それは、労わりの言葉の形をしていた。
だが実態は、命令に近い。

「……庭に出るのは?」 「本当は、良くないのでは?」

ジャンヌは、困ったように笑った。

「アルトリア様と一緒なら、いいって……」 「その……護衛の方もいますし……」

視線を巡らすと、確かに少し離れた場所に騎士が立っている。
目立たぬようにしているが、存在は明確だ。

(……完全に管理下)

アルトリアは紅茶を一口含み、
慎重に言葉を選んだ。

「……お身体の具合は?」 「無理は、なさっていません?」

「大丈夫です」 「浮くのも……慣れましたし……」

「“浮くのも”」

その言い方に、
アルトリアは一瞬だけ、眉をひそめた。

「……楽しい、ですか?」

ジャンヌは、すぐに答えなかった。

噴水の水音。
遠くで鳥が羽ばたく音。

その沈黙が、
答えそのものだった。

「……最初は」 「すごいって言われて……」 「必要とされてる気がして……」

ぽつり、ぽつりと、言葉が零れる。

「でも……」 「ずっと、見られていて……」 「何をしても、誰かに報告されて……」

ジャンヌは、自分の手を見つめた。

「……怖くなりました」

その声は、かすかに震えていた。

アルトリアは、
背筋を正した。

(……来ましたわね)

これは、
「愚痴」ではない。

「……ジャンヌ様」 「率直に、お聞きしますわ」

ジャンヌは、顔を上げた。

「あなたは……」 「聖女に、なりたいですか?」

その問いは、
あまりにも直球だった。

ジャンヌは、目を見開き、
すぐに視線を逸らした。

「……」

唇が、わずかに震える。

「……分かりません、って言ったら」 「怒られますか……?」

「いいえ」 「怒りませんわ」

即答だった。

ジャンヌは、深く息を吸った。

「……なりたく、ないです」

その言葉は、
思った以上に、はっきりしていた。

アルトリアは、言葉を失った。

「……聖女様って」 「すごい存在で……」 「皆さん、期待して……」

ジャンヌは、必死に説明するように続ける。

「でも……」 「私は……」

ぎゅっと、拳を握る。

「ただの、洗濯屋の娘で……」 「浮くだけで……」 「何も、救えなくて……」

「……」

「それなのに……」 「人生が、全部決まったみたいで……」

その瞬間、
アルトリアの胸の奥に、
冷たいものが走った。

(……人生が、決まった)

それは、
婚約破棄の場で、
自分が突きつけられた言葉と、
どこか重なっていた。

「……婚約のことも」 「同じ、ですか?」

ジャンヌは、こくりと頷く。

「……正直……」 「もっと、嫌です」

小さな声だったが、
迷いはなかった。

「王太子殿下が、悪い方だとは……」 「思いません……」

それは、
配慮の言葉。

「でも……」 「知らない方と……」 「急に、婚約して……」

視線が揺れる。

「……逃げられないって」 「思うと……」

言葉が、途切れた。

アルトリアは、
無意識に、ティーカップを置いていた。

(……これは)

これは、
「不満」ではない。

「拒否」だ。

「……誰にも」 「言えませんでした……」

ジャンヌは、
泣きそうな顔で笑った。

「聖女様が、嫌だなんて……」 「言ったら……」 「きっと、失望されますから……」

その瞬間。

アルトリアの中で、
何かが、確実に揺らいだ。

(……失望)

誰が、誰に?

期待する側が、
勝手に期待して、
勝手に失望する。

「……ジャンヌ様」

アルトリアは、
静かに言った。

「それを……」 「私に話したことを、後悔しませんか?」

ジャンヌは、少し驚いたように目を瞬かせ、
それから、首を横に振った。

「……不思議です」 「アルトリア様には……」 「言っても、いい気がしました」

「……」

「聖女様じゃなくて……」 「ジャンヌとして……」 「見てくださってる気がして……」

その言葉は、
アルトリアの胸を、
強く打った。

(……私は)

私は、
何を守ろうとしていた?

「……ありがとうございます」 「大切なお話を……」

アルトリアは、
そう言うのが精一杯だった。

ジャンヌは、
少しだけ、安心したように微笑む。

「……変、ですよね」 「聖女なのに……」 「なりたくないなんて……」

「いいえ」

アルトリアは、
即座に否定した。

「変では、ありませんわ」

だが、その直後――
胸の奥に、重たい違和感が残った。

(……それでも)

それでも、自分は。

「……婚約という立場があれば」 「守れる」

そう、考えていた。

だが今、
目の前の少女は、
はっきりと「嫌だ」と言った。

(……これは)

自分の判断は、
本当に、正しいのか。

噴水の水音が、
変わらず響いている。

だが、アルトリアの世界は、
確実に、揺れ始めていた。
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