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29話|選別される覚悟
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29話|選別される覚悟
静かな離反が抑え込まれたあと、
王宮には、別の変化が訪れていた。
それは、表立った事件ではない。
だが、空気としては、これまでで最も重い。
――覚悟の選別。
会議の席で、発言する者が変わり始めた。
「……この件ですが、
前例の基準に照らすと、
こちらの対応が適切かと」
以前なら、
発言を控えていた文官が、
自分の意見を述べる。
一方で――
これまで声の大きかった者が、
目立たなくなっていく。
ロネスは、その変化を見逃さなかった。
発言の巧さではない。
立場の高さでもない。
基準を使って話せるか。
責任を前提に、意見を出せるか。
それだけが、
会議に残る条件になりつつあった。
「……殿下」
側近が、会議後に声を落とす。
「人が、減っています」
「減っているのではない」
ロネスは、静かに言った。
「残っているだけだ」
選別は、意図して行われていない。
だが、結果として起きている。
決断の前提が変われば、
居心地の悪さを感じる者が出るのは、
避けられない。
その日の午後、
ある文官が辞表を提出した。
「……体調を理由に、
職を退きたいと」
書類を見た側近が、
困惑した表情で言う。
ロネスは、しばらく黙っていた。
責任から逃げた、とは言わない。
だが――
耐えられなかったのだ。
「受理しよう」
短い言葉だった。
「止めないのですか?」
「止めても、戻らない」
ロネスは、淡々と答えた。
「覚悟は、強制できない」
それは、
彼自身が、ようやく理解したことでもある。
一方、帝国宰相府。
王宮内部の人事変化は、
遅れて、しかし正確に届いていた。
「……辞任者が出ました」
「珍しくない」
ハインリヒ・ヴォルフは、
書類を閉じる。
「むしろ、遅いくらいだ」
視線が、エルゼリアへ向く。
「どう見る?」
「自然です」
彼女は、即答した。
「基準ができれば、
その基準に耐えられない者は、
離れます」
「惜しい人材も、いるだろう」
「はい」
否定はしない。
「ですが、
基準のない組織に、
人材は定着しません」
それは、
彼女自身の経験から来る言葉だった。
「選別は、残酷だな」
「いいえ」
エルゼリアは、首を振る。
「残酷なのは、
選別が行われないことです」
曖昧な場所に人を留め、
責任だけを押し付ける。
それこそが、
最も人を壊す。
王宮では、
少人数での会議が増えた。
議論は、短く、
だが、密度が高い。
「この判断、
失敗した場合の修正案は?」
「ここまでなら、
影響は限定的です」
言葉のやり取りが、
具体的になる。
ロネスは、その様子を見て、
胸の奥で、静かに息を吐いた。
――ようやく、
話ができる。
それは、
喜びよりも、
安堵に近い感情だった。
夜、王宮の執務室。
ロネスは、一人で机に向かい、
過去の会議記録を読み返していた。
決まらなかった議題。
先送りされた案件。
そこに並ぶ名前の中に、
今日、辞表を出した文官の名もある。
「……悪いことをしたな」
誰に向けた言葉でもない。
だが、同時に、
戻る道はないことも分かっている。
一方、帝国の夜。
エルゼリアは、報告書を閉じ、
静かに窓を見た。
王宮は、
覚悟を選別し始めた。
それは、
制度が根を張り始めた証だ。
だが同時に、
次の問題も見えてくる。
――残った者に、
過度な負荷がかかる。
選別の次に来るのは、
必ず、疲弊だ。
「……休ませる仕組みも、必要ね」
小さく呟く。
帝国なら、
次はそこを設計する。
王宮は、どうするか。
それを決めるのも、
もう、王宮自身だ。
エルゼリア・クローヴェルは、
静かに理解していた。
選別は、終わりではない。
始まりでもない。
ただ、
“決断する組織”になるための、
通過点だ。
この先、
覚悟を持つ者だけが残った場所で、
どんな国が形作られるのか。
彼女は、
その行方を、
もう一歩引いた場所から見つめていた。
静かな離反が抑え込まれたあと、
王宮には、別の変化が訪れていた。
それは、表立った事件ではない。
だが、空気としては、これまでで最も重い。
――覚悟の選別。
会議の席で、発言する者が変わり始めた。
「……この件ですが、
前例の基準に照らすと、
こちらの対応が適切かと」
以前なら、
発言を控えていた文官が、
自分の意見を述べる。
一方で――
これまで声の大きかった者が、
目立たなくなっていく。
ロネスは、その変化を見逃さなかった。
発言の巧さではない。
立場の高さでもない。
基準を使って話せるか。
責任を前提に、意見を出せるか。
それだけが、
会議に残る条件になりつつあった。
「……殿下」
側近が、会議後に声を落とす。
「人が、減っています」
「減っているのではない」
ロネスは、静かに言った。
「残っているだけだ」
選別は、意図して行われていない。
だが、結果として起きている。
決断の前提が変われば、
居心地の悪さを感じる者が出るのは、
避けられない。
その日の午後、
ある文官が辞表を提出した。
「……体調を理由に、
職を退きたいと」
書類を見た側近が、
困惑した表情で言う。
ロネスは、しばらく黙っていた。
責任から逃げた、とは言わない。
だが――
耐えられなかったのだ。
「受理しよう」
短い言葉だった。
「止めないのですか?」
「止めても、戻らない」
ロネスは、淡々と答えた。
「覚悟は、強制できない」
それは、
彼自身が、ようやく理解したことでもある。
一方、帝国宰相府。
王宮内部の人事変化は、
遅れて、しかし正確に届いていた。
「……辞任者が出ました」
「珍しくない」
ハインリヒ・ヴォルフは、
書類を閉じる。
「むしろ、遅いくらいだ」
視線が、エルゼリアへ向く。
「どう見る?」
「自然です」
彼女は、即答した。
「基準ができれば、
その基準に耐えられない者は、
離れます」
「惜しい人材も、いるだろう」
「はい」
否定はしない。
「ですが、
基準のない組織に、
人材は定着しません」
それは、
彼女自身の経験から来る言葉だった。
「選別は、残酷だな」
「いいえ」
エルゼリアは、首を振る。
「残酷なのは、
選別が行われないことです」
曖昧な場所に人を留め、
責任だけを押し付ける。
それこそが、
最も人を壊す。
王宮では、
少人数での会議が増えた。
議論は、短く、
だが、密度が高い。
「この判断、
失敗した場合の修正案は?」
「ここまでなら、
影響は限定的です」
言葉のやり取りが、
具体的になる。
ロネスは、その様子を見て、
胸の奥で、静かに息を吐いた。
――ようやく、
話ができる。
それは、
喜びよりも、
安堵に近い感情だった。
夜、王宮の執務室。
ロネスは、一人で机に向かい、
過去の会議記録を読み返していた。
決まらなかった議題。
先送りされた案件。
そこに並ぶ名前の中に、
今日、辞表を出した文官の名もある。
「……悪いことをしたな」
誰に向けた言葉でもない。
だが、同時に、
戻る道はないことも分かっている。
一方、帝国の夜。
エルゼリアは、報告書を閉じ、
静かに窓を見た。
王宮は、
覚悟を選別し始めた。
それは、
制度が根を張り始めた証だ。
だが同時に、
次の問題も見えてくる。
――残った者に、
過度な負荷がかかる。
選別の次に来るのは、
必ず、疲弊だ。
「……休ませる仕組みも、必要ね」
小さく呟く。
帝国なら、
次はそこを設計する。
王宮は、どうするか。
それを決めるのも、
もう、王宮自身だ。
エルゼリア・クローヴェルは、
静かに理解していた。
選別は、終わりではない。
始まりでもない。
ただ、
“決断する組織”になるための、
通過点だ。
この先、
覚悟を持つ者だけが残った場所で、
どんな国が形作られるのか。
彼女は、
その行方を、
もう一歩引いた場所から見つめていた。
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