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10. 嘘つき
しおりを挟むどうしてこんな時にこの方が……と思わずにはいられません。
けれど、そこで私はハッと気付きました。
(昨日はフィルムレド語で挨拶してずっとそのまま会話していたから気付かなかったけれど……)
先程までお茶をしていたアリーリャ王女もそうでしたが、こちらのアンディ王子も、発音が難しいと言われる我が国のルゥエルン語をさほど問題なく喋れていますわ。
二人とも語学に興味があったから?
それとも……必死に勉強する必要があった…………から?
王族としての教育……と言えばその通りかもしれません。
(でも、なんだかそれだけではない気がしますわ)
私の中にまさか、まさか……という思いが生まれます。
ドクンドクンドクンと私の心臓が嫌な音を立てていると、近づいて来たアンディ王子に向かってお父様が口を開きました。
「これはこれは、フィルムレド国のアンディ殿下! ちょうどいいタイミングですな!」
「ああ、公爵殿! こんにちは」
お父様とアンディ王子は挨拶をかわすと何やら親しげに話し始めます。
ちょうどいいタイミング? どういう意味?
どうして二人がそんなに親しそうなんですの?
いつからの知り合い?
その答えは───……
考えるまでもなく思い当たる理由は一つしかありません。
(……お父様が私がイライアス殿下との婚約を破棄しても痛くない理由はこれ、ですのね?)
私の“新しい縁談相手”がこのアンディ王子だから───……
どこでそのような話になったのかは分かりませんが、私を彼に差し出してお父様は、フィルムレド国で新たな地位を手に入れようとしている……
そのことは理解しましたわ。
(なんて……なんて身勝手なんですの!?)
私の身体が怒りで震えます。
「……リリーベル嬢? どうかしましたか?」
「……」
アンディ王子が震える私に声をかけて来ました。
私はどうにか気力を振り絞って頭を下げます。
「いえ……何でもありませんわ。こんにちはアンディ殿下」
「こんにちは。ああ、リリーベル嬢……今日のあなたもとても美しいですね」
「あ……ありがとうございます」
そう言われても私の心は全く動きません。
(───これがイライアス殿下からの言葉だったなら……胸がドキドキする気が……しますのに)
何故かそんなことを思ってしまいながら私は下げていた頭を上げます。
「おや? リリーベル嬢。瞳の色が……」
「え?」
アンディ王子のその言葉でお父様の心を覗くのに力の制御を解除していたままだったことを思い出しました。
(…………あ! しまった!)
「へぇ、珍しい。確か昨日は青い色だったのに……金色にもなるんですね? 綺麗です」
(……嘘)
─────これが、公爵の言っていたリリーベル嬢の“瞳の色が変わる”とかいう現象?
なんだっけ? 真実だか本物だかの瞳とか呼ばれていると言っていたけれど……
魔術、難しくてよく分からないし。
「美しい人はどんな色の瞳になっても美しさは変わらないものなんですね」
(……これも嘘)
─────うーん、確かにちょっと気味が悪く思えるなぁ……
リリーベル嬢、顔は本当に美しくてまるで女神のようで好みなんだけどなぁ。
「どちらの色も清らかなあなたにピッタリだと思います」
(──嘘)
─────確か、噂で性格も良くないって聞いた。
自分の容姿が良いことをひけらかしてお高く止まっている……とか、とにかく兄が大好きで近付いた女性は子供でも容赦なく捻り潰すとか……過激そうなんだよなー
だから、イライアス殿下とも不仲なんだと聞いたのに。
「リリーベル嬢? 先程から黙ってしまって静かですが、どうかしましたか?」
─────もしや、私に見惚れている?
これは案外、お高く止まっているだけで中身は初心なのだろうか?
それは面白い!
「ああ、もしかして照れているのですか? そんな所も可愛らしい」
(───嘘)
─────次はないとか言っていたイライアス殿下は、今頃アリーリャが誘惑しているはずだから、こちらに来ることはないだろう。
だが、あの忠告……あれはなんだったんだ?
「実は、私はあなたとお近付きになりたいと思っていて……」
(──これは本当……なのね?)
─────ま、アリーリャに迫られて落ちない男はいないしなぁ。
向こうも向こうで今頃楽しんでいるだろうし、リリーベル嬢とはどうせこれから婚約するのだからちょっとくらいこっちも味見を……
「リリーベル嬢……」
「!」
吐き出されるたくさんの嘘と、視えてしまった王子の本性の想像以上の酷さに驚いて固まっていたら、アンディ王子が私に触れようと手を伸ばしました。
「……あの、困りますわ」
私はやんわりと避けようとしますが、アンディ王子はそれでも引こうとはしません。
そして、アンディ王子に腕を掴まれそうになります。
「リリーベル嬢、そちらのお父上から話を聞いていないのですか? あなたは私──」
「ひっ!」
昨日以上のゾワッとした嫌悪感が私を襲ったその瞬間……
「───リリー!!」
聞き覚えのある声が、私の目の前に突然現れて降り立ちました。
そしてアンディ王子と私との間に入り、アンディ王子から私を庇います。
「……で、殿下!?」
「間に合った……? リリー大丈夫か? どこか触れられたりはしていないか?」
突然この場に現れたイライアス殿下は早口で一気に訊ねてきます。
状況理解の追いつかない私はとにかくコクコク頷くことしか出来ません。
「良かった……」
(────本当)
殿下は安心したように微笑むと、すぐに険しい顔付きになってアンディ王子と向き合いました。
そして二人は睨み合いを始めますが……
正直、今の私の頭の中はそれどころではありません。
「……」
(…………え? え? ええええ?)
こ、こ、こ、これはどういうことですの!?
シュッ……シュッて殿下が突然私の目の前に現れましたわよ!?
どう考えても今のイライアス殿下の現れ方は……く、空間移動魔法……?
(ですが、私の知っている限り……イライアス殿下にそんな大きな力は無かったはずですわ……)
そもそも、そんな魔術を使えるほどの大きな力を持っているのは、マルヴィナお義姉様とお兄様くらいなもので───
そしてこんなことするのは……お兄様! お兄様しかいませんわ!
「……あ」
よく見ると、昨日ピッカピカに磨かれた私の左手が光っていました。
お兄様……浄化の魔法と共にこっそり違う魔法も混ぜましたのねーーーー!?
「……リリー」
「で、殿下?」
殿下は私に背中を向けたまま声をかけて来ます。
「───僕がトラヴィスに頼んだんだ」
「た、頼んだ……?」
「リリーに邪な気持ちを抱いて触れようとする奴がいたら、瞬時にリリーの元へ空間移動出来る魔術を、ね」
「なっ!」
さすがにその発動条件は、嘘ですわよね?
そう聞きたかったのですが、殿下は私に背を向けているため、その言葉が嘘か本当か、もちろん考えている思考も全く分かりません。
(イライアス殿下、どうして?)
アンディ王子は、アリーリャ王女が今、あなたを誘惑している最中だと言っていたわ。
まさか、その最中に……ここに?
「───イライアス殿下! ……な、なぜここに!」
当然ですが、お父様もイライアス殿下の突然の登場に驚いていました。
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