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第26話 役立たず
しおりを挟む(シグルド様……何があったの!?)
私はミネルヴァ様を無視して、悲鳴の聞こえた方へと走り出す。
ずっと朝から私の中に燻っていた胸騒ぎはこれだったのかもしれない。
「あ、ちょっと!? 待ちなさいよ!」
後ろからミネルヴァ様のそんな声が聞こえたけれど、今の私にはそんな声はどうでもいい。
ミネルヴァ様の声は無視してシグルド様の元に走った。
(シグルド様! お願い、お願いだから無事でいて!!)
「……!」
人集りはシグルド様の執務室の前に出来ている。そして何やら異様な空気を感じた。
そんな私は、まず最初に倒れている人達が目についた。
(彼らは! どうしてシグルド様の護衛達が部屋の前で倒れているの?)
ドクン、ドクン……と心臓が嫌な音を立てた。
シグルド様を守るはずの人達が倒れている。それが意味するもの。でも、そんなのは考えたくない。
「ここに倒れている者達はどうやら眠らされているようだ……」
そんな声が聞こえて来て、更に胸がドキッとする。
(眠らされている? それって牢屋の看守と同じでは?)
つまりシグルド様の護衛を眠らせたのはミネルヴァ様を逃がした人と同一人物?
私はそう思いながら扉の入口へと近付こうとするけれど、人が多くて全然近付けない。
早くお医者様を──そんな声が部屋の中で飛び交っているのが聞こえた。
やっぱり、シグルド様が中で……
そう思った私はたまらず、大きな声を上げていた。
「お願い、そこの道を開けて!」
私のその声に扉の前にいた野次馬の人達が驚いて振り返ると、慌てて道を開けてくれた。
そのまま部屋へと駆け込んだ私が見たのは──……
「シグルド様!! ……え? それにブラッド様?」
部屋の壁にもたれかかるようにして血を流してるシグルド様と、扉の入口付近で同じ様に血を流して倒れているブラッド様の姿だった。
(な、何があったの? どうして二人共……)
共にかなり血が流れているのが分かる。
「っ! シグルド様! 大丈夫ですか!?」
「……」
私はシグルド様の側に駆け寄るも反応は返って来ない。息はしているようだけど意識は無さそうだった。
「ルキア様、失礼します」
「あ……」
その声で振り返るとそこに居たのはお医者様。
私はシグルド様から離れて診察の様子を静かに見守る事にした。
「これは! 深い傷を負っていますな。それも複数箇所……」
「!」
「とにかくまずは止血を。あぁ、ルキア様そこにいるなら手伝ってくれますかな?」
「は、はい」
「では、私の指示に従って、まずそこの鞄の中から──」
私は涙を堪えながらお医者様の指示に従う。
───
お医者様の手伝いをしながら私の心の中は悔しくて悔しくて仕方が無かった。
(力が……力さえあれば……!!)
そうしたら、絶対に救えるのに!
どうして? どうして私はこんなに無力なの?
──ルキア様が力を使えばいいのに。
──どうして使わないのだろう?
──何故だ? まさかこのまま見殺しにする気なのか?
私が力を使えない事を知らない人達からの私に対する不審の声が聞こえてくるけれど、魔力が空っぽの私にはどうする事も出来ない。
(悔しい……)
「ルキア様」
名前を呼ばれたので、顔を上げるとお医者様が静かに私を見つめていた。
「……分かっています。次は何をすればよろしいですか?」
「では、こちらを……」
治療に当たってくれているお医者様は私が高熱を出した時に診察してくれたお医者様なので私が魔力を失った事も力を使えない事も知っている。
だから、互いに余計な事は言わずに今出来る事をしていく。
そんな時……
「───これは、何事だ!?」
(この声は……)
突然、部屋の入口からそんな声が聞こえて来た。
慌てて振り返ると現れたのは国王陛下。どこからか騒ぎを聞き付けてやって来たらしい。
陛下の突然の登場にお医者様以外の皆が頭を下げる中、倒れている二人を見た陛下が叫んだ。
「シグルド!? それにブラッドまで! これは何があったのだ!?」
当然だけど、その声に答えられる人物はこの場には誰もいなかった。
シグルド様の護衛は眠っているし、シグルド様とブラッド様も意識を失っている。
この部屋で何があったかは誰にも分からない。
「は、早く、助けろ! 何をしても助けるんだ……!」
陛下の焦ったようなその声にお医者様は「全力を尽くしております」と答える事しか出来ない。
「……」
「……っ!」
そんな中、私と陛下の目が合う。
陛下の目は冷たく“お前が力が使えていればすぐにどうにかなったのでは?”そう言っていた。
(そんなの私だって!!)
誰よりも悔しいのは私。
どうして私は力を失くしてしまったのかと悔やんでも悔やみきれない。
「え!? や、何これ……」
「!!」
自分の無力さが悔しくて唇を噛み締めているとまた、新しい声が聞こえる。
それはミネルヴァ様の声だった。
「殿下。それに、ブラッド様!? え? 何これ、どういう事!?」
部屋の様子を見たミネルヴァ様の困惑の声を上げる。
(そうよ! ミネルヴァ様、ミネルヴァ様なら力が使えるわ!)
この際、その力が私から奪ったものかどうかなんて事はどうでもいい。
ただ、今はシグルド様を助けて欲しい。
私の気持ちはそれだけだった。
振り返った私はミネルヴァ様に向かって叫んだ。
「ミネルヴァ様、お願いします……シグルド様を助けて下さい!」
私のその声に、癒しの力の使い手は他にも居た!
これで助かるのでは? 部屋の中がそんな期待に溢れた空気になる。
だけど……
「……な、何でよ!? 何なのこれ」
「……ミネルヴァ様?」
ミネルヴァ様の様子がおかしい。青白い顔のままガタガタ震え出した。
「知らない……こんなの知らない! こんなに酷いなんて私は聞いてない!!」
(───どういう事?)
「ミネルヴァ様?」
「ティティ男爵令嬢! いい所に来た! さぁ、早くそなたの力で二人を救うのだ!」
陛下も天の助けとばかりにそう口にするけれど、
「……無理、無理よ……こんなの無理」
と、ミネルヴァ様は首を横に振るばかり。
何かがおかしいと思いながらも私はミネルヴァ様の肩を掴んで揺すぶりながら訊ねる。
「ミネルヴァ様! 何をごちゃごちゃ言っているのですか!? 早くしないと……」
「だから無理よ! 無理だって言ってるでしょ!? こんな酷い怪我の治療なんてした事無いもの!」
「ミネルヴァ様? あなたは何を言っているの」
ミネルヴァ様は必死に頭を横に振りながらそう叫び、ヘナヘナとその場に崩れた。
その腰は完全に抜けていた。
「だって、こ、こんな酷い事になるなんて聞いてないのよ! ブラッド様は言ったもの。“殿下が少し怪我するだけ”だからって。それで皆の前でボロボロの格好をしている可哀想な私が怪我を癒して治せば、私が婚約者として、未来の王妃として皆に認められるって……でも、こんな酷いの……無理、無理よー……力なんて使えないー……」
(ミネルヴァ様は何を言っているの?)
ブラッド様が言った? 皆の前で怪我を治す?
どういう事なの?
ミネルヴァ様のこの様子を陛下を始めとした、集まっている人達も呆然とした顔で見つめている。
彼女が何を言っているのかはよく分からないけれど、“ミネルヴァ様が力はあるのに癒しの力を使えない”という事だけはよく分かった。
「……」
細かい事はよく分からない。分からないけれど、ミネルヴァ様は何かを仕組んでいた。そしてその共犯はそこで倒れているブラッド様。
(ただ、ブラッド様も倒れているという事は彼にとっての予想外の“何か”があったのかもしれない)
そんな事よりも今は!
「ミネルヴァ様……」
私はミネルヴァ様の肩を掴んでいた手にグッと力を込めた。
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