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9. あまりにも身勝手な話
しおりを挟む(つ、疲れましたわ……)
アリーリャ王女とのお茶会を終えた私は、帰り支度をすませ馬車までの廊下を歩いています。
王女はこれからお兄様による魔術の話を聞くそうなので、私は一足先に帰ることになりました。
が!
今の私はまるで、高度な魔法を使った後かのようにゲッソリしておりました。
(半分くらい私の生命力を持っていかれた気がします……)
「───ですが、あれくらい社交的な方が友人も多く皆に慕われて人気者になれるのでしょうね。アリーリャ殿下の方が……」
そんな気弱な発言がついつい口から出そうになりました。
そして、まるで追い打ちをかけるかのように同時に両親に散々言われ続けてきた言葉まで頭に浮かんで来てしまいます。
───気味が悪い目を持ったお前は殿下に愛されることはきっとないだろう。
だが、何がなんでも正妃の座だけは譲るな! 殿下に側妃や愛人が出来ても文句を言うようなつまらん女だけには決してなるな!
お父様は口を酸っぱくしてそう言い続けていましたわ。
「……どの口が」
浮気三昧だったお父様の言うことは今、思い出しても反吐が出そうになります。
「───くよくよするのは性にあいませんわ!」
私はその嫌な気分を断ち切ろうと両手で自分の頬を叩いて喝を入れました。
───そうですわ! 私は私らしく──……
その時でした。
「リリーベル!」
「っ!」
その声に思わず悲鳴が出そうになります。
この嫌な声は今まさに頭の中で思い出してしまったあの人───父親の声でした。
私は額に手をやりため息を吐きます。
(これだから、あまり王宮には来ないようにしておりましたのに───あっ!)
その時、私が今回アリーリャ王女の相手をする件で、イライアス殿下がすまない……と言っていたのはこういう事態もあると予測していたからだと今更ながら分かりました。
(……今、ここには殿下もお兄様もいません……)
つまり、私は一人で戦うしかありません。
私は深呼吸を二、三回して心を落ち着かせてから振り返りました。
「───どうされました? なんの御用でしょうか? お父様」
「……」
お父様はすぐに答えずにじろりと私を睨みます。
「───相変わらず、可愛くもない胡散臭い笑顔をヘラヘラと浮かべおって……」
「そうですわね。だって、私はお父様の娘ですから、よく似ているのでしょうね?」
「……なっ!?」
私が胡散臭いと言われるにっこり笑顔でそう口にしたので、お父様は一瞬で怒りに火がつき真っ赤になりました。
「気味が悪いだけじゃない……! 本当に性格も可愛くないな!」
「ありがとうございます。どうやら、こちらもお父様に似たようですわ」
「なっ! 調子にのるなリリーベル。お前なんか──」
お父様は怒りに任せて手を上げようとしますが、ハッとして思いとどまったようです。
その様子を私は冷ややかな目で見つめます。
(こういう時、イライアス殿下の婚約者で良かったと思ってしまいますわ)
いくら実の娘であっても、この国の王子の婚約者を叩いたとなれば、お父様の方が必ず責められますものね。
確実に自分の地位の安泰にして贅沢したいお父様からすれば私と殿下の結婚は絶対に譲れません。
皮肉にもその野心が私の身体を守ってくれています。
「……用がないなら、もうよろしいでしょうか?」
私がそう言って立ち去ろうとすると、お父様は我に返ったように私を引き止めました。
「ま、待て! ちょうど良かった。実はこの後お前の元を訪ねる予定だったのだ」
「は?」
(私の元に訪ねる予定……だった?)
家を出てお兄様の元にお世話にってかれこれ六年になりますが、こんなことは一度だってありませんでした。
これはもう、ただただ不気味としか言いようがありません。
「トラヴィスがいると何かと騒いで文句をつけて妨害して来そうだからな。一人ならちょうど良かった。まず、お前に先に言っておこう」
「……?」
怪訝な目を向ける私に向かってお父様は言います。
ちなみにずっとお父様は私から目を逸らし続けていて目が合うことは一度もありません。
本当に分かりやすいです。
「お前とイライアス殿下の婚約は破棄することにした」
(───え?)
あまりの突然の言い渡しとその内容に愕然とした私は言葉を失います。
「ああ、安心しろ。その代わりにもっといい嫁ぎ先の話が来ている」
「……」
自国の王子に嫁ぐ以上にいい話?
この人の言っていることが理解出来ません。
そもそも、これは王家との話で結ばれている婚約ですのに。
イライアス殿下や王家からの申し出ではなく、まさか誰よりも必死に婚約に縋り付いていたお父様からそんなことを言い出すなんて!
(───これは絶対何か裏がありますわ!)
そう思った私は下を向いて“力”の制御を解きます。
お父様は私を警戒しているので、ほんの少しの隙を狙うしかありません。
私は俯いたまま機会をうかがいます。
「リリーベル、驚くとは思うが黙って受け入れるんだ、いいな?」
「……」
「相手は、気味の悪いお前のことも気に入っているそうだぞ、よかったな!」
「……」
「どうせ、イライアス殿下とはあの噂の通り上手くいっていなかったのだろう? それなら、ちょうど良かったではないか!」
「……」
「慰謝料のことなら心配はいらん!」
「……」
私が黙っているのをいいことにお父様は次から次へと好き勝手なことを言い続けます。
これ以上は聞くに耐えないので私は顔を上げ笑顔を浮かべます。
「───お父様、そのとっても素敵なお話はいったいどこのどなたから?」
「ん? お? なんだお前も乗り気なんじゃないか! それは──」
油断した────今よ!
私はお父様の目を見ました。私たちの目が合います。
ここで使う真実の瞳の力は“嘘を見抜く”ではなく、“心の奥底を覗く”特殊な力の方です。
─────金金金金金金金金金金金金金金金!
─────地位地位地位地位地位地位地位地位!
(よ、欲望の塊ですわーーーー!!)
思っていた以上に酷かったので私はドン引きしました。
─────しかし……まさか、こんないい話が降ってくるとはな。
(つまり、お父様にとってのいい話、ということですわよね?)
─────この国はどうも私のことを軽んじていたからな!
私より身分の低い輩どもはどんどん出世して重鎮となっているのに! なぜ私は選ばれんのだ!
見る目のない王族ども……特にイライアス殿下め!
(そういえば、聞いたことがありますわ。お父様は身分のわりにいい地位を与えられていない、と)
─────だが、リリーベルを差し出せば、代わりに金と地位が手に入る。
ついでに若い女も何人か紹介してくれると言っていたな……
クゥオーク公爵家はトラヴィスに任せてしまえばいいだろう。
私はもっと素晴らしい新たな地位を手に入れられるのだからな!
リリーベルも嫁げて幸せになれるし、トラヴィスも公爵になれるし、私も金と新たな地位と好きに出来る女も手に入り幸せ……最高だ!
(幸せになれる? それは私ではなくて“あなた”がでしょう?)
そして、何だか胡散臭い話に思えてならないですわ。
お父様はいったいどこのどなたとこんな下衆い話を? そして、その目的は───
そう思った時でした。
またしても、後ろから声が聞こえます。
「───おや? その美しい銀の髪とその美しい佇まいは、もしやリリーベル嬢……でしょうか?」
この声は……と思い、そっと振り返ると、先程まで私が相手をしていた王女とそっくりの顔……アンディ王子が笑顔で近付いて来る所でした。
応援ありがとうございます!
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