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第12話 初仕事
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第12話 初仕事
公爵城の執務室は、朝から慌ただしかった。
「北部領から、再度報告が届いています」 「港湾使用料の件ですが……」 「輸送費の見直しを求める声が――」
側近たちが次々と書類を運び込む。
その視線が、ちらり、ちらりと私に向けられているのを感じた。
――公爵夫人が、机に座っている。
それだけで、十分に異例なのだろう。
私は静かに書類を受け取り、目を通した。
(……やはり)
数字は正直だ。
ごまかしも、無駄も、すべて行間に滲み出る。
「ここです」
私は一枚の書類を机に置いた。
「北部領の物流費。
一見すると距離の問題に見えますが、実際は契約構造の問題です」
側近の一人が眉をひそめる。
「契約、ですか?」
「はい。輸送業者が固定されすぎています。
競争原理が働いていない」
私は別の書類を重ねる。
「加えて、港湾使用料が旧契約のまま。
これは、三年前の相場です」
室内が、しんと静まり返った。
アンクレイブは腕を組み、私を見ている。
「解決策は」
「三段階で」
私は迷いなく答えた。
「まず、短期的には臨時入札。
次に、港湾使用料の再交渉。
最後に、複数業者による分散契約へ移行します」
「……現場は混乱しないか」
「一時的には。
ですが半年後には、確実にコストが下がります」
数字を示すと、側近たちの表情が変わった。
「……本当に、三割削減できるのですか?」
「保守的に見積もって、です」
その言葉に、誰かが小さく息を呑む。
しばらくの沈黙の後、アンクレイブが口を開いた。
「この案を採用する」
即断だった。
「責任者は」
彼の視線が、私に向く。
「エリーカ、任せる」
一瞬、執務室の空気が揺れた。
――公爵夫人が、責任者。
側近たちは驚きを隠しきれない様子だったが、反論はない。
「承知しました」
私は一礼する。
その日の午後から、作業は一気に動き出した。
業者の選定。
条件の整理。
契約文の修正。
私は執務室を出たり入ったりしながら、淡々と指示を出した。
「その条件では、相手が首を縦に振りません」 「ここは、譲歩ではなく選択肢を増やしましょう」 「感情論は不要です。数字で示してください」
次第に、使用人たちの態度が変わっていく。
遠慮がちな視線は、次第に確認の目へ。
やがて、信頼の色を帯び始めた。
夕刻。
一日の作業を終え、私は書類をまとめた。
「初日から、飛ばしすぎではないか」
アンクレイブが、ふと声をかける。
「問題ありません。
むしろ、これくらいでないと」
そう答えると、彼はわずかに口元を緩めた。
「……噂通りだな」
「噂、ですか?」
「有能すぎる、という」
私は小さく肩をすくめた。
「それが原因で、追い出されましたから」
その言葉に、アンクレイブは一瞬だけ沈黙し、そして言った。
「この国では、欠点にはならない」
その一言が、胸の奥に静かに落ちる。
執務室を出るとき、使用人の一人が深く頭を下げた。
「……奥様」
その呼び方に、違和感はなかった。
初仕事は、上々。
そして――
“お飾り公爵夫人”という評価は、
今日をもって、静かに終わりを告げた。
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公爵城の執務室は、朝から慌ただしかった。
「北部領から、再度報告が届いています」 「港湾使用料の件ですが……」 「輸送費の見直しを求める声が――」
側近たちが次々と書類を運び込む。
その視線が、ちらり、ちらりと私に向けられているのを感じた。
――公爵夫人が、机に座っている。
それだけで、十分に異例なのだろう。
私は静かに書類を受け取り、目を通した。
(……やはり)
数字は正直だ。
ごまかしも、無駄も、すべて行間に滲み出る。
「ここです」
私は一枚の書類を机に置いた。
「北部領の物流費。
一見すると距離の問題に見えますが、実際は契約構造の問題です」
側近の一人が眉をひそめる。
「契約、ですか?」
「はい。輸送業者が固定されすぎています。
競争原理が働いていない」
私は別の書類を重ねる。
「加えて、港湾使用料が旧契約のまま。
これは、三年前の相場です」
室内が、しんと静まり返った。
アンクレイブは腕を組み、私を見ている。
「解決策は」
「三段階で」
私は迷いなく答えた。
「まず、短期的には臨時入札。
次に、港湾使用料の再交渉。
最後に、複数業者による分散契約へ移行します」
「……現場は混乱しないか」
「一時的には。
ですが半年後には、確実にコストが下がります」
数字を示すと、側近たちの表情が変わった。
「……本当に、三割削減できるのですか?」
「保守的に見積もって、です」
その言葉に、誰かが小さく息を呑む。
しばらくの沈黙の後、アンクレイブが口を開いた。
「この案を採用する」
即断だった。
「責任者は」
彼の視線が、私に向く。
「エリーカ、任せる」
一瞬、執務室の空気が揺れた。
――公爵夫人が、責任者。
側近たちは驚きを隠しきれない様子だったが、反論はない。
「承知しました」
私は一礼する。
その日の午後から、作業は一気に動き出した。
業者の選定。
条件の整理。
契約文の修正。
私は執務室を出たり入ったりしながら、淡々と指示を出した。
「その条件では、相手が首を縦に振りません」 「ここは、譲歩ではなく選択肢を増やしましょう」 「感情論は不要です。数字で示してください」
次第に、使用人たちの態度が変わっていく。
遠慮がちな視線は、次第に確認の目へ。
やがて、信頼の色を帯び始めた。
夕刻。
一日の作業を終え、私は書類をまとめた。
「初日から、飛ばしすぎではないか」
アンクレイブが、ふと声をかける。
「問題ありません。
むしろ、これくらいでないと」
そう答えると、彼はわずかに口元を緩めた。
「……噂通りだな」
「噂、ですか?」
「有能すぎる、という」
私は小さく肩をすくめた。
「それが原因で、追い出されましたから」
その言葉に、アンクレイブは一瞬だけ沈黙し、そして言った。
「この国では、欠点にはならない」
その一言が、胸の奥に静かに落ちる。
執務室を出るとき、使用人の一人が深く頭を下げた。
「……奥様」
その呼び方に、違和感はなかった。
初仕事は、上々。
そして――
“お飾り公爵夫人”という評価は、
今日をもって、静かに終わりを告げた。
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