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第11話 向けられる視線の意味
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第11話 向けられる視線の意味
目覚めてから、一週間。
シルフィーネは、ようやく短時間の歩行を許可された。
医師の付き添いのもと、寝室の外へ出るだけ。それでも、閉ざされていた世界が少しずつ広がっていく感覚に、胸が静かに高鳴った。
「……こんなに、天井が高かったのね」
廊下を進みながら、思わずそう呟く。
視界が違う。
それは、単に立ち上がったからではなかった。
背が伸び、目線が変わったことで、屋敷の景色がまるで別の場所のように感じられる。
今まで“見上げていたもの”を、同じ高さで見る――その事実が、彼女に奇妙な実感を与えていた。
「お嬢様……お疲れではありませんか?」
マリアが心配そうに声をかける。
「大丈夫よ。ただ……少し、不思議なだけ」
歩みを止め、窓辺に立つ。
庭では使用人たちが仕事をしており、こちらに気づいた数人が顔を上げた。
一瞬、空気が変わる。
「……!」
はっとしたように姿勢を正す者。
視線を逸らす者。
そして――息を呑んだまま、動きを止める者。
その反応は、以前とは明らかに違っていた。
「……そう、なるのね」
シルフィーネは、小さく息を吐いた。
誰も、彼女を“子ども”のようには見ていない。
代わりに向けられているのは、驚きと、戸惑い、そして――慎重さ。
同じ屋敷。
同じ人々。
それなのに、扱いだけが変わる。
胸の奥に、かすかな違和感が広がった。
*
午後、公爵家を訪ねてきたのは、遠縁にあたる侯爵夫人だった。
「まあ……!」
応接間でシルフィーネの姿を見た瞬間、夫人は言葉を失った。
「本当に……まるで別人のようですわ」
その視線には、純粋な驚きと、はっきりした評価が混じっている。
「……お久しぶりです、叔母様」
立ち上がって挨拶すると、夫人は一瞬だけ目を丸くした。
「……礼儀も、立ち居振る舞いも……」
呟くような声。
それは、今まで彼女が向けられたことのない種類の評価だった。
「ご無事で何よりですわ。社交界でも、きっと……」
その続きを、シルフィーネは聞かなかった。
代わりに、穏やかに微笑む。
「ありがとうございます。でも、私は変わっていません」
侯爵夫人は、少し戸惑ったように瞬きをした。
「外見が変わっただけです。ですから……どうか、以前と同じように接してください」
その言葉に、夫人は言葉を失い、やがて気まずそうに笑った。
「……そう、ですわね」
けれど、その声は、どこかぎこちない。
――同じようには、戻れない。
その事実を、二人とも、はっきりと理解していた。
*
夜、一人になったシルフィーネは、机に向かい、静かに考えを巡らせていた。
向けられる視線。
変わった態度。
増した丁寧さ。
それらはすべて、好意の仮面を被っている。
「……外見しか、見ていない」
ふと、口をついて出た言葉に、自分で驚いた。
怒りではない。
悲しみでもない。
ただ、はっきりとした理解だった。
もし、この姿でなければ。
もし、また幼く見えていたなら。
同じ言葉を、同じ態度で向けられただろうか。
「……答えは、分かっているわね」
ペンを置き、ゆっくりと背筋を伸ばす。
眠りの底で決めたこと。
目を覚ましたときに、胸に刻んだ覚悟。
私は、試される側ではない。
――見る側だ。
誰が、私を人として見ているのか。
誰が、ただ外見に価値を見出しているのか。
その違いを、これからは、はっきりと見極める。
窓の外には、静かな夜空が広がっていた。
その下で、シルフィーネは確信していた。
この変化は、祝福でも、呪いでもない。
選ぶための、試金石なのだと。
目覚めてから、一週間。
シルフィーネは、ようやく短時間の歩行を許可された。
医師の付き添いのもと、寝室の外へ出るだけ。それでも、閉ざされていた世界が少しずつ広がっていく感覚に、胸が静かに高鳴った。
「……こんなに、天井が高かったのね」
廊下を進みながら、思わずそう呟く。
視界が違う。
それは、単に立ち上がったからではなかった。
背が伸び、目線が変わったことで、屋敷の景色がまるで別の場所のように感じられる。
今まで“見上げていたもの”を、同じ高さで見る――その事実が、彼女に奇妙な実感を与えていた。
「お嬢様……お疲れではありませんか?」
マリアが心配そうに声をかける。
「大丈夫よ。ただ……少し、不思議なだけ」
歩みを止め、窓辺に立つ。
庭では使用人たちが仕事をしており、こちらに気づいた数人が顔を上げた。
一瞬、空気が変わる。
「……!」
はっとしたように姿勢を正す者。
視線を逸らす者。
そして――息を呑んだまま、動きを止める者。
その反応は、以前とは明らかに違っていた。
「……そう、なるのね」
シルフィーネは、小さく息を吐いた。
誰も、彼女を“子ども”のようには見ていない。
代わりに向けられているのは、驚きと、戸惑い、そして――慎重さ。
同じ屋敷。
同じ人々。
それなのに、扱いだけが変わる。
胸の奥に、かすかな違和感が広がった。
*
午後、公爵家を訪ねてきたのは、遠縁にあたる侯爵夫人だった。
「まあ……!」
応接間でシルフィーネの姿を見た瞬間、夫人は言葉を失った。
「本当に……まるで別人のようですわ」
その視線には、純粋な驚きと、はっきりした評価が混じっている。
「……お久しぶりです、叔母様」
立ち上がって挨拶すると、夫人は一瞬だけ目を丸くした。
「……礼儀も、立ち居振る舞いも……」
呟くような声。
それは、今まで彼女が向けられたことのない種類の評価だった。
「ご無事で何よりですわ。社交界でも、きっと……」
その続きを、シルフィーネは聞かなかった。
代わりに、穏やかに微笑む。
「ありがとうございます。でも、私は変わっていません」
侯爵夫人は、少し戸惑ったように瞬きをした。
「外見が変わっただけです。ですから……どうか、以前と同じように接してください」
その言葉に、夫人は言葉を失い、やがて気まずそうに笑った。
「……そう、ですわね」
けれど、その声は、どこかぎこちない。
――同じようには、戻れない。
その事実を、二人とも、はっきりと理解していた。
*
夜、一人になったシルフィーネは、机に向かい、静かに考えを巡らせていた。
向けられる視線。
変わった態度。
増した丁寧さ。
それらはすべて、好意の仮面を被っている。
「……外見しか、見ていない」
ふと、口をついて出た言葉に、自分で驚いた。
怒りではない。
悲しみでもない。
ただ、はっきりとした理解だった。
もし、この姿でなければ。
もし、また幼く見えていたなら。
同じ言葉を、同じ態度で向けられただろうか。
「……答えは、分かっているわね」
ペンを置き、ゆっくりと背筋を伸ばす。
眠りの底で決めたこと。
目を覚ましたときに、胸に刻んだ覚悟。
私は、試される側ではない。
――見る側だ。
誰が、私を人として見ているのか。
誰が、ただ外見に価値を見出しているのか。
その違いを、これからは、はっきりと見極める。
窓の外には、静かな夜空が広がっていた。
その下で、シルフィーネは確信していた。
この変化は、祝福でも、呪いでもない。
選ぶための、試金石なのだと。
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