婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第二十八話 付与は、まだしません

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第二十八話 付与は、まだしません

 ドールは、店の奥の部屋に立っていた。

 朝の光が窓から差し込み、埃の粒をゆっくりと照らす。
 その中で、人形は微動だにせず、ただ真っ直ぐに立っている。

 タナーは、少し離れた場所から、その姿を見ていた。

「……」

 アンダーソンは、腕を組み、考え込むようにドールを眺めている。

「姫様」

 やがて、慎重に声をかけた。

「この人形……
 店に置くのであれば、魔法をかけた方がよいのでは?」

 彼の頭には、自然な発想があった。
 動くクマがいるのなら、
 同じように、人形も動いた方が「商品」として分かりやすい。

「動けば、掃除もできますし。
 接客も……」

 言いかけて、止まる。

 タナーが、静かに首を横に振ったからだ。

「……うごかなくて、いいです」

 即答だった。

「でも……」

「この こ は」

 タナーは、ドールを見上げて言った。

「たって いる だけ で
 いい です」

 アンダーソンは、言葉を失った。

 動かない人形。
 話さない人形。
 それを、店の中に置く意味。

「……理由を、伺っても?」

 タナーは、少し考えた。

 魔法をかけること自体は、難しくない。
 ほんの一瞬で、動くようにもできる。

 けれど――

「いま まほう を かける と」

 タナーは、ぽつりと答えた。

「こわれます」

「……壊れる?」

「はい」

 ドールの肩に、そっと手を置く。

「この こ は
 まだ
 “うつわ” です」

 アンダーソンは、ゆっくりと息を吐いた。

 魔法をかければ完成、ではない。
 完成していないから、魔法をかけない。

 その逆転した考え方に、彼は静かに納得し始めていた。

「……いつなら、よいのですか?」

「まだ です」

 短い答え。

「この こ は
 まちがえられる ため に
 ここ に います」

 アンダーソンは、思わず眉をひそめた。

「……誤解、ですか?」

「はい」

 タナーは、淡々と続ける。

「ひと は
 ひと に にて いる もの を
 かって に
 ひと だと おもいます」

 笑顔を期待する。
 言葉を返すと思い込む。
 好意に応えるはずだと、決めつける。

「この こ は」

 ドールの前に立つ。

「それ を
 なにも しません」

 だから、壊れない。
 怒られない。
 責められない。

「……なるほど」

 アンダーソンは、ようやく理解した。

 この人形は、
 “動かないからこそ完成する存在”なのだ。

「魔法は、必要なときにだけ」

 タナーは、静かに言った。

「いま つかう と
 この こ の
 いみ が
 かわって しまいます」

 部屋に、静寂が落ちた。

 ドールは、何も語らない。
 けれど、その沈黙が、妙に重く、確かなものに感じられた。

 ――動かないのに、人の目を引く。
 ――何も返さないのに、誤解される。

 それは、魔法よりも厄介で、
 そして、後に最も強く効く。

「……姫様」

 アンダーソンは、深く頭を下げた。

「私は、商人ですが……
 今日は、少し、勉強になりました」

 タナーは、きょとんとした顔で首を傾げた。

「?
 わたし は
 まほう を
 つかって いませんよ」

 その言葉に、アンダーソンは苦笑した。

 ――それでも。

 この小さな王女は、
 誰よりも正確に、人と世界を見ている。

 ドールは、その日も、動かない。

 だが、その「動かなさ」は、
 確実に、店の一部として組み込まれていった。

 静かに。
 何も主張せず。

 ――付与は、まだ。

 それが、最も正しい選択だった。
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