『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾

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31話|引き継がれる判断

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31話|引き継がれる判断

 重さを分けた組織は、すぐに結果を出すわけではない。
 だが――止まらなくなる。

 王宮の朝は、以前より静かだった。
 廊下を走る足音は減り、代わりに、各執務室で低い声の議論が続いている。

「この案件、主担当は私でよろしいですね」

「はい。
 基準三に該当します。
 修正案まで含めてお願いします」

 言葉は簡潔だ。
 だが、曖昧さはない。

 ロネスは、その様子を遠目に見ながら、
 一つの書類を手に取っていた。

 ――判断報告。

 以前なら、
 “報告=決裁待ち”だった書類だ。

 だが今は違う。

 結論が書かれている。
 理由もある。
 失敗時の修正案まで、添えられている。

「……判断が、引き継がれているな」

 独り言のような呟きだった。

 側近が、小さく頷く。

「殿下が不在でも、
 止まらない形になりつつあります」

「それが、理想だ」

 ロネスは、即答した。

「私がいなければ決まらない国は、
 結局、誰かに依存しているだけだ」

 それは、
 かつてエルゼリア一人に依存していた過去を、
 はっきりと意識した言葉だった。

 午後、
 一件の判断が、軽微な修正を伴って差し戻された。

「……この部分、
 基準の解釈が甘い」

 ロネスは、そう書き添えただけで、
 結論そのものは否定しなかった。

 主担当の文官は、
 驚くほど素直に頷く。

「承知しました。
 修正します」

 言い訳はない。
 責任転嫁もない。

 それは、
 “決めた人間”の反応だった。

 一方、帝国宰相府。

 王宮から届く報告は、
 もはや逐一の助言を必要としなくなっていた。

「……判断、回っています」

「速度も、安定しています」

 報告官の言葉に、
 ハインリヒ・ヴォルフは、短く息を吐く。

「我々の役割は?」

「監視のみです」

 エルゼリアは、淡々と答えた。

「口を出す理由が、ありません」

「寂しいか?」

 不意に投げられた問いに、
 彼女は、ほんの一瞬だけ考えた。

「いいえ」

 答えは、静かだった。

「引き継がれた、という実感はあります」

 それは、
 切り捨てられた感覚ではない。

 自分がいなくても、
 判断が続くという事実。

 それこそが、
 彼女が最初から望んでいた形だった。

 夜、王宮。

 ロネスは、執務室の灯りを落とす前に、
 一枚の古い書類を引き出しから取り出した。

 エルゼリアの署名が残る、
 かつての内部文書。

 判断基準の原型。
 彼女が、一人で整えていたものだ。

「……遅くなった」

 誰に向けた言葉でもない。

 だが、今なら分かる。

 彼女が、
 どれほどの重さを、
 黙って背負っていたのか。

 それを、
 今は、複数の手が支えている。

 一方、帝国の夜。

 エルゼリアは、机に向かいながら、
 王国関連のファイルを静かに閉じた。

 未処理の案件は、ない。
 監視項目も、最低限。

「……もう、必要ないわね」

 その言葉に、
 悲壮さはなかった。

 役割は、終わる。
 だが、
 築いたものは、残る。

 引き継がれた判断は、
 彼女の手を離れ、
 それぞれの責任のもとで回り続ける。

 それでいい。

 エルゼリア・クローヴェルは、
 静かに灯りを落とした。

 物語は、
 個人の才覚から、
 組織の力へと、確かに移行した。

 次に問われるのは――
 この仕組みが、
 想定外の危機に耐えられるかどうか。

 引き継がれた判断は、
 やがて、
 本当の試練を迎えることになる。

 それは、
 誰の物語でもあり、
 同時に、
 もう彼女一人の物語ではなかった。
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