『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第12話 社交界への復帰

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第12話 社交界への復帰

 医師から正式に外出の許可が下りたのは、目覚めてから十日目のことだった。

「長時間は避けてください。無理は禁物です」

「分かりました」

 落ち着いた声で答えながら、シルフィーネは深く息を吸った。
 胸の奥に、ほんのわずかな緊張と――それ以上の静かな覚悟がある。

 復帰の場として選ばれたのは、小規模な茶会。
 公爵家と親交の深い家だけを招いた、あくまで「様子を見るため」の集まりだ。

「派手な夜会ではありません。ですから……」

 母は心配そうに言葉を濁したが、シルフィーネは微笑んだ。

「ええ。だからこそ、ちょうどいいのです」

 誰もが好意的な顔をする場所。
 誰もが“失礼にはならない”距離を保つ場。

 ――人の本音を見るには、十分すぎる。



 茶会当日。

 淡い色のドレスに身を包み、サロンへ足を踏み入れた瞬間、空気がわずかに変わった。

「……!」

「まあ……」

 抑えた声。
 視線が、一斉に集まる。

 だが、以前とは違う。
 好奇や同情ではない。
 計るような、慎重な眼差し。

「ご無沙汰しております」

 シルフィーネは、ゆっくりと一礼した。

 それだけで、数人の貴婦人が小さく息を呑む。

「まあ……なんて落ち着いたご様子……」

「本当に……ご成長なさって……」

 褒め言葉。
 だが、その裏にあるのは、「見た目が変わったから」という前提。

 彼女は、静かに頷くだけだった。

 茶会は、終始穏やかに進んだ。
 誰も失礼な言葉は口にしない。
 誰も過去に触れようとはしない。

 それでも。

「……これからは、縁談のお話も増えるでしょうね」

 何気ない一言が、耳に届く。

「ええ。このご様子なら……」

 言葉を選びながらも、視線ははっきりしている。

 ――外見が変わった今なら、価値がある。

 胸の奥で、何かがすっと冷えた。



 茶会が終わり、客人たちが帰ったあと。

 サロンには、静けさが戻った。

「……お疲れさまでした」

 マリアが、そっと声をかける。

「ええ」

 シルフィーネは椅子に腰を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。

 疲れていないと言えば、嘘になる。
 だが、それ以上に、はっきりした感覚があった。

「……やはり、同じですわね」

「お嬢様?」

「外見が変わっただけで、態度も評価も変わる。
 それ自体は、もう驚くことではありません」

 問題は、そこではない。

 ――その変化を、当然だと思っていること。

 シルフィーネは、指先を軽く握った。

「私は、もう“選ばれる側”ではありません」

 誰かの価値観で測られ、判断される存在ではない。

「これからは……私が、選びます」

 誰と関わるのか。
 誰を信じるのか。
 誰の言葉に耳を傾けるのか。

 そのすべてを。

 窓の外では、穏やかな午後の陽射しが差し込んでいた。

 社交界への復帰は、通過点にすぎない。
 本当の意味での再出発は――

 ここから、始まるのだから。
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