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第2話 最後の業務報告と、気づいた時には遅すぎる現実
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第2話 最後の業務報告と、気づいた時には遅すぎる現実
エルフレイド・ヴァルシュタインが王宮を去った夜。
華やかな夜会の余韻がまだ廊下に残る中、王宮庁舎の奥――実務官僚たちの執務区画では、異様な緊張が走っていた。
「……な、なんだこれは」
魔導庁次官のローディアスは、机の上に置かれた分厚い書類の束を前に、声を失っていた。
表紙に記された文字。
《最終業務報告書 兼 未引き継ぎ項目一覧》
提出者:エルフレイド・ヴァルシュタイン。
「最終……業務、報告……?」
彼の指が震える。
ぱらりと一枚めくった瞬間、背筋に冷たいものが走った。
そこに並んでいたのは、単なる報告ではなかった。
・王都防衛魔導障壁:中核回路劣化率 17.8%
・第二魔導炉:魔力変換効率低下(原因:予算削減による部品流用)
・魔石輸入契約:再交渉期限 残り21日
・代替担当者:未定
「……未定、だと?」
ローディアスは青ざめる。
慌てて後ろに控えていた部下に声を荒げた。
「誰が、これを引き継ぐんだ!」
「そ、それが……」
若い官僚が、言い淀む。
「王太子殿下は……『誰でもできる仕事だ』と……」
その言葉を聞いた瞬間、ローディアスは頭を抱えた。
「馬鹿な……!」
誰でもできる?
冗談ではない。
エルフレイドが扱っていたのは、単なる帳簿整理ではない。
魔導技術、軍事、防衛、外交――それらすべてを跨ぐ“国家中枢の血流”だった。
しかも彼女は、それを一人で回していた。
「夜会で……何があった?」
「婚約破棄です。追放、と」
その言葉が、重く落ちる。
「……終わったな」
ローディアスは呟いた。
その頃、王宮の別室では、王太子アラルガンが苛立たしげにグラスを傾けていた。
腕には、あの“聖女”がしなだれかかっている。
「殿下、そんなに難しい顔をなさらなくても……」
「うるさい」
王太子は短く言い捨てた。
「官僚どもが騒いでいるだけだ。あの女がいなくなった程度で、国が傾くものか」
聖女は、ほっとしたように微笑む。
「ですよね。私がいれば、魔導も……」
「……そうだな」
だが、その返事には微妙な間があった。
実のところ、王太子自身も、エルフレイドが具体的に何をしていたのかを、ほとんど理解していない。
理解しようとしたこともなかった。
――数字の話ばかりで、退屈だったからだ。
一方その頃。
エルフレイドは、すでに自室の整理を終えていた。
広い公爵家の部屋に、残された荷物は驚くほど少ない。
書類はすべて提出済み。
私物も最低限。
机の引き出しの奥から、彼女は一冊のノートを取り出した。
使い古され、端が擦り切れている。
――魔導回路設計・個人覚書。
それは公的な資料ではない。
彼女自身が、七年間の実務の中で培ってきた“思考の塊”だった。
「……これは、持っていきます」
誰に言うでもなく、呟く。
それは当然のことだった。
契約上、彼女の個人研究は、彼女の所有物なのだから。
翌朝。
魔導庁では、早くも異変が起きていた。
「数値が……合いません!」
「第三区画の障壁出力が低下しています!」
「原因が……分からない……!」
代役として任命された若手官僚は、青ざめながら報告を繰り返す。
「設計書通りにやったんだろうな?」
「そ、それが……設計書が複数ありまして……どれが最新か……」
その瞬間、全員が悟った。
エルフレイドは、すべてを頭の中で統合していたのだと。
設計書、予算、現場状況、外交情勢。
それらを横断的に把握し、常に“最適解”を更新し続けていた。
「……彼女は」
ローディアスは、かすれた声で言った。
「単なる事務官ではなかった……」
だが、気づいた時には遅い。
昼過ぎ、王太子のもとに報告が殺到した。
「殿下、魔導障壁の維持に追加予算が必要です!」
「魔石輸入商が、契約内容の再確認を求めてきています!」
「代替案が……見つかりません!」
王太子は苛立たしげに机を叩いた。
「だから言っただろう! 誰かに任せろと!」
「……誰も、できません」
沈黙。
その夜、エルフレイドは王都を発った。
振り返ることはなかった。
国境へ向かう馬車の中で、彼女は静かに目を閉じる。
――私は、やるべきことはすべてやった。
警告も、確認も、引き継ぎの機会も。
それを捨てたのは、向こうだ。
「さて……」
小さく息を吐く。
「次は、私を“必要とする国”へ行きましょう」
その選択が、やがて二つの国の運命を決定的に分けることを――
まだ、誰も知らない。
エルフレイド・ヴァルシュタインが王宮を去った夜。
華やかな夜会の余韻がまだ廊下に残る中、王宮庁舎の奥――実務官僚たちの執務区画では、異様な緊張が走っていた。
「……な、なんだこれは」
魔導庁次官のローディアスは、机の上に置かれた分厚い書類の束を前に、声を失っていた。
表紙に記された文字。
《最終業務報告書 兼 未引き継ぎ項目一覧》
提出者:エルフレイド・ヴァルシュタイン。
「最終……業務、報告……?」
彼の指が震える。
ぱらりと一枚めくった瞬間、背筋に冷たいものが走った。
そこに並んでいたのは、単なる報告ではなかった。
・王都防衛魔導障壁:中核回路劣化率 17.8%
・第二魔導炉:魔力変換効率低下(原因:予算削減による部品流用)
・魔石輸入契約:再交渉期限 残り21日
・代替担当者:未定
「……未定、だと?」
ローディアスは青ざめる。
慌てて後ろに控えていた部下に声を荒げた。
「誰が、これを引き継ぐんだ!」
「そ、それが……」
若い官僚が、言い淀む。
「王太子殿下は……『誰でもできる仕事だ』と……」
その言葉を聞いた瞬間、ローディアスは頭を抱えた。
「馬鹿な……!」
誰でもできる?
冗談ではない。
エルフレイドが扱っていたのは、単なる帳簿整理ではない。
魔導技術、軍事、防衛、外交――それらすべてを跨ぐ“国家中枢の血流”だった。
しかも彼女は、それを一人で回していた。
「夜会で……何があった?」
「婚約破棄です。追放、と」
その言葉が、重く落ちる。
「……終わったな」
ローディアスは呟いた。
その頃、王宮の別室では、王太子アラルガンが苛立たしげにグラスを傾けていた。
腕には、あの“聖女”がしなだれかかっている。
「殿下、そんなに難しい顔をなさらなくても……」
「うるさい」
王太子は短く言い捨てた。
「官僚どもが騒いでいるだけだ。あの女がいなくなった程度で、国が傾くものか」
聖女は、ほっとしたように微笑む。
「ですよね。私がいれば、魔導も……」
「……そうだな」
だが、その返事には微妙な間があった。
実のところ、王太子自身も、エルフレイドが具体的に何をしていたのかを、ほとんど理解していない。
理解しようとしたこともなかった。
――数字の話ばかりで、退屈だったからだ。
一方その頃。
エルフレイドは、すでに自室の整理を終えていた。
広い公爵家の部屋に、残された荷物は驚くほど少ない。
書類はすべて提出済み。
私物も最低限。
机の引き出しの奥から、彼女は一冊のノートを取り出した。
使い古され、端が擦り切れている。
――魔導回路設計・個人覚書。
それは公的な資料ではない。
彼女自身が、七年間の実務の中で培ってきた“思考の塊”だった。
「……これは、持っていきます」
誰に言うでもなく、呟く。
それは当然のことだった。
契約上、彼女の個人研究は、彼女の所有物なのだから。
翌朝。
魔導庁では、早くも異変が起きていた。
「数値が……合いません!」
「第三区画の障壁出力が低下しています!」
「原因が……分からない……!」
代役として任命された若手官僚は、青ざめながら報告を繰り返す。
「設計書通りにやったんだろうな?」
「そ、それが……設計書が複数ありまして……どれが最新か……」
その瞬間、全員が悟った。
エルフレイドは、すべてを頭の中で統合していたのだと。
設計書、予算、現場状況、外交情勢。
それらを横断的に把握し、常に“最適解”を更新し続けていた。
「……彼女は」
ローディアスは、かすれた声で言った。
「単なる事務官ではなかった……」
だが、気づいた時には遅い。
昼過ぎ、王太子のもとに報告が殺到した。
「殿下、魔導障壁の維持に追加予算が必要です!」
「魔石輸入商が、契約内容の再確認を求めてきています!」
「代替案が……見つかりません!」
王太子は苛立たしげに机を叩いた。
「だから言っただろう! 誰かに任せろと!」
「……誰も、できません」
沈黙。
その夜、エルフレイドは王都を発った。
振り返ることはなかった。
国境へ向かう馬車の中で、彼女は静かに目を閉じる。
――私は、やるべきことはすべてやった。
警告も、確認も、引き継ぎの機会も。
それを捨てたのは、向こうだ。
「さて……」
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