婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第二十七話 このこも、そばにいられます  

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第二十七話 このこも、そばにいられます

 店の奥の部屋は、昼でも静かだった。

 外では、通りを行き交う人々の声や馬車の音が聞こえる。
 けれど、この部屋には、音が入ってこないように感じられた。

 タナーは、床に座り、二つの存在を前にしていた。

 一つは、大きなクマの縫いぐるみ。
 まだ魔法はかかっていない、普通のぬいぐるみだ。
 柔らかく、抱きしめるために作られている。

 もう一つは、人の形をしたドール。
 埃を払われ、壁際に立っている。
 こちらは、触れても、抱いても、何も返さない。

「……」

 タナーは、まずクマを見た。

 腕を広げるような形。
 自然と、人が近づきたくなる姿。

 そっと、抱きしめる。

 布の中の綿が、やさしく沈み、また戻る。
 そこには、応えるような感触があった。

「……この こ は」

 小さな声。

「だきしめる まえ で
 つくられて います」

 次に、ドールを見る。

 こちらは、近づいても、手を伸ばしても、変わらない。
 表情は動かず、視線も合わない。

 ただ、立っている。

「……この こ は」

 タナーは、少し距離を取って、言った。

「ちかづかれて も
 なにも かえしません」

 アンダーソンは、部屋の入口で、黙ってその様子を見ていた。
 言葉を挟むべきか迷い、結局、何も言わなかった。

 タナーは、二つを見比べる。

 クマは、期待に応える存在だ。
 抱けば、抱き返されるように感じる。
 寂しさに寄り添うように作られている。

 ドールは、違う。

 人の形をしているのに、
 人の役割を引き受けない。

「……」

 タナーは、ゆっくりと立ち上がった。

 ドールの前に立つ。

「この こ は」

 一拍置いて、言葉を選ぶ。

「まちがえられて も
 なにも いいません」

 それは、欠点ではなかった。
 むしろ、強さだった。

 人は、見た目で判断する。
 人の形をしていれば、人と同じ反応を求める。

 優しくされれば、優しく返すだろう。
 声をかければ、答えるだろう。

 勝手に、そう思う。

 そして、返ってこないと、裏切られたと感じる。

「……この こ は
 うらぎらない」

 なにも返さないから。
 最初から、約束しないから。

 タナーは、クマの方へ視線を戻した。

「クマさん は
 ちがいます」

 ぎゅっと、抱きしめる。

「この こ は
 そば に いて
 あたたかい です」

 そして、ドールを見る。

「でも」

 小さく、息を吸う。

「この こ も
 そば に いられます」

 近づかれても、困らない。
 触れられても、拒まない。
 けれど、期待は引き受けない。

 ただ、そこにいる。

 アンダーソンは、その言葉の意味を、ゆっくりと理解し始めていた。

 ――王宮という場所では、人は常に役割を求められる。
 笑え。答えろ。応えろ。

 けれど、タナーは、それをしない存在を選んだ。

「……姫様」

 アンダーソンは、ようやく口を開いた。

「それは……お店に、必要なものなのですか?」

 タナーは、少し考えてから答えた。

「はい」

 迷いはなかった。

「ひと は
 つかれます」

 短い言葉だった。

「だから
 なにも かえさない こ も
 ひつよう です」

 アンダーソンは、何も言えなかった。

 商売の話ではない。
 魔法の話でもない。

 それでも、この選択が、後に大きな意味を持つことを――
 彼は、なぜか確信していた。

 クマとドール。
 抱きしめるための存在と、
 誤解されても黙っている存在。

 どちらも、「そばにいる」ために選ばれた。

 この静かな部屋で、
 タナーの店の在り方が、また一つ、形になった。

 そしてこの違いは、
 やがて誰かの傲慢を、
 何もせずに、打ち砕くことになる。

 ――まだ、その時ではない。
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