『選ばれなかった孤児は、同じ時間を生きることを選んだ』

鷹 綾

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第1話 孤児ウェイフの、生き残り方

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第1話 孤児ウェイフの、生き残り方

 朝の鐘が鳴る前から、孤児院は冷えていた。
 石の床は夜の冷気を溜め込み、薄い毛布をかぶっても、身体の奥までじわじわと寒さが染みてくる。ウェイフは目を覚まし、天井のひび割れを数えながら、今日の配分を頭の中で組み立てていた。

(朝は、薄い粥が一杯。昼は……たぶん、ない)

 わかっているから、驚かない。期待もしない。
 空腹に慣れる、というのは奇妙な表現だが、慣れてしまえば、痛みは鈍くなる。問題は、慣れない子どもたちが、毎朝、同じように泣くことだった。

「また、あの子だけ先に起きてる」

 背後で、ひそひそと声がする。
 振り返らなくても、誰の声かはわかった。年上の孤児たちだ。彼らは群れる。群れて、弱いところを探す。その視線が、背中に突き刺さる。

「ねえ、ウェイフ。今日も山に行くの?」

 小さな声が、裾を引いた。
 振り向くと、まだ眠たそうな顔の子が立っている。頬はこけ、目だけが大きい。

「行くよ。戻るのは、昼前かな」

「……わたしも、行っていい?」

 少し考える。
 危ない。山は、子どもに優しくない。それでも、置いていけば、この子は何も食べられない。

「足元だけ、よく見て。走らないこと」

 そう言うと、子はほっとしたように頷いた。

 孤児院の裏手から、細い獣道が続いている。
 土は湿り、ところどころに石が露出している。ウェイフは、踏みしめる位置を選びながら歩いた。転ばない歩き方。滑らない角度。すべて、経験則だ。

(ここは、芋が育つ土。去年、掘った)

 目印にしている木の根元に着くと、ウェイフは木片を使って土を掘り始めた。深く、しかし急がず。皮を傷つけないよう、感触で位置を確かめる。

 やがて、土の中から、丸い影が現れた。

「……あった」

 声を上げると、連れてきた子がぱっと顔を輝かせた。
 小さな芋を二つ。大きくはないが、煮れば腹は満たせる。

 次は、川だ。
 水は冷たく、澄んでいる。石の陰に、細い魚影が走る。ウェイフは、石を一つ拾い、流れの向こうへ投げた。水面が揺れ、魚が進路を変える。逃げ道を塞ぐ位置へ、もう一つ。

 素手で掴むのは、慣れている。
 逃げられない距離まで近づき、手首を返す。

「……とれた」

 魚は小さい。だが、塩がなくても、焼けば匂いは出る。匂いが出れば、子どもたちは集まる。

 孤児院に戻ると、すでに朝の粥は配られ終わっていた。
 大人たちは、ちらりとこちらを見るだけで、何も言わない。期待されていないし、管理もされていない。放置。だからこそ、生き残れる。

 裏庭の隅で、火を起こす。
 乾いた枝を組み、火打石で火花を散らす。最初は煙。次に、細い炎。火が安定するまで、目を離さない。

 魚を串に刺し、芋は皮ごと灰に入れる。

 匂いが立つと、自然と子どもたちが集まってきた。
 最初は距離を保っていた年上の孤児も、次第に近づく。

「……分ける?」

 誰かが、遠慮がちに言う。

「数は多くない。小さく切るよ」

 ウェイフは、淡々と答えた。
 平等、という言葉は使わない。ただ、分ける。それだけだ。

 焼けた魚をほぐし、芋を割る。
 小さな手が、慎重に伸びる。

「……おいしい」

 誰かが言った。
 それは、評価ではない。ただの事実だ。ウェイフは頷いた。

 その様子を、少し離れた場所から、大人が見ている。
 顔には、関心も嫌悪もない。ただの計算。支給を減らせるかどうか、その程度の目だ。

(……見ないでくれれば、それでいい)

 午後、子どもたちは静かだった。
 腹が満たされると、争いは減る。簡単なことだ。

 夕方、年上の孤児が近づいてきた。
 昨日まで、肩をぶつけてきた相手だ。

「……明日も、行くのか」

「天気次第」

 短く答える。

「……その、俺も……」

 言い淀む声に、ウェイフは相手を見た。
 敵意はない。欲だけがある。

「足手まといにならないなら」

 それで十分だった。

 夜。
 薄暗い寝台で、ウェイフは目を閉じる。

(生き残る。明日も)

 それだけを、心に置く。
 期待しない。怒らない。恨まない。
 ――生き残るための、最短のやり方だった。

 天井のひび割れは、昨日より一つ増えた気がした。
 それでも、世界は続く。
 ウェイフは、静かに眠りについた。
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