『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第11話 向けられる視線の意味

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第11話 向けられる視線の意味

 目覚めてから、一週間。

 シルフィーネは、ようやく短時間の歩行を許可された。
 医師の付き添いのもと、寝室の外へ出るだけ。それでも、閉ざされていた世界が少しずつ広がっていく感覚に、胸が静かに高鳴った。

「……こんなに、天井が高かったのね」

 廊下を進みながら、思わずそう呟く。

 視界が違う。
 それは、単に立ち上がったからではなかった。

 背が伸び、目線が変わったことで、屋敷の景色がまるで別の場所のように感じられる。
 今まで“見上げていたもの”を、同じ高さで見る――その事実が、彼女に奇妙な実感を与えていた。

「お嬢様……お疲れではありませんか?」

 マリアが心配そうに声をかける。

「大丈夫よ。ただ……少し、不思議なだけ」

 歩みを止め、窓辺に立つ。
 庭では使用人たちが仕事をしており、こちらに気づいた数人が顔を上げた。

 一瞬、空気が変わる。

「……!」

 はっとしたように姿勢を正す者。
 視線を逸らす者。
 そして――息を呑んだまま、動きを止める者。

 その反応は、以前とは明らかに違っていた。

「……そう、なるのね」

 シルフィーネは、小さく息を吐いた。

 誰も、彼女を“子ども”のようには見ていない。
 代わりに向けられているのは、驚きと、戸惑い、そして――慎重さ。

 同じ屋敷。
 同じ人々。
 それなのに、扱いだけが変わる。

 胸の奥に、かすかな違和感が広がった。



 午後、公爵家を訪ねてきたのは、遠縁にあたる侯爵夫人だった。

「まあ……!」

 応接間でシルフィーネの姿を見た瞬間、夫人は言葉を失った。

「本当に……まるで別人のようですわ」

 その視線には、純粋な驚きと、はっきりした評価が混じっている。

「……お久しぶりです、叔母様」

 立ち上がって挨拶すると、夫人は一瞬だけ目を丸くした。

「……礼儀も、立ち居振る舞いも……」

 呟くような声。
 それは、今まで彼女が向けられたことのない種類の評価だった。

「ご無事で何よりですわ。社交界でも、きっと……」

 その続きを、シルフィーネは聞かなかった。

 代わりに、穏やかに微笑む。

「ありがとうございます。でも、私は変わっていません」

 侯爵夫人は、少し戸惑ったように瞬きをした。

「外見が変わっただけです。ですから……どうか、以前と同じように接してください」

 その言葉に、夫人は言葉を失い、やがて気まずそうに笑った。

「……そう、ですわね」

 けれど、その声は、どこかぎこちない。

 ――同じようには、戻れない。

 その事実を、二人とも、はっきりと理解していた。



 夜、一人になったシルフィーネは、机に向かい、静かに考えを巡らせていた。

 向けられる視線。
 変わった態度。
 増した丁寧さ。

 それらはすべて、好意の仮面を被っている。

「……外見しか、見ていない」

 ふと、口をついて出た言葉に、自分で驚いた。

 怒りではない。
 悲しみでもない。

 ただ、はっきりとした理解だった。

 もし、この姿でなければ。
 もし、また幼く見えていたなら。

 同じ言葉を、同じ態度で向けられただろうか。

「……答えは、分かっているわね」

 ペンを置き、ゆっくりと背筋を伸ばす。

 眠りの底で決めたこと。
 目を覚ましたときに、胸に刻んだ覚悟。

 私は、試される側ではない。
 ――見る側だ。

 誰が、私を人として見ているのか。
 誰が、ただ外見に価値を見出しているのか。

 その違いを、これからは、はっきりと見極める。

 窓の外には、静かな夜空が広がっていた。

 その下で、シルフィーネは確信していた。
 この変化は、祝福でも、呪いでもない。

 選ぶための、試金石なのだと。
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