『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾

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30話|重さを分ける

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30話|重さを分ける

 覚悟を選別したあとの組織は、静かだ。
 だが、その静けさは、必ず別の問題を連れてくる。

 ――重すぎる。

 王宮の執務棟では、夜更けまで灯りが落ちない日が続いていた。

「……この件、今日中にまとめます」

「こちらも、修正案を出します」

 声は落ち着いている。
 だが、疲労は隠しきれていない。

 人は減った。
 残った者は、優秀だ。

 だからこそ、
 一人ひとりにかかる負荷が、急激に増えていた。

 ロネスは、その光景を黙って見ていた。

 決断はできるようになった。
 議論も、前に進む。

 だが――
 このままでは、続かない。

「……殿下」

 側近が、控えめに声をかける。

「皆、無理をしています」

「分かっている」

 ロネスは、即答した。

「だが、今は止められない」

「止める必要はありません」

 側近は、少し言葉を選んだ。

「分けるべきです」

 ロネスは、はっとして側近を見る。

「……分ける?」

「責任も、判断も、
 一人や少人数に集中しすぎています」

 それは、
 かつてエルゼリア一人に背負わせていた構図と、
 酷似していた。

 ロネスは、唇を噛む。

「……同じことを、
 繰り返すところだったな」

 その夜、
 王宮では臨時の打ち合わせが開かれた。

 議題は一つ。

 ――判断と責任の分担。

「判断基準は共有されています」

 ロネスは、はっきりと言った。

「なら、
 判断も、分けられるはずだ」

 具体案は、拙いながらも明確だった。

 ・案件ごとに、主担当を明示する
 ・最終責任者は固定するが、
  判断の一次責任は担当に持たせる
 ・失敗時の修正も、担当が案を出す

「……つまり」

 文官の一人が、慎重に言う。

「殿下がすべてを背負う形ではない、と」

「そうだ」

 ロネスは、頷いた。

「背負うのは、最終的な責任だけでいい」

 その言葉に、
 会議室の空気が、わずかに緩む。

 誰もが、
 覚悟はある。
 だが、潰れる覚悟までは、持っていない。

 一方、帝国宰相府。

 王宮の新たな動きは、
 報告として届いていた。

「……責任の分担を始めました」

「ようやく、そこに来たか」

 ハインリヒ・ヴォルフは、短く息を吐く。

「どう見る?」

「正しい段階です」

 エルゼリアは、迷いなく答えた。

「選別の次は、
 必ず過集中が起きます」

「止めに入らなくていいのか?」

「不要です」

 即答だった。

「今の分け方は、
 彼ら自身が考えたものです」

 それが、何より重要だった。

「他人に設計された仕組みは、
 長く持ちません」

 夜、帝国の街は静かだった。

 エルゼリアは、机に向かいながら、
 ふと手を止める。

 王宮は、
 かつての自分と同じ場所に立っている。

 ――重さを、一人で背負おうとして、
 限界に気づく場所。

「……遅くない」

 小さく呟く。

 気づいたなら、
 修正できる。

 一方、王宮。

 ロネスは、執務室で一人、
 新しい分担表を眺めていた。

 名前が並ぶ。
 責任が、線で結ばれている。

 以前なら、
 これを“危うい”と感じただろう。

 だが今は違う。

「……これでいい」

 誰か一人が欠けても、
 止まらない形。

 それは、
 国が“人”ではなく、
 “仕組み”で動き始めた証だ。

 帝国は、もう手を出していない。
 助言も、最小限だ。

 それでも、
 王宮は前に進んでいる。

 エルゼリア・クローヴェルは、
 遠くから、その様子を見つめながら、
 静かに理解していた。

 ――ここまで来れば、
 もう、大きくは戻らない。

 彼女がいなくても、
 決断は続く。

 それは、
 彼女にとって、
 勝利でも復讐でもない。

 ただ、
 役割が終わりに近づいたという、
 事実だった。

 重さは、分けられた。
 あとは――
 それぞれが、
 自分の分を背負って歩くだけだ。

 物語は、
 静かに、次の局面へ進んでいく。
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