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1. 持ち込まれた結婚話
しおりを挟む───その日、お父様は悲痛な顔をして私達姉妹に言った。
「すまないが、お前達のどちらか、ロイター侯爵家のアドルフォ殿の元に嫁いでくれないか? ただし、本物の花嫁じゃなくて、契約の花嫁としてなんだが」
「はい?」
「ふふふ、やぁだ、お父様ったら私達をからかっているの~?」
私、ミルフィと、妹のシルヴィは二人揃って首を傾げた。
だって意味が分からないわ。
本物ではない花嫁って何? 契約の花嫁?
「からかってなどいない! その……ロイター侯爵家の嫡男、アドルフォ殿が花嫁を必要としている……のだが……本物の花嫁は要らない、と……」
お父様はポツポツとそう語り出すも、汗は吹き出し目は泳ぎ明らかに何かを隠している。
耐え切れなくなった私は訊ねる。
「……お父様。本物の花嫁だの偽物の花嫁だのというよく分からない話は置いておくとして、何故、我が家にその話が来るのですか? おかしくないですか?」
言っては悪いけれど、我が家は貧乏子爵家。むしろ、現在はなんと借金まで背負ってしまっている。
色んな意味でも侯爵家とは全く釣り合いが取れない。
だからこそ、この話はおかしい……のだけど。
ギクッ!
私のした質問にお父様の身体が大きく跳ねた。
(間違いない! これは……何か裏があるわ!)
「お父様!」
「……」
「ちゃんと説明してくださいませ!」
私はお父様を問い詰めた。
────……
「……つまり、お父様はロイター侯爵家のアドルフォ様に借金を肩代わりしてもらったと」
「そういう事になる」
「その代わりに、侯爵家は花嫁を要求してきたと」
「そういう事になる」
「でも、それは本物の花嫁ではなく、お飾りの妻が欲しいというお話だと」
「そういう事になる」
あぁ、お父様のその受け答え! かなりイラッとするわ!
「……では、ロイター侯爵家のアドルフォ様がお飾りの妻を欲しがる理由は何ですの?」
「そこまでは聞いておらん。ただ、娘のどちらでも構わないから花嫁として欲しいと言われただけだ」
「……」
(……お飾りのでしょう!?)
と、怒鳴りたくなる。
でも、怒鳴った所で話が変わる訳では無いので、私は、はぁ……とため息を吐いてから、どうにか心を落ち着かせた。
「私かシルヴィのどちらかが嫁がなくてはいけない。もうこれは決定事項なのですよね?」
「あぁ」
お父様が頷く。
これは、どうしたものかしら……と思った時、私の横にいたシルヴィが悲痛な声を上げた。
「私は嫌よ! 絶対に嫌!!」
(シルヴィ……言うと思ったわ)
「だって、ロイター侯爵家のアドルフォ様ってとってもとっても有名じゃない!」
「有名?」
私が聞き返すとシルヴィは呆れたように私を見ながら言う。
「お姉様知らないの?」
「知らないわ」
「そうね、引きこもりのお姉様はきっと、知らないわよね! ロイター侯爵家のアドルフォ様って社交界ではとーーーーっても有名な方なのよ!」
「どう有名なの?」
私の質問にシルヴィは言った。
「社交界に顔を出しても愛想が無くてとにかく無口! 彼の声を聞いた人はほとんど居ない! 性格も冷酷無慈悲だと言われている方なのよ!!」
(えーー……何それ? 言われたい放題……)
「だから私、例え、お飾りでもそんな人の妻になるなんて嫌! 絶対に絶対に嫌!!」
「シルヴィ、落ち着いてくれ」
「落ち着いてなんかいられないわ! 嫌よ、お父様! 私は絶対にお断りよ!」
(出たわ……シルヴィのイヤイヤ攻撃)
これが出るともう決まっているの。お父様は私にこう言うのよ。
「───すまない、ミルフィ。お前に頼む」
……ほらね。
ロンディネ子爵家の姉妹である私、ミルフィとシルヴィ。
私達は似ていない姉妹として有名。
お母様に似た蜂蜜色の金の髪にくりっとした菫色の瞳。
花のような笑顔を見せる妹──シルヴィ。
性格も明るく社交的。いつもワガママを言って家族を困らせる妹。
シルヴィは可愛い。
美少女とはこういう子の事を言うのだと私も常々思っている。
お父様に似た……亜麻色の髪、ヘーゼル色の瞳の私とは大違い。
いつしか、シルヴィと比べられるのが嫌で社交界から遠のいていった私は、ロンディネ子爵家の引きこもりの姉と呼ばれているそう。
(そんなシルヴィは私から何でも奪って行く……)
「いいじゃない、譲ってあげれば。あなたは、お姉さんなんだから」
お母様もいつだってシルヴィの味方だった。
大好きだったぬいぐるみ、お気に入りの刺繍がされたハンカチ、いつも使っていた髪留め……
これまで譲って来たものは多分、言い出したらキリが無い。
「お姉様の持っている物が私も欲しいの!」
いつもそんな事を言うものだから、どうして? と、聞いてみた事がある。
「よく分からないけれど、お姉様の物はとっても素敵に見えるのよ!」
無邪気な笑顔でそう返された。
そうしていつも私から何でも奪っていったシルヴィ。
そう……それは、 かつての私の婚約者さえもそうだった───……
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