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23話|王宮の違和感
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23話|王宮の違和感
王宮の空気が、微妙に変わり始めている。
誰かが声高に宣言したわけではない。
だが、廊下を行き交う文官たちの足取り、会議室で交わされる言葉の端々に、はっきりとした違和感が滲んでいた。
「……帝国側、また判断を返してきました」
午前の会議で、若い文官が報告書を差し出す。
「こちらの照会に対して、即日で。
しかも、“王国側で判断してよい”と」
その一文が、会議室をざわつかせた。
「判断してよい、だと?」
「責任はどうするつもりだ」
「口だけで言っているのではないのか」
疑念は、自然なものだった。
これまでの王宮では、
判断=責任=処罰、という図式が染みついている。
ロネスは、黙って文書を受け取り、目を通した。
簡潔な文面。
逃げ道のない言い回し。
だが同時に、相手を縛りすぎない設計。
「……これは」
思わず、言葉が漏れる。
彼の隣に座る財務官が、慎重に口を開いた。
「帝国は、判断を投げているのではありません。
枠を示したうえで、委ねてきています」
「委ねる、か……」
ロネスの脳裏に、ある人物の姿が浮かぶ。
エルゼリア・クローヴェル。
かつて、王宮の奥で、
誰よりも早く、誰よりも正確に判断材料を整えていた婚約者。
――彼女なら、こうする。
その考えに気づいた瞬間、
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
「この判断、どうします?」
視線が、ロネスへ集まる。
一瞬の沈黙。
以前なら、
結論を先延ばしにしただろう。
慎重さを理由に。
だが今は――
「……この件は、こちらで決める」
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
「帝国の示した枠内だ。
問題はない」
会議室が、静まり返る。
「殿下、それは――」
「責任は、私が取る」
言葉が、自然と続いた。
それは、彼にとっても初めての感覚だった。
責任を口にすることが、
恐怖ではなく、
必要な行為として認識される。
会議は、そのまま進んだ。
決定事項が、次々と整理される。
小さな判断。
だが、確実な前進。
午後、ロネスは一人、回廊を歩いていた。
窓の外には、王都の街並み。
変わらぬ景色。
だが、内部は変わり始めている。
「……なぜ、今さらだ」
自嘲気味に呟く。
彼女がいた頃、
判断材料は常に揃っていた。
にもかかわらず、自分は決めなかった。
いや――
決めさせなかったのだ。
責任を、
曖昧な場所に押し込めることで。
そのやり方が、
どれほど国を停滞させていたか。
帝国との交渉が、それを浮き彫りにしている。
一方、帝国宰相府。
王国側の決定報告が届き、
執務室に集まった官僚たちが短く息を吐いた。
「……王国、決めましたね」
「はい。
枠内判断。
問題ありません」
ハインリヒ・ヴォルフは、エルゼリアを見た。
「変化を感じるか?」
「感じます」
彼女は、少しだけ言葉を選ぶ。
「戸惑いは、まだ強い。
ですが、“決めていい”という感覚が、
ようやく芽生え始めています」
「それは、危険でもある」
「はい」
即答だった。
「判断に慣れていない者ほど、
極端に振れます」
「なら、どうする?」
「揺れ幅を、観測します」
淡々とした声音。
「止めません。
ただし、逸脱した瞬間に、線を引く」
それは、厳しくもあり、
誠実なやり方だった。
夜、エルゼリアは書類を閉じ、
ふと、過去を思い返す。
王宮で感じていた違和感。
決まらない会議。
責任を避ける空気。
――あの場所では、
違和感を言語化することすら、
許されなかった。
だが今、
その違和感が、王宮自身の中から生まれ始めている。
それは、彼女にとって、
どこか皮肉で、
同時に、救いでもあった。
「……遅すぎる、なんてことはない」
小さく呟き、灯りを落とす。
王宮は、違和感を覚え始めた。
帝国は、それを見逃さない。
この違和感が、
変化になるのか、
反発に変わるのか。
分岐点は、近い。
エルゼリア・クローヴェルは、
静かに次の局面を見据えていた。
王宮の空気が、微妙に変わり始めている。
誰かが声高に宣言したわけではない。
だが、廊下を行き交う文官たちの足取り、会議室で交わされる言葉の端々に、はっきりとした違和感が滲んでいた。
「……帝国側、また判断を返してきました」
午前の会議で、若い文官が報告書を差し出す。
「こちらの照会に対して、即日で。
しかも、“王国側で判断してよい”と」
その一文が、会議室をざわつかせた。
「判断してよい、だと?」
「責任はどうするつもりだ」
「口だけで言っているのではないのか」
疑念は、自然なものだった。
これまでの王宮では、
判断=責任=処罰、という図式が染みついている。
ロネスは、黙って文書を受け取り、目を通した。
簡潔な文面。
逃げ道のない言い回し。
だが同時に、相手を縛りすぎない設計。
「……これは」
思わず、言葉が漏れる。
彼の隣に座る財務官が、慎重に口を開いた。
「帝国は、判断を投げているのではありません。
枠を示したうえで、委ねてきています」
「委ねる、か……」
ロネスの脳裏に、ある人物の姿が浮かぶ。
エルゼリア・クローヴェル。
かつて、王宮の奥で、
誰よりも早く、誰よりも正確に判断材料を整えていた婚約者。
――彼女なら、こうする。
その考えに気づいた瞬間、
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
「この判断、どうします?」
視線が、ロネスへ集まる。
一瞬の沈黙。
以前なら、
結論を先延ばしにしただろう。
慎重さを理由に。
だが今は――
「……この件は、こちらで決める」
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
「帝国の示した枠内だ。
問題はない」
会議室が、静まり返る。
「殿下、それは――」
「責任は、私が取る」
言葉が、自然と続いた。
それは、彼にとっても初めての感覚だった。
責任を口にすることが、
恐怖ではなく、
必要な行為として認識される。
会議は、そのまま進んだ。
決定事項が、次々と整理される。
小さな判断。
だが、確実な前進。
午後、ロネスは一人、回廊を歩いていた。
窓の外には、王都の街並み。
変わらぬ景色。
だが、内部は変わり始めている。
「……なぜ、今さらだ」
自嘲気味に呟く。
彼女がいた頃、
判断材料は常に揃っていた。
にもかかわらず、自分は決めなかった。
いや――
決めさせなかったのだ。
責任を、
曖昧な場所に押し込めることで。
そのやり方が、
どれほど国を停滞させていたか。
帝国との交渉が、それを浮き彫りにしている。
一方、帝国宰相府。
王国側の決定報告が届き、
執務室に集まった官僚たちが短く息を吐いた。
「……王国、決めましたね」
「はい。
枠内判断。
問題ありません」
ハインリヒ・ヴォルフは、エルゼリアを見た。
「変化を感じるか?」
「感じます」
彼女は、少しだけ言葉を選ぶ。
「戸惑いは、まだ強い。
ですが、“決めていい”という感覚が、
ようやく芽生え始めています」
「それは、危険でもある」
「はい」
即答だった。
「判断に慣れていない者ほど、
極端に振れます」
「なら、どうする?」
「揺れ幅を、観測します」
淡々とした声音。
「止めません。
ただし、逸脱した瞬間に、線を引く」
それは、厳しくもあり、
誠実なやり方だった。
夜、エルゼリアは書類を閉じ、
ふと、過去を思い返す。
王宮で感じていた違和感。
決まらない会議。
責任を避ける空気。
――あの場所では、
違和感を言語化することすら、
許されなかった。
だが今、
その違和感が、王宮自身の中から生まれ始めている。
それは、彼女にとって、
どこか皮肉で、
同時に、救いでもあった。
「……遅すぎる、なんてことはない」
小さく呟き、灯りを落とす。
王宮は、違和感を覚え始めた。
帝国は、それを見逃さない。
この違和感が、
変化になるのか、
反発に変わるのか。
分岐点は、近い。
エルゼリア・クローヴェルは、
静かに次の局面を見据えていた。
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