『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾

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22話|責任の所在

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22話|責任の所在

 動き始めた現場は、必ず次の問いを生む。

 ――誰が、責任を取るのか。

 帝国宰相府では、施行から三日目の朝、簡潔な報告会が開かれていた。
 机上に並ぶのは、数字と事実だけだ。

「港湾の滞留率、前週比で一六%改善」
「王国側の通関処理、平均時間が短縮」
「ただし――」

 報告官が、一拍置く。

「地方窓口で、判断ミスが二件。
 小規模ながら、損失が出ています」

 会議室の空気が、わずかに張り詰めた。

 失敗は、必ず起きる。
 問題は、それをどう扱うかだ。

 ハインリヒ・ヴォルフは、視線をエルゼリアへ向けた。

「裁量線を引いたのは、貴女だ」

 責める口調ではない。
 確認だ。

「はい」

 エルゼリアは、即座に答えた。

「想定内です」

 周囲の高官が、眉を動かす。

「……想定内?」

「はい」

 彼女は、淡々と続ける。

「裁量を与えれば、必ず誤る者が出ます。
 問題は、誤りを隠すか、修正できるかです」

 資料を一枚、前に出す。

「この二件は、報告が早い。
 対応も、現場で止めています」

 数字が示されていた。
 損失額。
 影響範囲。
 再発防止策。

「致命的ではありません」

 断言だった。

「むしろ、
 “誰かに聞かずに判断した”という事実が重要です」

 沈黙。

 だが、その沈黙は、否定ではない。

 ハインリヒが、短く頷く。

「……責任は?」

「私が負います」

 迷いはなかった。

「裁量線を設計したのは、私です。
 現場は、その範囲内で動いただけです」

 誰かが、息を呑む。

 帝国では、責任を引き受ける言葉は、
 そのまま評価の対象になる。

「処分は?」

 高官の一人が問う。

「不要です」

 エルゼリアは、即答する。

「隠蔽も、逸脱もありません。
 罰すれば、次から報告が遅れます」

 それは、理屈ではなく、経験からの言葉だった。

 ハインリヒは、しばらく考え、結論を出す。

「……この対応で行く」

 机を軽く叩く。

「帝国として、責任は宰相府が持つ。
 現場は、動き続けろ」

 会議は、それで終わった。

 だが、波紋は広がる。

 ――政策補佐官が、責任を引き受けた。
 ――失敗を、隠させなかった。

 それは、帝国の官僚たちにとっても、
 小さくない出来事だった。

 一方、王宮。

 同じ報告が、王国側にも届いている。

「……帝国は、責任を問わなかった?」

「はい。
 設計側が責任を持つ、と」

 会議室が、ざわつく。

「そんなことが……」
「普通は、現場を締め上げる」

 ロネスは、黙って報告書を読んでいた。

 裁量。
 失敗。
 責任。

 それらが、一本の線でつながっている。

「……だから、動くのか」

 誰に向けた言葉でもない。

 王国では、失敗は責任追及の始まりだった。
 だから、人は動かなくなる。

 帝国では、
 責任を引き受ける者がいる限り、
 人は動ける。

 その違いが、
 これほど明確に示されるとは思っていなかった。

 夜、帝国宰相府の執務室で、
 エルゼリアは一人、灯りを落とす前に書類を整理していた。

 今日の決断は、評価を上げも下げもしない。
 ただ、立場を固定する。

 ――この人は、責任から逃げない。

 そう認識されるだけだ。

「……それでいい」

 小さく呟く。

 評価されるために、
 責任を取るのではない。

 責任を取るから、
 評価が成立する。

 王宮で、それを理解してくれる者はいなかった。
 だが、ここでは違う。

 窓の外では、帝国の夜が静かに続いている。

 動き出した現場は、
 次に必ず、もっと大きな判断を求めてくる。

 その時、
 責任の所在が曖昧であれば、
 すべては止まる。

 エルゼリア・クローヴェルは、
 静かに確信していた。

 ――今、自分が引き受けているものは、
 重荷ではない。

 国が動き続けるための、
 支点だ。

 その支点が、どこまで耐えられるのか。
 試されるのは、これからだった。
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