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第38話:外部評価を通過しての完成
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朝の魔導庁は、いつもより少しだけ騒がしかった。
理由は明確だ。
監査が入る。
それも内部監査ではない。
王国議会直属、制度評価局による定期監査。
名目は「健全性の確認」だが、実態は別だ。
――制度が、誰かにとって都合が悪くなっていないか。
その確認。
アラルガンは、机の上に並べられた資料を一枚ずつ確認していた。
どれも、これまで積み上げてきた「地味な成果」の記録だ。
事故ゼロ。
障害未然対応。
予算超過なし。
責任追及案件ゼロ。
数字としては、完璧に近い。
だが、彼は知っていた。
完璧な数字ほど、疑われる。
「……来ました」
技師長が短く告げる。
扉が開き、数名の監査官が入室した。
年齢も立場もまちまちだが、共通点が一つある。
全員、
現場を知らない。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
形式的な挨拶。
握手もない。
監査官の一人が、さっそく切り出した。
「早速ですが、
ここ一年間、重大事故が一件も発生していませんね」
「はい」
技師長が答える。
「それは結構。
ただ――」
監査官は、資料を指で叩く。
「“誰が防いだのか”が、どこにも書いていない」
空気が、わずかに張りつめた。
「功績の所在が不明瞭だと、
評価ができません」
アラルガンは、ゆっくりと顔を上げた。
「評価は、
結果で行っています」
「結果だけでは、
人事に反映できないでしょう」
「反映しない制度です」
即答だった。
監査官が、眉をひそめる。
「それでは、
責任の所在も曖昧になる」
「逆です」
アラルガンは、静かに言う。
「責任は明確です」
資料の一頁を開く。
「制度設計責任。
運用責任。
現場判断責任。
すべて分かれています」
「個人名がない」
「個人は、
役割を通して存在します」
監査官たちは、顔を見合わせる。
「……理想論ですね」
「いいえ」
アラルガンは、視線を逸らさない。
「長期運用の現実論です」
◇
午前の質疑は、平行線だった。
監査官は、
「誰が優秀か」を知りたがり、
現場は、
「何が機能したか」を示し続けた。
「例えば」
別の監査官が言う。
「先日の結界共振事案。
判断を下したのは誰ですか」
一瞬、沈黙。
技師長が口を開こうとした瞬間、
アラルガンが手を上げた。
「複数名です」
「具体的には」
「当直技師が異常を検知し、
区画責任者が初期判断を行い、
全体設計に基づいて排出路を開きました」
「最終決裁は?」
「不要な設計です」
監査官の一人が、苛立ちを隠さず言う。
「責任者不在では、
問題が起きた時に困るでしょう」
「問題が起きた時は、
全記録が残ります」
淡々と。
「誰が何を見て、
どこで判断したか。
それ以上の責任表現は、
必要ありません」
◇
昼休憩。
監査官たちは別室へ移動し、
魔導庁側は休憩室に集まった。
「……厳しいですね」
若い技師が、低い声で言う。
「功績を示せ、と」
「分かりやすい英雄が欲しいんだ」
技師長が答える。
「制度より、
顔を」
アラルガンは、黙って湯を注いでいた。
「……もし、
押し切られたら?」
誰かが言う。
「誰かを、
“代表者”に立てろと」
アラルガンは、カップを置き、言った。
「その時は――
俺が引く」
一同が、驚いて顔を上げる。
「制度を守るために、
人が邪魔になるなら、
人は退くべきだ」
「……補佐官」
「俺一人が抜けても、
制度は動く」
静かな声だったが、
迷いはなかった。
◇
午後。
監査は最終段階に入る。
結論は、まだ出ていない。
だが、監査官の態度は少し変わっていた。
「……少なくとも、
現場が混乱していないのは事実だ」
「事故率も、
過去最低水準」
「ただ……
このやり方は、
前例が少ない」
技師長が答える。
「前例がないから、
作りました」
沈黙。
監査官の一人が、深く息を吐いた。
「……分かりました」
「本監査では、
制度運用を“暫定適合”とします」
部屋の空気が、わずかに緩む。
「ただし」
視線が、アラルガンに向けられる。
「この制度が、
個人に依存していないことを、
今後も示してください」
アラルガンは、静かに頷いた。
「それが、
目的です」
◇
夕方。
監査官が去った後、
魔導庁はいつもの静けさを取り戻した。
「……通りましたね」
「ああ」
「でも、
ギリギリでした」
「十分だ」
アラルガンは言う。
「制度は、
理解されなくてもいい。
動き続ければ」
窓の外、
王都は変わらず、
平穏な表情をしている。
誰も知らないところで、
誰も評価されず、
それでも、
街は守られている。
アラルガンは、
静かに書類を閉じた。
監査は終わった。
だが、
本当の試験は、
これからも続く。
――誰もいなくなっても、
この仕組みが残るかどうか。
それだけが、
彼の関心事だった。
理由は明確だ。
監査が入る。
それも内部監査ではない。
王国議会直属、制度評価局による定期監査。
名目は「健全性の確認」だが、実態は別だ。
――制度が、誰かにとって都合が悪くなっていないか。
その確認。
アラルガンは、机の上に並べられた資料を一枚ずつ確認していた。
どれも、これまで積み上げてきた「地味な成果」の記録だ。
事故ゼロ。
障害未然対応。
予算超過なし。
責任追及案件ゼロ。
数字としては、完璧に近い。
だが、彼は知っていた。
完璧な数字ほど、疑われる。
「……来ました」
技師長が短く告げる。
扉が開き、数名の監査官が入室した。
年齢も立場もまちまちだが、共通点が一つある。
全員、
現場を知らない。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
形式的な挨拶。
握手もない。
監査官の一人が、さっそく切り出した。
「早速ですが、
ここ一年間、重大事故が一件も発生していませんね」
「はい」
技師長が答える。
「それは結構。
ただ――」
監査官は、資料を指で叩く。
「“誰が防いだのか”が、どこにも書いていない」
空気が、わずかに張りつめた。
「功績の所在が不明瞭だと、
評価ができません」
アラルガンは、ゆっくりと顔を上げた。
「評価は、
結果で行っています」
「結果だけでは、
人事に反映できないでしょう」
「反映しない制度です」
即答だった。
監査官が、眉をひそめる。
「それでは、
責任の所在も曖昧になる」
「逆です」
アラルガンは、静かに言う。
「責任は明確です」
資料の一頁を開く。
「制度設計責任。
運用責任。
現場判断責任。
すべて分かれています」
「個人名がない」
「個人は、
役割を通して存在します」
監査官たちは、顔を見合わせる。
「……理想論ですね」
「いいえ」
アラルガンは、視線を逸らさない。
「長期運用の現実論です」
◇
午前の質疑は、平行線だった。
監査官は、
「誰が優秀か」を知りたがり、
現場は、
「何が機能したか」を示し続けた。
「例えば」
別の監査官が言う。
「先日の結界共振事案。
判断を下したのは誰ですか」
一瞬、沈黙。
技師長が口を開こうとした瞬間、
アラルガンが手を上げた。
「複数名です」
「具体的には」
「当直技師が異常を検知し、
区画責任者が初期判断を行い、
全体設計に基づいて排出路を開きました」
「最終決裁は?」
「不要な設計です」
監査官の一人が、苛立ちを隠さず言う。
「責任者不在では、
問題が起きた時に困るでしょう」
「問題が起きた時は、
全記録が残ります」
淡々と。
「誰が何を見て、
どこで判断したか。
それ以上の責任表現は、
必要ありません」
◇
昼休憩。
監査官たちは別室へ移動し、
魔導庁側は休憩室に集まった。
「……厳しいですね」
若い技師が、低い声で言う。
「功績を示せ、と」
「分かりやすい英雄が欲しいんだ」
技師長が答える。
「制度より、
顔を」
アラルガンは、黙って湯を注いでいた。
「……もし、
押し切られたら?」
誰かが言う。
「誰かを、
“代表者”に立てろと」
アラルガンは、カップを置き、言った。
「その時は――
俺が引く」
一同が、驚いて顔を上げる。
「制度を守るために、
人が邪魔になるなら、
人は退くべきだ」
「……補佐官」
「俺一人が抜けても、
制度は動く」
静かな声だったが、
迷いはなかった。
◇
午後。
監査は最終段階に入る。
結論は、まだ出ていない。
だが、監査官の態度は少し変わっていた。
「……少なくとも、
現場が混乱していないのは事実だ」
「事故率も、
過去最低水準」
「ただ……
このやり方は、
前例が少ない」
技師長が答える。
「前例がないから、
作りました」
沈黙。
監査官の一人が、深く息を吐いた。
「……分かりました」
「本監査では、
制度運用を“暫定適合”とします」
部屋の空気が、わずかに緩む。
「ただし」
視線が、アラルガンに向けられる。
「この制度が、
個人に依存していないことを、
今後も示してください」
アラルガンは、静かに頷いた。
「それが、
目的です」
◇
夕方。
監査官が去った後、
魔導庁はいつもの静けさを取り戻した。
「……通りましたね」
「ああ」
「でも、
ギリギリでした」
「十分だ」
アラルガンは言う。
「制度は、
理解されなくてもいい。
動き続ければ」
窓の外、
王都は変わらず、
平穏な表情をしている。
誰も知らないところで、
誰も評価されず、
それでも、
街は守られている。
アラルガンは、
静かに書類を閉じた。
監査は終わった。
だが、
本当の試験は、
これからも続く。
――誰もいなくなっても、
この仕組みが残るかどうか。
それだけが、
彼の関心事だった。
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