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第31話 裁かれなかったという現実
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第31話 裁かれなかったという現実
その日、王都は不思議なほど静かだった。
嵐の前触れでもなければ、祝祭の余韻でもない。
ただ、人々が「結果」を知り、受け入れた後の静けさだった。
王宮前の掲示板には、新たな通達が貼られている。
――《旧魔導基盤不安定化事案に関する最終整理について》。
長い文面の末尾に、こう記されていた。
《本件は、制度的欠陥および判断の積み重ねによるものであり、
特定個人を犯罪者として裁くものではない》。
民は、それを黙って読んでいた。
「……処刑も、追放も、ないのか」
「まあ、
盗んだわけじゃないしな」
「でも……
王様、だったんだろ?」
ざわめきは小さい。
怒号も、喝采もない。
それが、この国の結論だった。
アラルガンは、魔導庁の休憩室でその話を耳にした。
紙コップの中の湯気が、ゆっくりと揺れる。
「……裁かれなかった、か」
誰に向けた言葉でもない。
かつての自分なら、
「寛大な判断だ」と
胸を張っていただろう。
だが今は、
その裏にある意味が、
痛いほど分かる。
――裁く価値も、
見せしめにする必要も、
もう、ない。
それは、
赦しではない。
忘却でもない。
重要でなくなったという現実だ。
午前。
定例の技術会議。
議題は、次期更新計画の最終調整。
「第三期計画では、
保守予算を固定化します」
若い技師が説明する。
「景気や政治状況に左右されないよう、
別枠での管理を」
「賛成です」
「現場判断が、
早くなります」
次々と、意見が出る。
アラルガンは、
端の席で、
黙って聞いていた。
――自分が、
いなくても回る。
それは、
もう驚きではない。
「……補佐官」
議長役の技師が、
声をかける。
「何か、
ありますか」
一瞬、
視線が集まる。
求められているのは、
命令ではない。
確認だ。
「……一点だけ」
静かに口を開く。
「予算固定化の条件に、
人材育成を入れてほしい」
「具体的には?」
「離職率が上がった場合、
自動的に補填が入る仕組みを」
部屋が、
少しだけざわつく。
「……前例が」
「ありません」
即答する。
「だから、
今まで壊れました」
一拍。
「壊れてから直すより、
辞める前に止めた方が、
安い」
沈黙。
そして――
「……合理的だな」
「入れましょう」
決定は、
早かった。
アラルガンは、
小さく息を吐く。
裁かれなかった。
だが、
意見が採用された。
その重みは、
どちらが上か、
もう比べない。
昼。
食堂で、
例の若い技師が、
向かいに座る。
「補佐官、
さっきの提案……」
「何だ」
「正直、
驚きました」
「……なぜ」
「昔の殿下なら、
予算増は嫌がった」
苦笑する。
「……その通りだ」
「でも、
今は違いますね」
箸を置き、
彼は続ける。
「裁かれなかったから、
余裕ができたんですか」
その問いに、
少し考える。
「……逆だ」
答えは、
静かだった。
「裁かれなかったから、
逃げられなくなった」
若い技師は、
一瞬目を瞬かせ、
それから頷いた。
「……なるほど」
午後。
資料室で、
アラルガンは古い報告書を整理していた。
封印済みの箱。
過去の計画案。
その中に、
見覚えのある書類がある。
エルフレイドの初期提案書。
「……ここから、
始まっていたのか」
今なら、
分かる。
彼女は、
壊すために来たのではない。
壊さないための言葉を、
最初から書いていた。
それを、
読まなかったのは、
自分だ。
夕方。
帰路の廊下で、
公告を張り替える作業員とすれ違う。
「……補佐官」
「お疲れさま」
軽い挨拶。
そこに、
皮肉も、
恐れもない。
裁かれなかったという現実は、
彼を救わなかった。
だが――
使い道を残した。
夜。
机に向かい、
今日の議事録をまとめる。
署名欄に、
迷いなく名前を書く。
王印は、
もう必要ない。
「……裁かれなかった」
呟く。
「……それは、
終わりじゃないな」
むしろ、
始まりだ。
選ばれなかった者が、
居場所を与えられたまま、
結果で語らねばならない日々。
それは、
王だった頃より、
ずっと厳しい。
だが、
その厳しさの中でしか、
手に入らないものがある。
――信頼。
それは、
赦しではない。
過去の清算でもない。
積み上げた結果の、
後から付いてくるものだ。
灯りを落とし、
アラルガンは静かに目を閉じた。
裁かれなかったという現実を、
言い訳にしないために。
明日もまた、
現場へ行く。
それが、
今の彼に課された、
唯一の答えだった。
その日、王都は不思議なほど静かだった。
嵐の前触れでもなければ、祝祭の余韻でもない。
ただ、人々が「結果」を知り、受け入れた後の静けさだった。
王宮前の掲示板には、新たな通達が貼られている。
――《旧魔導基盤不安定化事案に関する最終整理について》。
長い文面の末尾に、こう記されていた。
《本件は、制度的欠陥および判断の積み重ねによるものであり、
特定個人を犯罪者として裁くものではない》。
民は、それを黙って読んでいた。
「……処刑も、追放も、ないのか」
「まあ、
盗んだわけじゃないしな」
「でも……
王様、だったんだろ?」
ざわめきは小さい。
怒号も、喝采もない。
それが、この国の結論だった。
アラルガンは、魔導庁の休憩室でその話を耳にした。
紙コップの中の湯気が、ゆっくりと揺れる。
「……裁かれなかった、か」
誰に向けた言葉でもない。
かつての自分なら、
「寛大な判断だ」と
胸を張っていただろう。
だが今は、
その裏にある意味が、
痛いほど分かる。
――裁く価値も、
見せしめにする必要も、
もう、ない。
それは、
赦しではない。
忘却でもない。
重要でなくなったという現実だ。
午前。
定例の技術会議。
議題は、次期更新計画の最終調整。
「第三期計画では、
保守予算を固定化します」
若い技師が説明する。
「景気や政治状況に左右されないよう、
別枠での管理を」
「賛成です」
「現場判断が、
早くなります」
次々と、意見が出る。
アラルガンは、
端の席で、
黙って聞いていた。
――自分が、
いなくても回る。
それは、
もう驚きではない。
「……補佐官」
議長役の技師が、
声をかける。
「何か、
ありますか」
一瞬、
視線が集まる。
求められているのは、
命令ではない。
確認だ。
「……一点だけ」
静かに口を開く。
「予算固定化の条件に、
人材育成を入れてほしい」
「具体的には?」
「離職率が上がった場合、
自動的に補填が入る仕組みを」
部屋が、
少しだけざわつく。
「……前例が」
「ありません」
即答する。
「だから、
今まで壊れました」
一拍。
「壊れてから直すより、
辞める前に止めた方が、
安い」
沈黙。
そして――
「……合理的だな」
「入れましょう」
決定は、
早かった。
アラルガンは、
小さく息を吐く。
裁かれなかった。
だが、
意見が採用された。
その重みは、
どちらが上か、
もう比べない。
昼。
食堂で、
例の若い技師が、
向かいに座る。
「補佐官、
さっきの提案……」
「何だ」
「正直、
驚きました」
「……なぜ」
「昔の殿下なら、
予算増は嫌がった」
苦笑する。
「……その通りだ」
「でも、
今は違いますね」
箸を置き、
彼は続ける。
「裁かれなかったから、
余裕ができたんですか」
その問いに、
少し考える。
「……逆だ」
答えは、
静かだった。
「裁かれなかったから、
逃げられなくなった」
若い技師は、
一瞬目を瞬かせ、
それから頷いた。
「……なるほど」
午後。
資料室で、
アラルガンは古い報告書を整理していた。
封印済みの箱。
過去の計画案。
その中に、
見覚えのある書類がある。
エルフレイドの初期提案書。
「……ここから、
始まっていたのか」
今なら、
分かる。
彼女は、
壊すために来たのではない。
壊さないための言葉を、
最初から書いていた。
それを、
読まなかったのは、
自分だ。
夕方。
帰路の廊下で、
公告を張り替える作業員とすれ違う。
「……補佐官」
「お疲れさま」
軽い挨拶。
そこに、
皮肉も、
恐れもない。
裁かれなかったという現実は、
彼を救わなかった。
だが――
使い道を残した。
夜。
机に向かい、
今日の議事録をまとめる。
署名欄に、
迷いなく名前を書く。
王印は、
もう必要ない。
「……裁かれなかった」
呟く。
「……それは、
終わりじゃないな」
むしろ、
始まりだ。
選ばれなかった者が、
居場所を与えられたまま、
結果で語らねばならない日々。
それは、
王だった頃より、
ずっと厳しい。
だが、
その厳しさの中でしか、
手に入らないものがある。
――信頼。
それは、
赦しではない。
過去の清算でもない。
積み上げた結果の、
後から付いてくるものだ。
灯りを落とし、
アラルガンは静かに目を閉じた。
裁かれなかったという現実を、
言い訳にしないために。
明日もまた、
現場へ行く。
それが、
今の彼に課された、
唯一の答えだった。
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