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第10話 癒しの力
しおりを挟む私に起きたこの謎の現象が誰かの手によるもので、使われたのは人を呪い殺す黒魔術──……
「ルキア!」
「でも、そうだとするとおかしいのです」
「え? おかしい?」
苦しそうな顔をしていたシグルド様は、私の次の言葉の意味が分からなかったようでポカンとした。
「私、生きています」
「え? あ、あぁ。生きている……な」
私は本のある部分を指でさしながらシグルド様に説明をする。
「……この本に書かれているここによると、この黒魔術の死の呪いを受けた者は、まず魔力を奪われます。次に身体の自由や思考力……と、少しずつ奪っていき最後は死に至るようです。しかし、それらは全て1週間以内の間に完了する、とも書かれています」
「!」
私が倒れてからとっくに1週間を過ぎている。
つまり、本当に私がこの呪いを受けたのなら、私は既に命を失っていなくてはおかしい。
だけど、私は生きている。
ついでに言うなら魔力と癒しの力を失くしただけで身体は健康そのもの。
高熱が下がった後、たくさん検査してお医者様にもそう診断されている。
「ならば、ルキアが受けたものは“死の呪い”では無い、のか?」
「……似て非なるものかもしれません」
「だとすると、本当に何なんだ!?」
「分かりません……」
さっぱり分からないので、私も首を横に振る事しか出来ない。
──結局、謎が深まっただけで答えは得られず、この日の書庫での閲覧は終了する事になった。
*****
それからも、シグルド様と時間を見つけては書庫に籠る日々が続いていた。
そして、王宮では少しずつ少しずつ、ミネルヴァ様のまいた種が育っているのか、私を見る皆の目が前と変わって来た気がする。
(それだけではないかな。私が癒しの力を皆の前で使わなくなったのも大きいかも)
力を失う前の私は、定期的に騎士団を訪問して彼らの傷や疲れを癒すという役目を担っていた。
当然、今の私にそれは出来ない。騎士団への訪問を控えたいと騎士団長に伝えた所、当然だけど明らかに不満そうな顔をされた。
そして、その役目は当然ミネルヴァ様が引き継ぐ事になった──……
───最近、未来の王太子妃は仕事をしない。役立たずになった!
───ミネルヴァ様の方が、よっぽど未来の王太子妃としての仕事をしているのでは?
そんな声ばかり聞こえてくるようになった。
黒魔術を疑ったあの後も結局、私の身体は元気そのもの。でも力を失った原因は不明のまま。
そろそろ、公表せずにこのままでいるのは限界なのかもしれない。
(ミネルヴァ様のあんな発言さえ聞かなければ、とっくに身を引いていたのだけど)
でも、今の私が何も出来ない事に変わりは無いけれど、このまま黙って身を引く事が本当に正しい事なのかよく分からなくなってしまった。
「あら? そこに居るのは…………こんにちは、ルキア様」
そんな時、凄いタイミング。
後ろから私に声をかけて来たのはミネルヴァ様だった。
「こんにちは、ミネルヴァ様……ってあら?」
だけど、振り返った私は驚く。
今日のミネルヴァ様は一人では無かった。
「どうもこんにちは、ルキア様」
「……ブラッド様、こんにちは」
ミネルヴァ様と共に居たのは、ブラッド・ハーワード公爵令息。
王弟でもあったハーワード公爵の息子なので、シグルド様とは従兄弟という関係。
(なんで二人が一緒に……?)
「私、ブラッド様に頼まれて騎士団に行って来た帰りなんですよ」
ミネルヴァ様がニコニコした笑顔でそう語る。
チクッと私の胸が少しだけ痛む。
「そうなんですよ、ほら僕は騎士団の責任者の任を父から引き継いだので」
(責任者……あぁ、そういえばそうだった)
ブラッド様のその言葉で私はようやくその事を思い出した。
私が騎士団に赴く時は、何故かいつもシグルド様が付き添ってくれていたから、すっかり失念していたわ。
「ふふふ、騎士団の皆様、優しい方ばかりで、毎回すごい感謝されていますの。私の事を女神様! ですって。もう大袈裟ですわよねぇ」
「そうでしたか」
「それに、ここだけの話ですけど……ふふ。ルキア様の施したお力よりも治りが良いとかで、私が来る事を大変喜ばれていますのよ」
(……!)
私はその言葉を聞いて、ショック……では無く不信感を覚えた。
「待って下さい! ミネルヴァ様、それって……」
「え、急に何ですの? 痛いですわ」
私は思わず彼女の腕を掴んでしまい、ミネルヴァ様は眉をひそめた。
「ご、ごめんなさい。だけどあなた、まさか彼らの傷や怪我を全て力で治してしまっているの?」
「え? 何を言っているんですの、ルキア様。そんなの当然ですわよね?」
「!」
その返事を受けて私は慌ててブラッド様の方を見る。
彼は何か問題でも? という顔をして首を傾げていた。
(何で!?)
シグルド様は一緒に治療に向かう時、私にいつも言っていた。
“癒しの力”で全ての傷や怪我を治しては駄目だ、と。
もちろん、力での治療が必要な傷は全力で治すべき。
でも、力を使わなくても治る傷や怪我は彼らの自然治癒力に任せるべきだと。
全ての傷や怪我を“癒しの力”を使って治してしまうと、彼らの自然治癒の力を奪ってしまい、結果、衰えさせる事に繋がってしまうから、と。
実際にこの話は魔術の研究を専門としている人や医者からも言われていた話。
どんな特殊な力があったとしても、全てをそれらに頼るような“当たり前”を作ってはいけない。
だって、特殊な力は全ての人に発現するものでは無いから。
(癒しの力だって私が数年ぶりに発現したと聞いている。常に持っている人がいるわけではない……)
『ルキアはちゃんとその取捨選択が出来る人だと私は信じてる』
シグルド様はそう言ってくれていつも優しく私の治療を見守ってくれていた。
(責任者でもあるブラッド様が何も言わないのなら、すでに役目を降りた私からは何も言えない……そんな権限は無い)
でも……強制は出来ないけれど忠告をするくらいなら……
「ミネルヴァ様。ご存知ですよね? 全ての傷を力で治してしまうのは今後の彼らの為にも良くない事なのだと!」
「はぁ~?」
ミネルヴァ様は明らかに不満そうな顔を見せた。
「ですから、自己で治癒出来るような傷や怪我は……」
「~~ルキア様! もうルキア様はお役目を降りられたんですわよね?」
「え、ええ……」
「でしたら、口出しは無用ですわ! 私には私のやり方がありますの。ですから黙っていて下さいませ! ねぇ、ブラッド様?」
予想はしていたけれど、やっぱりミネルヴァ様は聞く耳を持たない。
そして、話をふられたブラッド様も困った顔を私に向ける。
「ルキア様、あなたとミネルヴァ嬢は考え方もやり方も違うわけだから、あなたの考えをミネルヴァ嬢に押し付けるのはちょっと……」
「……私の考えを押し付けているのではなく、これはちゃんとお医者様からもはっきり言われている事です。きっとその説明はミネルヴァ様もお役目を引き受ける時に聞いているはずで……」
「えー? 何のお話ですの? 私、そんなの知らないですわ。聞いていませんわよ」
ブラッド様が眉を顰める。
「聞いていないそうだよ?」
「そんなはず……」
(ブラッド様だって責任者なら絶対にどこかで言われているはずなのに!)
「はぁ……ルキア様、私、あなたと違って今、私はとーーっても忙しいんですの。だから、そんな事にいちいち時間を割いてはいられませんわ。さっさと治してしまった方が私も楽ですし、皆も喜びます」
「…………ミネルヴァ様、お願いです。私からでなくても構いませんから、ちゃんと話を」
「しつこいですわ!」
それでも話を聞いて欲しい、と言いかけた私をミネルヴァ様はトンッと突き飛ばした。
私はそのまま尻もちをつく。
「痛っ……」
転んだ拍子に足を挫いてしまったのか直ぐに立てなかった。
「あら? ごめんあそばせ、ルキア様。ふふ、役立たずのルキア様は床がとってもお似合いですわねぇ、まぁ、とにかくもう私のする事に口出しはしないで下さいませね? さぁ、行きましょう、ブラッド様」
「あぁ」
(足が……)
私は、そう言って去って行く二人の後ろ姿を見ている事しか出来なかった。
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