『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

文字の大きさ
12 / 40

第12話 社交界への復帰

しおりを挟む
第12話 社交界への復帰

 医師から正式に外出の許可が下りたのは、目覚めてから十日目のことだった。

「長時間は避けてください。無理は禁物です」

「分かりました」

 落ち着いた声で答えながら、シルフィーネは深く息を吸った。
 胸の奥に、ほんのわずかな緊張と――それ以上の静かな覚悟がある。

 復帰の場として選ばれたのは、小規模な茶会。
 公爵家と親交の深い家だけを招いた、あくまで「様子を見るため」の集まりだ。

「派手な夜会ではありません。ですから……」

 母は心配そうに言葉を濁したが、シルフィーネは微笑んだ。

「ええ。だからこそ、ちょうどいいのです」

 誰もが好意的な顔をする場所。
 誰もが“失礼にはならない”距離を保つ場。

 ――人の本音を見るには、十分すぎる。



 茶会当日。

 淡い色のドレスに身を包み、サロンへ足を踏み入れた瞬間、空気がわずかに変わった。

「……!」

「まあ……」

 抑えた声。
 視線が、一斉に集まる。

 だが、以前とは違う。
 好奇や同情ではない。
 計るような、慎重な眼差し。

「ご無沙汰しております」

 シルフィーネは、ゆっくりと一礼した。

 それだけで、数人の貴婦人が小さく息を呑む。

「まあ……なんて落ち着いたご様子……」

「本当に……ご成長なさって……」

 褒め言葉。
 だが、その裏にあるのは、「見た目が変わったから」という前提。

 彼女は、静かに頷くだけだった。

 茶会は、終始穏やかに進んだ。
 誰も失礼な言葉は口にしない。
 誰も過去に触れようとはしない。

 それでも。

「……これからは、縁談のお話も増えるでしょうね」

 何気ない一言が、耳に届く。

「ええ。このご様子なら……」

 言葉を選びながらも、視線ははっきりしている。

 ――外見が変わった今なら、価値がある。

 胸の奥で、何かがすっと冷えた。



 茶会が終わり、客人たちが帰ったあと。

 サロンには、静けさが戻った。

「……お疲れさまでした」

 マリアが、そっと声をかける。

「ええ」

 シルフィーネは椅子に腰を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。

 疲れていないと言えば、嘘になる。
 だが、それ以上に、はっきりした感覚があった。

「……やはり、同じですわね」

「お嬢様?」

「外見が変わっただけで、態度も評価も変わる。
 それ自体は、もう驚くことではありません」

 問題は、そこではない。

 ――その変化を、当然だと思っていること。

 シルフィーネは、指先を軽く握った。

「私は、もう“選ばれる側”ではありません」

 誰かの価値観で測られ、判断される存在ではない。

「これからは……私が、選びます」

 誰と関わるのか。
 誰を信じるのか。
 誰の言葉に耳を傾けるのか。

 そのすべてを。

 窓の外では、穏やかな午後の陽射しが差し込んでいた。

 社交界への復帰は、通過点にすぎない。
 本当の意味での再出発は――

 ここから、始まるのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

【完結】王妃を廃した、その後は……

かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。 地位や名誉……権力でさえ。 否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。 望んだものは、ただ一つ。 ――あの人からの愛。 ただ、それだけだったというのに……。 「ラウラ! お前を廃妃とする!」 国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。 隣には妹のパウラ。 お腹には子どもが居ると言う。 何一つ持たず王城から追い出された私は…… 静かな海へと身を沈める。 唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは…… そしてパウラは…… 最期に笑うのは……? それとも……救いは誰の手にもないのか *************************** こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

[完結]だってあなたが望んだことでしょう?

青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。 アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。 やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー

婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい

神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。  嘘でしょう。  その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。  そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。 「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」  もう誰かが護ってくれるなんて思わない。  ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。  だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。 「ぜひ辺境へ来て欲しい」  ※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m  総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ  ありがとうございます<(_ _)>

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

処理中です...