本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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33話 解放

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33話 解放

 国王は、しばらくのあいだ黙したままだった。

 ジャンヌ・テレーゼの言葉が、謁見の間に完全に行き渡るまで、意図的に時間を置いているかのようだった。

 「望んでいません」

 その短い一言が、
 どれほど多くのものを断ち切ったのか――
 この場にいる者たちは、すでに理解している。

 国王は、ゆっくりと立ち上がった。

 玉座から立ち上がるという行為は、それ自体が意思表示だ。
 場にいる全員が、無意識のうちに背筋を伸ばす。

「ジャンヌ・テレーゼの意思は、明確である」

 その声は、静かで、しかし揺るぎがなかった。

「余は、先ほどの意思表示をもって、
 この件に関する最終判断を下す」

 誰も口を挟まない。
 口を挟む資格がない。

「王命により、
 ジャンヌ・テレーゼは、
 本日この時をもって――」

 一拍置く。

「『聖女』という立場から、完全に解放される」

 その言葉が告げられた瞬間、
 謁見の間の空気が、はっきりと変わった。

 重さが、消えたのだ。

 ジャンヌは、一瞬、意味を理解できずに立ち尽くしていた。

 解放。
 その言葉が、自分に向けられたものだと、すぐには信じられない。

 国王は続ける。

「以後、教会・王家・貴族のいずれも、
 ジャンヌ・テレーゼに対し、
 聖女としての役割、奇跡の行使、象徴的振る舞いを求めることを禁ずる」

 視線が、リシュリュー枢機卿に向けられる。

「教会は、この命に従うか」

 枢機卿は、深く頭を下げた。

「……はい、陛下。
 教会は、この王命を厳守いたします」

 その声音には、抵抗も、感情もない。
 それでいいのだ。

 これは交渉ではない。
 決定だ。

 国王は、今度はルートヴィヒ・マシアス王太子を見た。

「異論はあるか」

 問いかけは、形式的なものだった。

 王太子は、唇を動かそうとして――
 結局、何も言えなかった。

 否定すれば、
 少女の意思を踏みにじることになる。

 肯定すれば、
 自分の行為が誤りだったと認めることになる。

 どちらに転んでも、
 彼にとって有利な選択肢は、もう残されていなかった。

 国王は、それを確認すると、視線を外した。

「よろしい」

 それだけで、十分だった。

 アルトリア・カストゥスは、静かに息を吐いた。

 ――終わりましたわ。

 彼女が恐れていた最悪の結末は、訪れなかった。
 そして、彼女自身が下した判断の修正は、間違っていなかった。

 ジャンヌは、ようやく理解した。

 自分は――
 もう、何かを演じなくていい。

 浮かばなくていい。
 奇跡を見せなくていい。
 期待に応えなくていい。

 ただ、そこに立っているだけでいい。

 膝が、少しだけ震えた。

 恐怖ではない。
 緊張が、ほどけたせいだ。

 アルトリアは、視線でそっと合図を送った。

 「大丈夫ですわ」と。

 ジャンヌは、小さく頷いた。

 聖女は、消えた。

 だがそれは、
 失われたのではない。

 一人の少女が、
 元の場所に戻っただけだ。

 王命による解放は、
 誰かを罰するためのものではなかった。

 それは、
 「最初から、ここにあるべきだった状態」を
 取り戻すための宣言だった。

 この日を境に、
 ジャンヌ・テレーゼは、
 聖女ではなくなった。

 そして同時に――
 初めて、自分の人生を歩き始めたのだった。
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