『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第10話 変わったもの、変わらないもの

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第10話 変わったもの、変わらないもの

 目を覚ましてから、三日が過ぎた。

 医師の診察は慎重を極め、シルフィーネはまだベッドから離れることを許されていない。
 だが、意識ははっきりしており、会話も問題なくできた。

「……信じられないわね」

 シルフィーネは、静かに呟いた。

 寝台の脇に置かれた姿見。
 そこに映る自分の姿を、何度見ても違和感が拭えない。

 長い手足。
 大人びた輪郭。
 かつて“幼すぎる”と言われ続けた面影は、確かに残っているのに――印象はまるで別人だ。

「お嬢様……本当に、お美しくなられて……」

 マリアが、言葉を選びながらそう言う。

「ありがとう。でも……」

 シルフィーネは、ゆっくりと首を振った。

「私は、何もしていないのよ。ただ……眠っていただけ」

 努力したわけでも、何かを得たわけでもない。
 ただ時間が流れただけで、外見だけが変わった。

 それが、ひどく不公平に思えた。

 ――もし、あのとき。

 この姿で夜会に立っていたなら。
 ライオネルは、あんな言葉を口にしただろうか。

 胸の奥に、微かな痛みが走る。

「……いけないわね」

 自分を戒めるように、小さく息を吐いた。

 もう、終わったことだ。
 過去をどう仮定しても、現実は変わらない。



 午後、公爵夫妻がそろって部屋を訪れた。

「体調はどうだ?」

「問題ありません。ご心配をおかけしました」

 そう答えながら、シルフィーネは父の顔を見つめる。

 一年分――いや、それ以上の疲労が刻まれているように見えた。

「……謝らなくていい」

 公爵は、静かにそう言った。

「眠っていたのは、お前の責任ではない」

 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「これからのことだが……」

 公爵夫人が、少し躊躇いながら口を開く。

「社交界には、すでに噂が広まっています。あなたが目を覚ましたことも……その、姿が変わったことも」

 やはり。
 シルフィーネは、苦笑に近い微笑みを浮かべた。

「そうでしょうね」

 隠し通せる話ではない。

「しばらくは静養を優先するが……復帰については、あなたの意思を尊重したい」

 公爵の言葉は、はっきりとしていた。

「どうするかは……自分で、決めなさい」

 その一言が、胸に深く響いた。

 ――選ぶ。

 眠りの底で誓った言葉が、静かに蘇る。

「……少し、時間をください」

「ああ」

 急かされることはなかった。



 夜。

 一人になった寝室で、シルフィーネは窓辺に立った。

 月明かりが、部屋を淡く照らしている。

「……変わったもの」

 外見。
 声。
 人々の向ける視線。

「……変わらないもの」

 心。
 価値観。
 誰かに縋らず、尊厳を失わないという意志。

 鏡の中の自分を、まっすぐに見つめる。

「私は……私よ」

 幼く見えようと、大人びていようと。
 それで価値が変わるなら――それは、相手の問題だ。

 唇に、微かな笑みが浮かぶ。

 この姿で、世界はどう変わるのか。
 そして、人々は何を見るのか。

 確かめる覚悟は、もうできていた。

 止まっていた時間は、動き出した。
 次に進むのは――誰かに選ばれるためではない。

 自分で、選ぶために。
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