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39話 侍女ジャンヌ
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39話 侍女ジャンヌ
朝の光が、静かに差し込む。
大きな窓から入る柔らかな陽射しは、
王宮でも、教会でもない、
公爵邸の一室を穏やかに照らしていた。
「……おはようございます」
控えめな声でそう言いながら、
ジャンヌはカーテンを整える。
その仕草は、まだ少しぎこちない。
だが、以前のような怯えはない。
彼女はいま、
アルトリア・カストゥスの侍女だった。
――聖女ではない。
――象徴でもない。
――奇跡の器でもない。
ただの、
一人の少女として。
「おはよう、ジャンヌ」
ベッドから起き上がりながら、
アルトリアが穏やかに返す。
そこには、
敬意も、上下も、
過剰な配慮もない。
あるのは、
信頼だけだ。
最初に「侍女にならないか」と言われた時、
ジャンヌは驚き、
そして困惑した。
聖女から侍女へ。
落差という言葉を使う者もいた。
だが、
ジャンヌ自身は違った。
肩にのしかかっていたものが、
すべて外れた感覚。
初めて、
自分の足で立っていると感じた。
「今日は書類が多いですわ」
「……はい、確認いたします」
ジャンヌは返事をし、
机の上を整える。
文字は、
まだ得意ではない。
けれど、
誰かに急かされることも、
失敗を責められることもない。
できないことは、
できないと言っていい。
教わる時間が、
与えられている。
それが、
彼女にとっての「仕事」だった。
昼には、
二人で軽い食事を取る。
「このパン、美味しいです」
「そうでしょう。無理に残さなくていいのよ」
かつて、
食事の場ですら、
ジャンヌは緊張していた。
食べ方一つで、
「聖女らしくない」と言われるからだ。
だが、今は違う。
咀嚼の音も、
表情も、
誰も咎めない。
それが、
こんなにも楽だとは、
知らなかった。
午後には、
庭の手入れを手伝う。
土に触れ、
花の香りを嗅ぎ、
風を感じる。
奇跡も、
浮遊も、
必要ない。
地面に足をつけて、
生きている実感が、
そこにはあった。
「……不思議です」
ふと、ジャンヌが呟く。
「何が?」
「聖女だった頃より……今の方が、世界が近いです」
アルトリアは、
少しだけ目を細めた。
「それでいいのですわ」
「え?」
「世界は、遠くから見上げるものではありませんもの」
ジャンヌは、
その言葉を、
ゆっくり噛み締める。
夕方、
仕事が終わると、
自由な時間が与えられる。
本を読んでもいい。
散歩をしてもいい。
何もしなくてもいい。
――選んでいい。
それが、
どれほど贅沢なことか。
夜、
部屋に戻る前、
ジャンヌは一瞬だけ立ち止まる。
「アルトリア様」
「何ですの?」
「……ありがとうございます」
それは、
聖女としてではなく、
一人の少女としての言葉だった。
アルトリアは、
いつもの調子で答える。
「礼を言われることはしていませんわ」
「でも……」
「あなたが選んだのです。それだけです」
ジャンヌは、
その言葉に、
小さく笑った。
部屋に戻り、
ベッドに腰掛ける。
明日も、
同じような一日が来る。
特別なことは、
何もない。
だが――
それが、
何よりも特別だった。
聖女は、
もういない。
ここにいるのは、
侍女ジャンヌ。
名前を持ち、
役割を選び、
静かに生きる、
一人の少女だった。
そして、
それは誰にも奪えない。
人生は、
ようやく、
彼女の手の中にあった。
朝の光が、静かに差し込む。
大きな窓から入る柔らかな陽射しは、
王宮でも、教会でもない、
公爵邸の一室を穏やかに照らしていた。
「……おはようございます」
控えめな声でそう言いながら、
ジャンヌはカーテンを整える。
その仕草は、まだ少しぎこちない。
だが、以前のような怯えはない。
彼女はいま、
アルトリア・カストゥスの侍女だった。
――聖女ではない。
――象徴でもない。
――奇跡の器でもない。
ただの、
一人の少女として。
「おはよう、ジャンヌ」
ベッドから起き上がりながら、
アルトリアが穏やかに返す。
そこには、
敬意も、上下も、
過剰な配慮もない。
あるのは、
信頼だけだ。
最初に「侍女にならないか」と言われた時、
ジャンヌは驚き、
そして困惑した。
聖女から侍女へ。
落差という言葉を使う者もいた。
だが、
ジャンヌ自身は違った。
肩にのしかかっていたものが、
すべて外れた感覚。
初めて、
自分の足で立っていると感じた。
「今日は書類が多いですわ」
「……はい、確認いたします」
ジャンヌは返事をし、
机の上を整える。
文字は、
まだ得意ではない。
けれど、
誰かに急かされることも、
失敗を責められることもない。
できないことは、
できないと言っていい。
教わる時間が、
与えられている。
それが、
彼女にとっての「仕事」だった。
昼には、
二人で軽い食事を取る。
「このパン、美味しいです」
「そうでしょう。無理に残さなくていいのよ」
かつて、
食事の場ですら、
ジャンヌは緊張していた。
食べ方一つで、
「聖女らしくない」と言われるからだ。
だが、今は違う。
咀嚼の音も、
表情も、
誰も咎めない。
それが、
こんなにも楽だとは、
知らなかった。
午後には、
庭の手入れを手伝う。
土に触れ、
花の香りを嗅ぎ、
風を感じる。
奇跡も、
浮遊も、
必要ない。
地面に足をつけて、
生きている実感が、
そこにはあった。
「……不思議です」
ふと、ジャンヌが呟く。
「何が?」
「聖女だった頃より……今の方が、世界が近いです」
アルトリアは、
少しだけ目を細めた。
「それでいいのですわ」
「え?」
「世界は、遠くから見上げるものではありませんもの」
ジャンヌは、
その言葉を、
ゆっくり噛み締める。
夕方、
仕事が終わると、
自由な時間が与えられる。
本を読んでもいい。
散歩をしてもいい。
何もしなくてもいい。
――選んでいい。
それが、
どれほど贅沢なことか。
夜、
部屋に戻る前、
ジャンヌは一瞬だけ立ち止まる。
「アルトリア様」
「何ですの?」
「……ありがとうございます」
それは、
聖女としてではなく、
一人の少女としての言葉だった。
アルトリアは、
いつもの調子で答える。
「礼を言われることはしていませんわ」
「でも……」
「あなたが選んだのです。それだけです」
ジャンヌは、
その言葉に、
小さく笑った。
部屋に戻り、
ベッドに腰掛ける。
明日も、
同じような一日が来る。
特別なことは、
何もない。
だが――
それが、
何よりも特別だった。
聖女は、
もういない。
ここにいるのは、
侍女ジャンヌ。
名前を持ち、
役割を選び、
静かに生きる、
一人の少女だった。
そして、
それは誰にも奪えない。
人生は、
ようやく、
彼女の手の中にあった。
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