本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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30話 王命

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30話 王命

 謁見の間に落ちた沈黙は、重く、逃げ場がなかった。

 国王は玉座に深く腰を下ろしたまま、ゆっくりと視線を巡らせる。
 重臣、貴族、教会関係者、そして王太子――
 誰一人として、その視線を正面から受け止めようとはしなかった。

 沈黙が続くほど、空気は張り詰めていく。

 アルトリア・カストゥスは、背筋を伸ばしたまま静かに立っていた。
 心臓は落ち着いている。
 ここまで来た以上、感情は不要だった。

 ――あとは、陛下が決められる。

 国王は、短く息を吐いた。

「この件について、余はすでに十分な報告を受けている」

 低く、よく通る声だった。
 それだけで、場の全員が理解する。

 これは即興の裁定ではない。
 準備された王命だ。

「王太子ルートヴィヒ・マシアスによる行為は、
 婚約という立場を用い、
 拒否権のない者に対して力の行使を求めたものと判断する」

 王太子の肩が、わずかに震えた。

「それは、善意や未来の名を借りたものであっても、
 本質は“強制”に他ならない」

 誰も口を挟まない。
 否定も、弁明も、もう意味を持たないことを理解していた。

 国王は、そこで一拍置いた。

「よって――王命を下す」

 その言葉が発せられた瞬間、
 謁見の間の空気が一段、冷えた。

「第一に。
 王太子ルートヴィヒ・マシアスと、ジャンヌ・テレーゼの婚約は、
 本日をもって無効とする」

 はっきりとした宣告だった。

 王太子が、思わず一歩前に出かける。

「陛下、それは――」

「黙りなさい」

 国王の一言で、すべてが止まった。

 声を荒げたわけではない。
 だが、その威圧は絶対だった。

「第二に。
 ジャンヌ・テレーゼを、本人の意思に反して
 『聖女』として扱うことを、今後一切禁じる」

 その瞬間、
 ジャンヌの小さな肩がびくりと跳ねた。

 彼女は、理解するのに少し時間がかかっているようだった。

 ――禁じる。
 ――聖女扱いを、やめさせる。

 それが、何を意味するのか。

「教会は、この命に従いなさい」

 国王の視線が、リシュリュー枢機卿に向けられる。

 枢機卿は、深く頭を下げた。

「……承知いたしました、陛下」

 その返答には、一切の感情がこもっていなかった。
 だが、それで十分だった。

 教会は、従う。
 それ以上でも、それ以下でもない。

 国王は、最後にゆっくりと視線を移した。

 謁見の間の隅。
 縮こまるように立つ、平民の少女へ。

「ジャンヌ・テレーゼ」

 名を呼ばれ、ジャンヌはびくりと身をすくめた。

「顔を上げなさい」

 恐る恐る顔を上げたジャンヌの目に、
 王の姿が映る。

 そこにあったのは、威圧ではなかった。
 観察するような、静かな視線。

「余は、次にあなた自身の意思を確認する」

 その言葉に、アルトリアは微かに息を吸った。

 ――来ましたわね。

 これが、最も重要な段階だ。

 国王は、はっきりと告げる。

「あなたは、
 聖女であることを、
 そして、この婚約を――
 本当に望んでいましたか?」

 その問いは、
 誰の立場も、権威も、肩書きも排した、
 ただの問いだった。

 謁見の間が、再び静まり返る。

 ジャンヌは、言葉を探すように唇を噛みしめる。

 これまで、誰も彼女に尋ねなかった問い。

 そして、次の答えが、
 この物語を決定的なものにする。

 王命は下された。
 だが、本当の解放は――
 まだ、ここからだった。
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