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38話 世界は進む
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38話 世界は進む
季節は、何事もなかったかのように巡った。
市場には果物が並び、
パン屋の前には朝から行列ができ、
子どもたちは学校へ向かい、
兵士たちは交代の時間を迎える。
王太子が廃されたという事実は、
確かに王国の中枢を揺らした出来事だった。
だが、それは――
日常を止めるほどの事件ではなかった。
人々は驚き、噂し、数日は語り合った。
けれど一週間もすれば、話題は別のものへ移る。
「最近、税が少し下がったらしい」
「新しい王太子、意外と堅実だってさ」
「今年の葡萄酒は出来がいいらしいぞ」
世界は、進む。
個人の栄光や失墜など、
世界の歯車から見れば、
ほんの小さな凹凸にすぎない。
それが、
この国が長く続いてきた理由でもあった。
王宮では、制度の見直しが進められていた。
「聖女」という称号は、
公式文書から削除される。
奇跡に基づく身分付与は、
本人の意思確認を必須とする。
奇跡は尊い。
だが、
それ以上に尊いものがある――
そう明文化された。
誰かを責める言葉はない。
過去を断罪する文言もない。
ただ、
次に同じことが起きないための、修正。
王国は、
感情ではなく、
仕組みで反省する国だった。
一方で、
かつて「聖女誕生」と騒がれた広場は、
すでに別の用途に使われている。
屋台が並び、
音楽師が演奏し、
子どもたちが走り回る。
「ここで奇跡が起きたんだって?」
旅人がそう尋ねると、
地元の者は肩をすくめて答える。
「ああ、そんな話もあったな」
それだけだ。
三十センチ浮いた少女の話は、
いまや逸話にすらなっていない。
教会もまた、
以前のような派手な演出をやめた。
信仰とは、
驚かせるものではなく、
寄り添うものだと再定義されたからだ。
リシュリュー枢機卿は、
その決定に異を唱えなかった。
彼は理解していた。
あの場で沈黙した時点で、
時代はすでに動いていたのだと。
沈黙とは、
敗北ではない。
受容だ。
そして、
国際社会も同じ反応を示した。
隣国は静観を解き、
新たな王太子と形式的な挨拶を交わす。
「内政が安定している国だ」
「判断が早い」
それ以上の評価は、必要なかった。
問題は解決した。
それで終わりだ。
世界は、
いつもこうして進んでいく。
誰かの人生が大きく変わっても、
世界そのものは、
ほとんど何も変わらない。
――だからこそ。
人は、
自分の人生を、
自分の意思で選ばなければならない。
そのことを、
この国は一つ学んだ。
そして、
アルトリア・カストゥスは、
その「学び」の中心にいながら、
中心に立つことを望まなかった。
彼女は、
表舞台から一歩下がり、
いつもの生活へ戻る。
書類を読み、
侍女と会話し、
静かな午後のお茶を楽しむ。
世界を動かした実感は、
彼女の中に、ほとんどない。
「世界は進みますわね」
窓の外を眺めながら、
彼女はそう呟いた。
それは、
達観でも、諦観でもない。
ただの事実だった。
世界は進む。
だからこそ――
一人の少女が、
人生を取り戻す余地も、
確かに存在する。
物語は、
終わりに近づいている。
だが、
誰かの人生は、
ようやくここから始まろうとしていた。
季節は、何事もなかったかのように巡った。
市場には果物が並び、
パン屋の前には朝から行列ができ、
子どもたちは学校へ向かい、
兵士たちは交代の時間を迎える。
王太子が廃されたという事実は、
確かに王国の中枢を揺らした出来事だった。
だが、それは――
日常を止めるほどの事件ではなかった。
人々は驚き、噂し、数日は語り合った。
けれど一週間もすれば、話題は別のものへ移る。
「最近、税が少し下がったらしい」
「新しい王太子、意外と堅実だってさ」
「今年の葡萄酒は出来がいいらしいぞ」
世界は、進む。
個人の栄光や失墜など、
世界の歯車から見れば、
ほんの小さな凹凸にすぎない。
それが、
この国が長く続いてきた理由でもあった。
王宮では、制度の見直しが進められていた。
「聖女」という称号は、
公式文書から削除される。
奇跡に基づく身分付与は、
本人の意思確認を必須とする。
奇跡は尊い。
だが、
それ以上に尊いものがある――
そう明文化された。
誰かを責める言葉はない。
過去を断罪する文言もない。
ただ、
次に同じことが起きないための、修正。
王国は、
感情ではなく、
仕組みで反省する国だった。
一方で、
かつて「聖女誕生」と騒がれた広場は、
すでに別の用途に使われている。
屋台が並び、
音楽師が演奏し、
子どもたちが走り回る。
「ここで奇跡が起きたんだって?」
旅人がそう尋ねると、
地元の者は肩をすくめて答える。
「ああ、そんな話もあったな」
それだけだ。
三十センチ浮いた少女の話は、
いまや逸話にすらなっていない。
教会もまた、
以前のような派手な演出をやめた。
信仰とは、
驚かせるものではなく、
寄り添うものだと再定義されたからだ。
リシュリュー枢機卿は、
その決定に異を唱えなかった。
彼は理解していた。
あの場で沈黙した時点で、
時代はすでに動いていたのだと。
沈黙とは、
敗北ではない。
受容だ。
そして、
国際社会も同じ反応を示した。
隣国は静観を解き、
新たな王太子と形式的な挨拶を交わす。
「内政が安定している国だ」
「判断が早い」
それ以上の評価は、必要なかった。
問題は解決した。
それで終わりだ。
世界は、
いつもこうして進んでいく。
誰かの人生が大きく変わっても、
世界そのものは、
ほとんど何も変わらない。
――だからこそ。
人は、
自分の人生を、
自分の意思で選ばなければならない。
そのことを、
この国は一つ学んだ。
そして、
アルトリア・カストゥスは、
その「学び」の中心にいながら、
中心に立つことを望まなかった。
彼女は、
表舞台から一歩下がり、
いつもの生活へ戻る。
書類を読み、
侍女と会話し、
静かな午後のお茶を楽しむ。
世界を動かした実感は、
彼女の中に、ほとんどない。
「世界は進みますわね」
窓の外を眺めながら、
彼女はそう呟いた。
それは、
達観でも、諦観でもない。
ただの事実だった。
世界は進む。
だからこそ――
一人の少女が、
人生を取り戻す余地も、
確かに存在する。
物語は、
終わりに近づいている。
だが、
誰かの人生は、
ようやくここから始まろうとしていた。
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