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第2話 前世の記憶と、生き方の選択
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第2話 前世の記憶と、生き方の選択
その朝、ウェイフは奇妙な夢を見た。
白い箱のような部屋。
四角い机と椅子。
窓の外を走る、見たこともない形の馬車――いや、あれは馬が引いていなかった。
意味の分からない光景なのに、不思議と懐かしい。
(……なに、これ)
目を開けた瞬間、現実の冷気が一気に戻ってくる。
石造りの天井。薄い毛布。耳に届く、誰かの咳き込み。
――孤児院だ。
それなのに、頭の奥が、じんじんと痛んだ。
(おかしい……夢にしては、鮮明すぎる)
起き上がろうとした拍子に、視界が揺れた。
胸の奥から、言葉にならない感覚が溢れ出す。
次の瞬間。
知らないはずの記憶が、洪水のように流れ込んできた。
学校。
教室。
黒板に書かれた文字。
叱られた記憶。
理不尽に耐えた日々。
笑顔の裏で、感情を押し殺す方法。
「……っ」
思わず、口元を押さえる。
(……私、知ってる)
ここではない世界。
もっと大きく、もっと騒がしく、でも同じように冷たい場所で――
大人として生きていた記憶。
孤児院の子どもとしての記憶と、
前世の大人としての記憶が、ゆっくりと重なっていく。
(……そうか)
理解した瞬間、妙な納得があった。
(だから、私は……)
泣かない。
期待しない。
怒鳴られても、顔に出さない。
子どもにしては、妙に冷めた自分の在り方。
それが、今になってはっきりと形を持った。
(私、もう一度……生き直してるんだ)
外では、朝の支度の音がし始めている。
誰かが皿を落とし、誰かが怒鳴られる。
ウェイフは、深く息を吸った。
(……取り乱しても、意味はない)
前世の記憶が告げていた。
感情を爆発させたところで、状況は変わらない。
必要なのは、判断だ。
(ここは……安全じゃない)
孤児院。
最低限の雨風はしのげるが、守ってくれる場所ではない。
善意も、愛情も、ここでは偶然にしか存在しない。
(じゃあ、どうする)
答えは、もう出ていた。
(生き残る)
それだけだ。
朝の粥を配る時間になり、ウェイフは列に並んだ。
器に注がれる薄い粥。前世の感覚なら、栄養失調だと即座に判断する量。
(でも、ゼロじゃない)
それで十分だ、と自分に言い聞かせる。
年上の孤児が、わざと肩をぶつけてきた。
「邪魔だな」
以前なら、胸の奥がざわついたかもしれない。
だが今は違う。
(この人は、敵じゃない)
ただ、余裕がないだけ。
前世で何度も見た構図だ。
ウェイフは、何も言わずに一歩引いた。
争わない。反応しない。
それだけで、相手は拍子抜けしたように舌打ちし、離れていく。
(……無駄な衝突は避ける)
前世で学んだ、最も大切なことの一つだった。
昼前、ウェイフは裏手の出口へ向かった。
昨日と同じ道。だが、見え方が少し違う。
(危険箇所、三つ。
川は水量が増えると危ない。
山は、天候次第で即撤退)
頭の中で、条件を整理する。
前世で身についた「段取りを組む癖」が、自然と働いていた。
山で芋を掘りながら、ウェイフはふと思う。
(……魔法に頼らないで生きる)
一瞬、胸の奥が、きゅっと縮んだ。
治癒魔法。
小さなころ、無意識に使ってしまった力。
――気味が悪い。
――化け物。
あの言葉は、今も消えていない。
(……使わない)
前世の理性が、はっきりと線を引く。
(目立つ力は、狙われる。
守ってくれる人がいないなら、なおさら)
だからこそ、魔法ではなく、
知識と工夫で生きる。
それが、この場所での最適解だった。
孤児院に戻ると、子どもたちが待っていた。
昨日より、少し距離が近い。
「今日も……ある?」
「あるよ」
短く答えると、小さな安堵の息が漏れた。
火を起こし、分け合う。
誰かが笑い、誰かが黙って食べる。
ウェイフは、その様子を見ながら思った。
(前世では……
こういう時間、なかったな)
忙しさと義務に追われ、
空腹を分け合うことも、誰かの顔色を気にせず食べることもなかった。
(……皮肉ね)
ここは貧しく、厳しい。
けれど、今は確かに、自分の居場所がある。
夜。
寝台に横になり、ウェイフは天井を見る。
(感情を殺して生きる方法は、知ってる)
でも。
(この人生では……
それだけじゃ、終わらせない)
前世の記憶は、後悔も一緒に連れてきていた。
我慢し続けたこと。
選ばなかったこと。
(次は……選ぶ)
いつか、自由を選ぶ。
そのために、今は生き残る。
ウェイフは目を閉じた。
前世と今世。
二つの人生が、静かに重なり合いながら、
新しい“生き方”が、ゆっくりと形を取り始めていた。
――明日も、山へ行く。
それが、今の最善だった。
その朝、ウェイフは奇妙な夢を見た。
白い箱のような部屋。
四角い机と椅子。
窓の外を走る、見たこともない形の馬車――いや、あれは馬が引いていなかった。
意味の分からない光景なのに、不思議と懐かしい。
(……なに、これ)
目を開けた瞬間、現実の冷気が一気に戻ってくる。
石造りの天井。薄い毛布。耳に届く、誰かの咳き込み。
――孤児院だ。
それなのに、頭の奥が、じんじんと痛んだ。
(おかしい……夢にしては、鮮明すぎる)
起き上がろうとした拍子に、視界が揺れた。
胸の奥から、言葉にならない感覚が溢れ出す。
次の瞬間。
知らないはずの記憶が、洪水のように流れ込んできた。
学校。
教室。
黒板に書かれた文字。
叱られた記憶。
理不尽に耐えた日々。
笑顔の裏で、感情を押し殺す方法。
「……っ」
思わず、口元を押さえる。
(……私、知ってる)
ここではない世界。
もっと大きく、もっと騒がしく、でも同じように冷たい場所で――
大人として生きていた記憶。
孤児院の子どもとしての記憶と、
前世の大人としての記憶が、ゆっくりと重なっていく。
(……そうか)
理解した瞬間、妙な納得があった。
(だから、私は……)
泣かない。
期待しない。
怒鳴られても、顔に出さない。
子どもにしては、妙に冷めた自分の在り方。
それが、今になってはっきりと形を持った。
(私、もう一度……生き直してるんだ)
外では、朝の支度の音がし始めている。
誰かが皿を落とし、誰かが怒鳴られる。
ウェイフは、深く息を吸った。
(……取り乱しても、意味はない)
前世の記憶が告げていた。
感情を爆発させたところで、状況は変わらない。
必要なのは、判断だ。
(ここは……安全じゃない)
孤児院。
最低限の雨風はしのげるが、守ってくれる場所ではない。
善意も、愛情も、ここでは偶然にしか存在しない。
(じゃあ、どうする)
答えは、もう出ていた。
(生き残る)
それだけだ。
朝の粥を配る時間になり、ウェイフは列に並んだ。
器に注がれる薄い粥。前世の感覚なら、栄養失調だと即座に判断する量。
(でも、ゼロじゃない)
それで十分だ、と自分に言い聞かせる。
年上の孤児が、わざと肩をぶつけてきた。
「邪魔だな」
以前なら、胸の奥がざわついたかもしれない。
だが今は違う。
(この人は、敵じゃない)
ただ、余裕がないだけ。
前世で何度も見た構図だ。
ウェイフは、何も言わずに一歩引いた。
争わない。反応しない。
それだけで、相手は拍子抜けしたように舌打ちし、離れていく。
(……無駄な衝突は避ける)
前世で学んだ、最も大切なことの一つだった。
昼前、ウェイフは裏手の出口へ向かった。
昨日と同じ道。だが、見え方が少し違う。
(危険箇所、三つ。
川は水量が増えると危ない。
山は、天候次第で即撤退)
頭の中で、条件を整理する。
前世で身についた「段取りを組む癖」が、自然と働いていた。
山で芋を掘りながら、ウェイフはふと思う。
(……魔法に頼らないで生きる)
一瞬、胸の奥が、きゅっと縮んだ。
治癒魔法。
小さなころ、無意識に使ってしまった力。
――気味が悪い。
――化け物。
あの言葉は、今も消えていない。
(……使わない)
前世の理性が、はっきりと線を引く。
(目立つ力は、狙われる。
守ってくれる人がいないなら、なおさら)
だからこそ、魔法ではなく、
知識と工夫で生きる。
それが、この場所での最適解だった。
孤児院に戻ると、子どもたちが待っていた。
昨日より、少し距離が近い。
「今日も……ある?」
「あるよ」
短く答えると、小さな安堵の息が漏れた。
火を起こし、分け合う。
誰かが笑い、誰かが黙って食べる。
ウェイフは、その様子を見ながら思った。
(前世では……
こういう時間、なかったな)
忙しさと義務に追われ、
空腹を分け合うことも、誰かの顔色を気にせず食べることもなかった。
(……皮肉ね)
ここは貧しく、厳しい。
けれど、今は確かに、自分の居場所がある。
夜。
寝台に横になり、ウェイフは天井を見る。
(感情を殺して生きる方法は、知ってる)
でも。
(この人生では……
それだけじゃ、終わらせない)
前世の記憶は、後悔も一緒に連れてきていた。
我慢し続けたこと。
選ばなかったこと。
(次は……選ぶ)
いつか、自由を選ぶ。
そのために、今は生き残る。
ウェイフは目を閉じた。
前世と今世。
二つの人生が、静かに重なり合いながら、
新しい“生き方”が、ゆっくりと形を取り始めていた。
――明日も、山へ行く。
それが、今の最善だった。
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