完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾

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第11話 公爵家入り

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第11話 公爵家入り

 公爵夫人としての最初の一日は、驚くほど静かに始まった。

 城の中庭に朝の光が差し込み、石畳に影を落とす。
 私は用意された居室の窓から、その様子を眺めていた。

(……思った以上に、視線が多いわね)

 直接見られているわけではない。
 けれど、廊下を行き交う使用人たちの気配が、どこか慎重すぎる。

 ――歓迎と警戒が、入り混じった空気。

「お嬢様……いえ、奥様」

 マリアが言い直しながら、そっと近づいてくる。

「皆さん、噂で持ちきりです」

「でしょうね」

 私は苦笑する。

 突然現れた“元・王太子の婚約者”。
 しかも、冷徹公爵の婚約者となれば、好奇心を刺激しないはずがない。

 朝食のために案内された食堂でも、同じだった。

 長いテーブル。
 きっちり整えられた食器。
 使用人たちは完璧な所作で給仕するが、視線は控えめに、しかし確実に私を観察している。

(……飾り夫人、と思われているかしら)

 それも、想定内だった。

 食事を終える頃、年配の執事が一歩前に出た。

「奥様。本日のご予定ですが」

 その言葉に、使用人たちの耳がわずかにこちらへ向くのを感じる。

「午前中は城内の案内を予定しております。
 午後は……特に決まっておりません」

 ――つまり、“特に何もさせるつもりはない”。

 私は一瞬だけ考え、穏やかに微笑んだ。

「では、午前中の案内のあと、執務室へ伺います」

 空気が、止まった。

「……執務室、でございますか?」

「ええ。夫――公爵様から、領政補佐に関わると伺っています」

 言葉は柔らかく、しかし内容ははっきりと。

 執事は一瞬迷い、やがて頷いた。

「……承知いたしました。
 そのように、お伝えいたします」

 案内は形式的なものだった。

 城の構造。
 歴史。
 慣例。

 どれも重要だが、今の私にとって最優先ではない。

 そして、正午。

 私は迷いなく、執務棟へ足を向けた。

 扉をノックすると、すぐに返事がある。

「入れ」

 アンクレイブは、すでに書類に目を通していた。

「公爵夫人としての初日だ。休んでいても構わない」

「承知しています」

 私は一礼し、続けた。

「ですが、仕事をするために来ました」

 彼は一瞬だけ顔を上げ、私を見た。

「……使用人たちは、何と言っている」

「“お飾りでいるべきだ”と、声には出さずに」

 正直に答えると、彼はわずかに口角を動かした。

「それでいい」

「?」

「結果を出せば、空気は変わる」

 その言葉に、私は小さく頷く。

「では、早速ですが」

 机の上の書類を指す。

「北部領の物流費用、少し異常です。
 昨日拝見した時点で、三割ほど無駄が出ています」

 アンクレイブは、何も言わずに椅子を引いた。

「座れ」

 ――合格、ということだろう。

 私は席に着き、ペンを取る。

 使用人たちの認識は、まだ変わらない。
 私は“元婚約者”“よそ者”“お飾りの妻”。

 けれど。

(問題ないわ)

 評価は、言葉ではなく成果で覆せる。

 そして私は、
 そのやり方を、よく知っている。

 ――公爵家での生活は、
 静かに、しかし確実に、
 私の居場所を変え始めていた。


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