本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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34話 沈黙の肯定

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34話 沈黙の肯定

 謁見の間に残ったのは、音のない肯定だった。

 国王の宣告が終わり、誰かが声を上げることはなかった。
 賛同の拍手も、反論の叫びもない。
 ただ、誰一人として異を唱えない――その事実だけが、はっきりと場を支配していた。

 沈黙は、ときに最も強い同意になる。

 アルトリア・カストゥスは、それをよく知っていた。

 貴族たちは視線を伏せ、ある者は書類に目を落とし、ある者は天井を見つめる。
 だが、誰の表情にも共通しているものがあった。

 ――納得。

 声に出して賛成する必要はない。
 否定しないという選択そのものが、結論への賛同だった。

 リシュリュー枢機卿は、相変わらず静かに立っている。
 もはや弁明も、理屈も口にしない。

 教会にとって、この結末は痛手ではある。
 だが、敗北でもない。

 最初から「聖女」を信仰の中心に据える覚悟など、なかったのだ。
 利用できるなら利用する。
 危険なら、切る。

 ただそれだけ。

 教会は沈黙によって、王命を受け入れた。

 そして、その沈黙は周囲にも伝播していく。

 貴族たちは、内心で計算を終えていた。

 今、声を上げるべき理由はない。
 ジャンヌを聖女として押し戻すメリットは、どこにもない。

 むしろ、
 ここで反論することは、
 「自分も同じことをする可能性がある」と宣言するに等しい。

 誰も、そんな立場には立ちたくなかった。

 ルートヴィヒ・マシアス王太子だけが、取り残されていた。

 彼は何度か口を開きかけ、結局、閉じる。
 声にすれば、自分が間違っていたことを認めることになる。
 黙っていれば、何も主張できない。

 どちらにしても、もう選択肢はなかった。

 ――沈黙は、彼にとって救いではない。

 それは、完全な孤立の証明だった。

 国王は、場を見渡し、最後に短く告げた。

「異論なきものとする」

 その一言で、すべてが確定した。

 議論は終わった。
 裁定も終わった。
 残るのは、結果だけだ。

 アルトリアは、深く一礼した。

 この場で、彼女が発言する必要はもうない。
 むしろ、何も言わないことが、最も正しい。

 ジャンヌ・テレーゼは、まだ少しだけ呆然としていた。

 解放された実感が、追いついていない。

 ――本当に、終わったの?

 誰も自分を呼び止めない。
 誰も奇跡を求めない。
 誰も、役割を押し付けない。

 それが現実だと理解したとき、
 胸の奥で、何かが静かにほどけた。

 涙は、出なかった。

 泣くほどの余裕は、まだない。
 ただ、息がしやすくなった。

 アルトリアは、ほんの一瞬だけジャンヌを見た。
 言葉は交わさない。

 それでいい。

 この瞬間に必要なのは、
 慰めでも、祝福でもない。

 「もう大丈夫」という、確信だけだ。

 国王は、ゆっくりと玉座に戻った。

「本日の謁見は、ここまでとする」

 その宣言で、場は静かに解散へと向かう。

 人々は小声で挨拶を交わし、
 何事もなかったかのように歩き出す。

 だが、誰もが理解していた。

 今日という日は、
 小さな少女の人生にとって、決定的な転換点だったことを。

 聖女は、消えた。
 だが、それを惜しむ声はない。

 なぜなら――
 最初から、その「聖女」は、
 誰かの都合の中にしか存在していなかったからだ。

 沈黙は、すべてを肯定した。

 ジャンヌ・テレーゼは、
 ようやく自分の足で、謁見の間を後にする。

 誰にも導かれず、
 誰にも縛られず。

 それが、
 彼女が取り戻した、最初の自由だった。
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