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2. グォンドラ王国の第一王女
しおりを挟む私、リディエンヌ・グォンドラは、グォンドラ王国の第一王女として誕生した。
グォンドラ王国の王家に王女が生まれるのは数十年ぶりの事で、私の誕生は大いに喜ばれた。
“間違いなく聖女になる方だ!”“今代の聖女様!”
と、王族だけでなく国民も大いに盛り上がったという。
だから、私は大切に大切に育てられた。
父親であるこの国の王と母親の王妃、そして、王子の兄。
皆が私を可愛がり慈しんでくれた。
絵に書いた様な幸せな日々だった。
そんな日々に変化が起きたのは、私が2歳の時、妹のマリアーナが生まれた事だった。
“二人目の王女だ!”“これは景気がいい”
聖女候補が二人になった!
長年、聖女が不在だった事を思えば国民が喜ぶ気持ちも分かる。
それに、私も可愛い妹が出来て嬉しかった。
しかし……
マリアーナがヨチヨチ歩きを始めた頃……
『マリアーナ! あぁ……今日も天使だわ、私に似た私の可愛い娘』
『おかあさま!』
『マリアーナ様は本当に可愛らしいわ』
『本当になんて愛らしいのかしら? ────それに比べて、ねぇ……リディエンヌ様は……』
私の目の前で、マリアーナがお母様に抱きしめられていた。
マリアーナとお母様はとてもよく似ていた。
ついでに理由は分からないけれど、マリアーナの侍女達の私を見る目が段々と冷たくなっていったのもこの頃だった。
今ならその理由も分かるけれど、当時の王宮では私、リディエンヌ派とマリアーナ派に真っ二つにわかれていたらしい。
どちらが聖女に選ばれるのか───と。
自分の仕える王女が聖女であって欲しい。
そんな理由だった。
(私は別に聖女になりたいとは思っていないのだけど)
国の為にも“聖女”はいた方がいい事は分かっている。
でも、自分が……と言われてもピンと来ないままだった。
急に今まで受けていたはずの愛情が減るという幼少期を過ごした私は、マリアーナとは違って可愛らしく微笑む事もしなくなり、ひたすら王女としての役目を果たそうと、勉強やマナー教育に力を入れてばかりの、いわゆる可愛げの無い王女へと成長していった。
そうして成長し、あれは、私が儀式を受ける少し前。
私は17歳でマリアーナが15歳の時だった。
『お姉様、お姉様はそんな毎日の過ごし方で楽しいの?』
その日、私の部屋にやって来たマリアーナが可愛らしく小首を傾げながら訊ねてきた。
『? どういう意味?』
『だって、みーんな言ってるわよ? お姉様は可愛くない、愛想がない、つまらないって』
『…………皆って誰?』
私が訊ね返すと、マリアーナはにっこりと笑った。
それは、とてもとても可愛いいつもの見慣れた笑顔だった。
『嫌ね、お姉様ったら。皆は皆よ! お父様もお母様もお兄様も……あとお姉様の婚約者のリード様も!』
『!』
ピクッ
マリアーナの挙げた人物の名を聞いた時、私の身体が跳ねた。
(何故、マリアーナの口から婚約者の名前が出るの?)
リード・デュバル侯爵令息。
彼は半年ほど前に結ばれた私の婚約者となった人。
王位を継ぐのはお兄様がいるので、王女である私は臣下であるどこかの家に降嫁する事は昔から決まっていた。
そして、それが最近ようやく話として纏まり、選ばれたのがデュバル侯爵家だった。
『お姉様?』
『ねぇ、マリアーナ? なぜリード様までそう言っていた、だなんて事をあなたが知っているの?』
婚約者と言っても、王立学院に通っている彼と普段は王宮で過ごす私は滅多に顔を合わせる事は無い。
たまに、彼がお休みの日にご機嫌伺いのように王宮を訪ねて来た時に一緒にお茶を飲むだけ。
『何でって……お姉様がリード様になかなか会おうとしないから、その間に私が彼のお相手をしていたからよ?』
『!?』
言われた意味が分からない。
私が会おうとしなかった?
私の知る限り、彼からの訪問を断った事は無いはずなのに?
(どういう事なの!?)
『素敵な人よね、リード様って。あんな方が婚約者だなんてお姉様が羨ましいわ~』
『……』
『リード様はお優しいのよ? マリアーナ王女は可愛いねっていつも、言ってくれるんだから!』
『……』
『私にも早く素敵な婚約者をお願いって、いつもお父様にお願いしてるんだけど“マリアーナは手放したくないからなぁ”って言われちゃうの、うふふ』
『……』
『あら、お姉様? なんだか顔色が優れないみたい……お勉強は程々にしてもうお休みなさったら?』
『……』
『どうせ、勉強なんてした所で意味なんて無いでしょ? ただ、可愛らしくにっこり笑っていれば皆が何もかもやってくれるんだから。変なお姉様~』
『え……?』
さすがに最後の言葉はどうかと思ってマリアーナの顔を見た。
けれど、マリアーナは不思議そうな顔で首を傾げながら私を見ているだけだった。
───後に思う。
私はこの時に感じた様々な違和感を、そのままにしておくべきでは無かったのかもしれない。
そうしたら、あんな事にはならなかったのかも、と。
それから、数日後。
18歳の誕生日を迎えた私はとうとう“儀式”に臨む日がやって来た。
(神の声……かぁ)
儀式の内容はとても簡単なものだった。
身を清めた王女が、神殿に入り神様を象ったという像の前で祈りを捧げるだけ。
王女が“聖女”であるなら、その際に神の声が聞こえるという。
また、聖女の証として、この国の国花の模様が身体に現れる……らしい。
(ここ数十年、聖女がいなかったせいで、残された文献頼みっていう所がどうなの? って感じよねぇ……)
そんな事を考えながら、私は神殿に入り、王と王妃であるお父様やお母様、お兄様とマリアーナ、そして多くの貴族達や国民達が見守る中、像の前へと跪く。
そして、言われた通りに祈りを捧げた。
────神よ、どうか私の声をお聞き届け下さい。 もし、この声が届いているのなら、どうか私に応えて下さい。
文献によって書かれていたお祈りの後、この言葉を投げかけると聖女であるなら神の声が応えてくれて、それから神の声が聞こえるようになるという。
「……」
だけど。
とても……とても静かだった。
私の頭の中も、神殿の中も。
(……何も聞こえないわ)
「……」
……つまり、私は“聖女”ではなかった……という事ね?
私はすぐにそう理解した。
「……」
私はそのまま無言で立ち上がる。
「……リディエンヌ殿下……神は何と? 殿下の声に応えてくれましたか?」
儀式の責任者である神官様がおそるおそる訊ねて来た。
私は静かに首を横に振り、はっきりとした声で答える。
「───いいえ、何も聞こえませんでした」
私がそう答えた瞬間、神殿内は大きなざわめきに包まれた。
お父様とお母様、お兄様の驚いた表情が視界に入る。
マリアーナは口元を手を押えながら、下を向いていて身体を震わせていた。
「本当ですか? リディエンヌ殿下……?」
神官様が確認の為に、もう一度訪ねてくる。
だけど、何度訊ねられても私の答えは変わらない。
「はい。言われた通りに祈りの言葉と問いかけをしましたが……何も聞こえませんでした」
「何と!!」
「……」
────そしてこの瞬間、私の人生は一変した。
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