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11. 殿下の怒り
しおりを挟むイライアス殿下はお父様の方を見ると冷たく言い放ちました。
「ああ、これはこれはどうも。随分と勝手なことをしてくれましたね? クゥオーク公爵」
「……ぐっ」
殿下のこの言い方は、もうすでに“婚約破棄”の件をお父様から聞いているのかもしれないと思いました。
(知っていて……それでもこうして私の元に来てくれた……? アリーリャ王女の誘惑を振り切って?)
私の胸がトクン……と高鳴った。
そう思った時、今度はアンディ王子が声を荒げます。
「イライアス殿下、な、なぜですか……!」
「なぜ? って僕の婚約者に触れようとする不届き者がまた現れたからに決まっていますが? 何か問題でも?」
イライアス殿下は苛立っているのか声が冷たいままです。
他国の王子……しかも来賓でもあるこの方にこんな態度は大丈夫なのかしら、と冷や冷やしてしまいます。
「……ふ、不届き者って! ……いや、それに今、一瞬でここに、いや、それよりアリーリャは……」
「───ああ、何故かトラヴィスのところで魔術について話を聞く予定になっていたはずなのにうっかり僕の元に現れた王女のことかな?」
(……! そうですわ、王女は確か……私とのお茶会の後はお兄様から魔術の話を聞くと言っていましたわ……)
そうしてお茶会はお開きになったはずでしたのに。
あれは嘘でした? それとも行動を変えた?
しかも、うっかりって言いませんでした?
「……一国の王女とは思えない、随分とあられもない姿で現れたから本当に驚いたよ」
「え!」
殿下の口にした“あられもない姿”という言葉に思わず反応してしまいました。
誘惑……というのはその名の通り、本当に体を張ってのことでしたの!?
「……リリー」
名前を呼ばれて顔を上げると、背中を向けていたイライアス殿下がこちらを振り返っていました。
「殿下……?」
「リリー」
私たちの目が合います。
「僕は彼女に指一本触れていない。まあ、魔術で磔の刑にはしているけどね」
「は、磔の刑!?」
「ああ、僕の部屋でその姿のまま磔になっている。今頃、皆の晒し者になっている所かな?」
「……!」
驚く私に殿下がフッと微笑みを浮かべます。
「───僕の言葉が“嘘”じゃないと今のリリーになら分かるだろう?」
そう言って殿下は真っ直ぐ私の目を見つめました。
“真実の瞳”を使わなくても分かります。その瞳には疚しさなど欠片も感じませんでした。
ですから、もちろん……
(───本当)
「……」
アリーリャ王女がいったいどんな姿で誘惑を試みたのかは分かりませんが、殿下が誘惑されなかったことに私の心がホッとしています。
「でも、これが誘惑に来たのがリリーだったら──うん、そうだなぁ。我慢なんか出来そうにないから即座にベッドに連れ込んで──それから……リリーのそんな姿は他の人に見られたら大変だから───誰にも邪魔されないように僕の部屋には厳重な結界を張っていたかな」
「……え!」
イライアス殿下はニコッと笑顔のままとんでもない言葉を口走ります。
(───本当)
ボンッと一瞬で私の顔が真っ赤になります。
「こ、この私をベベベッドに……つ、つつ連れ込んでいったい何をなさるおつもりなの!」
「何って……」
そこで何故か黙ってしまうイライアス殿下。
私はますます焦ってしまいます。
「な、何か言ってくださいませ!!」
「当然、鈍いリリーに色々自覚させる…………って、それよりもリリーの反応が思っていた以上に可愛いんだけど?」
「か、可愛っ……!?」
(───本当!?)
どういうことですの!
ま、まるで、この私が……く、く、口説かれている……みたい、ですわ……
「リリー…………まぁ、そういうことは後でたくさんするとして……今はそこの嘘つき王子と残念ながら生物学的には君の父親となる男をどうにかしないとね」
「!」
そう言ってクスリと笑った殿下は、優しい手付きで私の頭をポンポンと叩くと、再び私に背を向けて二人と対峙します。
そこで私は、殿下が背を向けているのは私を庇うだけでなく、“真実の瞳”の力を無闇に発動させない為だと分かりました。
なぜなら、私が力を使い過ぎると倒れてしまうから……
ですが、この体勢ならそれぞれの声は聞こえるけど目が合わないので力は発動しません。
(……イライアス殿下)
私はその背中を見つめながら、ドキドキしすぎて今にも大爆発しそうな胸をギュッと押さえました。
そして思います。
(ですけれど、殿下が私を口説くなんて……絶対におかしいですわ。アリーリャ王女のことをあんな目で見つめていたじゃない……!)
あの視線や意味深な言葉はなんでしたの……
聞きたいけれど今はそれどころではなさそうです。
「───さて……と。どっちからどう潰されたいのかな? もし、リクエストがあるなら聞いてあげようか」
殿下がそう口にすると、顔を青くしたアンディ王子とお父様はお互いを指さします。
その姿を見た殿下はクッと笑い声をあげました。
「ははは、面白いくらいお互い保身のことしか考えていないようだな」
お父様とアンディ王子は気まずそうに目を逸らします。
「押し付けた所で無駄だよ? どっちも結局、潰されることには変わらないからね」
その言葉に続けて殿下は今までで一番低くて冷たい声で言いました。
私から顔は見えませんが、かなり冷たい顔をしているのだと容易に想像出来ます。
「───なぜなら、僕はそれぞれに言ったはずだ…………“次はない”と」
「ひぃ!?」
「くっ……」
(……アンディ王子へのその言葉は昨日聞きましたが、お父様も……?)
それはいったいいつの話かしら? と不思議に思いました。
「だ、だが! イ、イライアス殿下……! アリーリャにも私にもそんなことをしたら……こ、国際問題になりますよ? ゆ、友好な交流が……」
アンディ王子が必死に命乞いするように“国際問題”という言葉を持ち出します。
その言葉を聞いたイライアス殿下は鼻で笑いました。
「何を今さら……あなた方の今回の訪問は最初から友好関係を築くことが目的ではなかっただろう? 欲しいものがあってやって来た」
「そ、れは……!」
「───フィルムレド国が欲しかったのは、ルゥエルンの未来の王妃の座。リリー……リリーベルを蹴落としてアリーリャ王女を代わりに僕の婚約者にすること、だ」
イライアス殿下ははっきりとそう告げました。
「さてさて、どこから仕組まれていたのかな? まぁ、やっぱり始まりは“僕とリリーの不仲説”が流れたところかな?」
「……」
アンディ王子は答えません。
「君たちはかなり用意周到に事前に今回の準備をしていたようだから───」
(事前……に?)
その時でした。
「殿下、お待たせしました。仕方ないので剥がして持ってきましたよ」
「──ん? ああ、ありがとう。トラヴィス」
突然、私たちの目の前にお兄様が現れました。
「なんで、あんなガッチガチにして壁に磔にしていたんですか?」
「そんなの不快だったからに決まっているだろう? あの格好だぞ?」
「そうですね……すでに部屋の中では晒し者になって笑われて半泣きになっていましたよ? では、どうぞ」
殿下とお兄様はそんな呑気な会話をしていて、最後にお兄様がパチンッと指を鳴らすと“何か”をこの場にゴロンッと転がしました。
「きゃあぁあ!?」
それは、とても聞き覚えのある声……そう思って隙間から覗き込むと───
(あ、やっぱり……)
そこには、下着姿で転がされたアリーリャ王女がいました。
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