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21. 偽聖女の誤算
しおりを挟む────その頃。
ファサス公爵家に突撃し、ゴミ以下扱いされた来客者達……マリアーナとリードは……
滞在中の屋敷に戻る馬車の中で、私は肩を震わせていた。
「……何あれ……怖かった……すごく怖かった」
「……」
私の向かいに座るリード様は黙ったまま答えない。
「どうしてあんなに……」
「どうしても何も、殿下。だから事前連絡無しで訪問するのは止めましょうと忠告したではありませんか」
「……それはそうだけれど! だけど……何であそこまで……それにリード様! あなたも最低よ!」
私はさっきまでの事を思い出してリード様を睨む。
「……どうして僕が最低なんです? 殿下が無理を言ってあの屋敷に行きたいと言うから仕方なく着いて行っただけなのに……むしろ、とばっちりを受けたのは僕の方ですよ!?」
「あなたの態度が悪くて怒っていたのかもしれないでしょう!?」
「……殿下にはそう見えたのですか?」
「うっ……」
領主の娘達の話を聞いて“氷の貴公子様”に会いに行く事にしたまではいい。
立派なお屋敷なのですぐに場所も分かった。
リード様には止められたけれど、グォンドラ王国では王女の私が突然、訪ねても嫌な顔をする人なんていなかったから大丈夫! と、押し切ってせめて顔くらい見れたなら……と軽い気持ちで訪問した。
…………結果。
顔は見れた! 顔は見れたわ。すごく美形だったわ。
正直言って、リード様なんて目じゃないくらい格好良かった。
最初に現れた時のあの冷たい目線ですら格好良さに拍車をかけていたと思ったのに……!
『申し訳ございませんが、約束の無い訪問はお断りしております』
『そんな事は言わないでください! 私は』
『いいえ、どのような身分の方であれ、事前連絡無しで訪ねて来た人をお通しする訳には参りません』
何度繰り返したか分からないこの攻防。
───私は、グォンドラ王国の王女で聖女なのよ!? どうして私の言う事が聞けないの!
と、危うく怒鳴り出しそうになっていたわ。
『……やはり、失礼ですよ。今日は帰りましょう? でん……マリアーナ様』
『嫌よ! せっかくこの私がわざわざここまで……』
『粘られても困ります! お引き取りください!』
この、やり取りも何回目よ! いい加減、折れなさいよ!
なんて、目の前の執事を心の中で盛大に罵倒したその時、とっても素敵な声がした。
『───さっきから、何の騒ぎだ?』
その言葉と共に、とても美形な男性が現れた。声もセクシーでドキッとしたわ。
そして、私には一目で分かったの!
この男性こそ、ファサス公爵家のダグラス! 氷の貴公子!
『……申し訳ございません。事前連絡無しの訪問者がいらっしゃいまして』
『そういうのは全て断れと言っているはずだ』
『はい。ですが、なかなか聞き入れて貰えず』
氷の貴公子は、そこまで聞くと、はぁ……と盛大なため息を吐きながら私を見た。
ちょっとだけ、印象の良くない始まりとなってしまったけれど、顔を合わせさえすればこっちのもの!
だって、私に会って“可愛い”と思わなかった人はこれまで誰一人としていないもの!
そう思った私は、最高の笑顔を浮かべた。
『───不躾な訪問を心からお詫び申し上げますわ。私は今、この地に滞在さ』
『帰れ』
『か……!?』
氷の貴公子は私の言葉を最後まで聞く事なく遮ったあげくに帰れ、と言った。
こんな扱いをされた事は今まで一度も無かったので私は驚いた。
『どこの誰であろうと屋敷にあげるつもりも、ゆっくり話をする気も無い。帰れ』
『……なっ!』
氷の貴公子はまともに私の顔を見ようともせずにそう言い放つ。
さすがにリード様もその言い方は気に入らなかったらしく、反論してくれた。
『申し訳ございません、先に礼を欠いたのはこちらではありますが、そのような言い方はあまりにもこの方に失礼です! この方は……』
『どこの誰でも関係ないと言ったはずだ、帰れ』
『ぐっ……』
そう言って私達を睨みつけて来たその目は氷なんて生易しいものではなく、むしろ憎悪があるようにも感じたけれど、この不躾な訪問以外でそんな目をされる理由が分からない。
(連絡無しの訪問でそこまで怒るとか意味が分からないわ!)
それからも、何とか食い付いてみたものの全くダメだった。
あまりにも悔しかったので私は自分がどこの誰なのかを思い知らせる事にした。
隣国とは言え、私は王女だもの! さすがにひれ伏すでしょう?
『……この街の領主から話を聞いているでしょう!? 私はグォンドラ王国の王女で聖女でもあるマリアーナですわ! 訳あって今、この街に滞在してい……』
『────言いたい事はそれだけか?』
(…………ひっ!?)
隣国の王女で、聖女だと明かせばさすがに態度も改まると思ったのに何故か冷気が増した。
いえ、冷気だけじゃない。これ……殺気?
その殺気ともとれる冷気にあてられて私の身体が震える。
横目でリード様を見ると、彼も真っ青な顔でガタガタ震えていた。
(なんて情けない人なの! ここは私を庇う所でしょう!?)
『……』
こうしている間にも、氷の貴公子からの冷気(プラス殺気)はどんどん強くなっていく。
何これ……どうして私の最高の笑顔も、王女や聖女という絶対的な地位も効かないの?
氷の貴公子が私にだけ微笑む……あの想像は何だったの?
『殿下……き、今日はもう帰りましょう……』
『……』
リード様が帰ろうと促してくるけれど、私は足が竦んで動けない。
『殿下! 早く行きましょう! 僕はこんな所でこんな形で死にたくなんかないです!』
『……』
私が動けない状態だと言うのに、リード様は私の事より自分の事が優先らしい。
婚約者なら、こういう時さっと抱き抱えるのが普通でしょう?
そんな事も出来ないの?
私の中にリード様への失望感が広がっていく。
『───次にその醜い顔を見せた時は追い出すだけではすまない。覚えておけ』
そんな私に氷の貴公子は、追い打ちをかけるようにそんな言葉を言った。
私の事を見ようともしない……
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『マリアーナ殿下! ほら、もう帰りましょう! もうここには近付かない方がいいです』
『リード様ぁ……でも私、足が動かないの……』
私は瞳を潤ませてリード様を見上げて、手を伸ばした。
『そこは気力を振り絞ってどうにかしてください。僕にはどうする事も出来ません』
『……え!』
リード様に向けて伸ばした手は取られる事もなく行き場を失う。
結局、私はリード様に引き摺られるようにして馬車まで連れて行かれた。
───王女なのに!
氷の貴公子は最後まで、辺りを全てを凍らせてしまいそうな冷気と殺気を放ちながら、無言で私とリード様が帰っていくのを見ていた。
「お姉様……」
「え?」
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「あ、あぁ……」
「お姉様にさえ会えれば……」
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リード様が宥めようと手を伸ばしたけれど、私は思いっきりそれを払い除ける。
「うるさいわよ! この役立たず男!」
「なっ……! マリアーナ殿下……?」
私はどんどん苛立ちを募らせてリード様に当たる日々が続いていた。
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