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2. お飾りの妻になる決心
しおりを挟む「お姉様! お姉様の婚約者の方って素敵な方ね!」
シルヴィが私に向かってそう言った時、何だか嫌な予感がしたのを今でも覚えている。
──私は今から約1年前、婚約解消をされている。
「すまない、ミルフィ。君との婚約を解消させてもらいたい!」
「はい?」
その日、我が家を訪ねてきた婚約者のカイン様は、挨拶もそこそこ突然そんな事を言い出した。
彼と私は半年程前に婚約をしたばかり。お父様の起こした事業の関係でどうしても手を結びたかったというルクデウス子爵家の嫡男のカイン様。
まだ、たった半年の付き合いではあったけれど、
『政略結婚でも君とは仲良くやっていけたらいいなと思ってるよ』
そう言って優しく微笑んでくれていたのに。
互いに贈り物を送り合い、デートも重ねて穏やかに関係を築いて来たと思っていたのに!
「……何故ですか?」
「好きな人が出来たんだ。君には申し訳ないと思ったけれど一目見て恋に落ちた。もうこの気持ちは抑えられない」
「好きな……人」
「そう! 見た目だけじゃない! 性格も素直で人懐っこくて……」
カイン様の語る一目惚れをした“好きな人”の様子を聞かされながら、私の胸にはまさか……という思いが生まれた。
何だか彼の言う特徴の女性にとても覚えがある。
でも、必死にそんな事は無いだろうと打ち消した。
「カイン様のそ、その方への想いは分かりましたわ。ですが、私とカイン様の婚約は家同士の約束で結ばれたものです。そんな簡単に解消などとお父様が許すはずがありませんわ」
私のその言葉になんとカイン様は鼻で笑った。
「ミルフィ。その点は何も問題は無い。だから、既に君のお父上にも納得してもらったよ」
「え?」
「だって僕の恋した人は君の妹──シルヴィ嬢なんだから」
「シルヴィ……?」
カイン様のその言葉に私は衝撃を受ける。
いえ、既に心のどこかで思ってはいた。
ただ、それを現実に突きつけられただけ。
「君に妹だと紹介されたその日から僕は、シルヴィ嬢の事が忘れられなくなったんだ」
「……」
「だから、僕は不躾なお願いだとは分かりつつも君のお父上に申し出たんだ。ミルフィ、君との婚約を解消してシルヴィ嬢と婚約を結び直したい! とね」
「!」
カイン様のその言葉で、短いながらもこれまで過ごした時間と思い描いていた未来が一気に足元から崩れていくのが分かった。
ここまで言われてようやく思い至る。
シルヴィと顔を合わせてからのカイン様が以前より我が家を訪ねて来る回数が増えていた事。
お茶の時間などには妹さんも交えてどうだろうとよく提案されていた事。
そして、シルヴィも笑顔でその話に乗ってきていた事。
いつだって二人は私をそっちのけで楽しそうに会話をしていた……
(婚約者のいないシルヴィに気を使ってくれているだけだと思っていた……なんて馬鹿なの私……)
あまりの悔しさに両手の拳を膝の上で握り締める。
今すぐカイン様の女性に人気の甘いマスクとやらを殴り付けてしまいたい気持ちを私は懸命に堪えていた。
────……
(あれからもう1年……経つのね)
時が経つのは早いなぁと思う。
シルヴィに惚れて、結局私と婚約解消したカイン様だったけれど、シルヴィと婚約を結び直す前に、お父様が事業に失敗してロンディネ子爵家が莫大な借金を背負ってしまった。
それと同時に彼は逃げて行った。
(今、思い出しても最低な人!)
婚約寸前まで話が進み、彼に懐いていたシルヴィが傷ついているのでは?
そう心配した私にシルヴィは何故か笑顔で言った。
「お姉様から私の物になった時点でカイン様には興味を無くしていたので別に構わないわ」
(あの言葉には背筋がゾッとしたわ)
でも、カイン様の時と今回は違う。
シルヴィは泣いて嫌がっているし、何より向こうが求めているのはお飾りの妻!
契約の花嫁との事だから、用済みになれば捨てられるかもしれないけれど、シルヴィから一時でも離れられるならそれもいいのかもしれない。
───私はそんな思いでロイター侯爵家へと嫁ぐ事を決めた。
*****
「初めまして、ロンディネ子爵家の長女、ミルフィと申します」
「あぁ、話は聞いてるよ。ようこそ、ロイター侯爵家へ」
「初めまして。アドルフォの母です」
そうして、両家の間でトントン拍子に話は進み、遂にロイター侯爵家へと住まいを移す事になった私が、侯爵家に出向いて初めての挨拶した場に居たのは……
何故か現侯爵夫妻のみだった。
(あれぇ?)
ようやく旦那様(仮)の顔を拝めると思ったのにまさかの不在!
「すまないね、アドルフォは急遽、領地に出向いてもらっているんだ」
「すぐ帰ってくる予定なのでごめんなさいね」
侯爵夫妻が申し訳ないくらいに気を使ってくれている。
こちらこそお飾りの妻如きにすみませんという気持ちでいっぱい。
「せっかくアドルフォが熱望した花嫁の到着の日に不在になってしまうとは……なんて運のない奴なのか」
「本当にね……」
(んんん? 熱望した花嫁??)
お飾りでも妻を欲しがったのだからある意味、熱望……であってる……?
と、私は考える。
侯爵様はそんな私の気持ちも知らずに笑顔で言った。
「そういう事だから、アドルフォが帰って来たら笑顔で出迎えてやってくれ。きっと喜ぶ」
「は、はい……不束者ですがこれから宜しくお願いします」
とりあえず、私はそれだけ言って失礼させてもらった。
(私が出迎えて、喜ぶ……のかしら?)
そんな疑問を持ちながら。
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