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63. 手遅れ
しおりを挟む(殴るのではなかったのーー!?)
「───ウェンディ!!」
まさかの頭突きに唖然としていると、隣にいたエリオットが弾んだ声で私の名を呼んだ。
「エリオット……?」
「見たか! 今のナターシャの頭突き!」
「え、ええ……」
ナターシャの頭突きをくらったジョシュア・ギルモア。
こんな不意打ちの攻撃をくらっても出てくる言葉は痛いでもなく“あうあ”
それでも、さすがに少しは驚いたのか、手に持っていた雑巾やタオルが床に落ちていた。
「ナターシャはいったい何処であんな技術を学んだんだ!」
「はい?」
興奮した様子のエリオットが眼鏡の真ん中を指でクイクイクイクイクイッと忙しなく動かしている。
(どうしちゃった!?)
「ウェンディ! ジョシュア・ギルモアにあうあ~と話しかけられた後のナターシャが発した“あっぷぁあああ!!”はおそらく、ジョシュアアア!! と叫んだのだろう?」
「そ……そう、ね? 多分」
私にはエリオットが何に興奮しているのか分からず戸惑いながらも頷く。
「そこで、すかさず自分の頭を突き出してターゲットにぶつけるとは……こんな不意打ち攻撃をナターシャはどこで学んだんだ」
「…………えっと、教えた覚えはないけど?」
「つまり、本能か!」
クワッとエリオットが目を大きく見開く。
そして思いっきり顔を綻ばせた。
「ナターシャの何が凄いって───あの瞬間なら別に手でこうしても良かったはずなんだ」
エリオットは手をグーにすると空中で殴る動作のフリをする。
「そ、そう、ね?」
確かにナターシャは、ジョシュアを殴ってやりますわって豪語していた。
でも、殴るのではなく頭突きだった。
「あの瞬間のナターシャは咄嗟に、よりダメージを与えられるのは殴るより頭だ! と判断したんだ!」
「えーー……?」
「まだまだあんなに小さいのに賢い子だ。立派な騎士になれる素質があるぞ!」
「エリオット……」
(なるほど……エリオットは自分がもともと騎士だったからこんなに興奮しているのね?)
ようやくエリオットのおかしな様子の意味が理解出来た。
そんなエリオットがふむ……と考え込む。
「ナターシャは女性騎士に興味はあるだろうか……これはぜひ、一から育ててみたいな」
「エリオット……」
エリオットが眼鏡の奥で目をキラキラさせながらそう呟いた。
女性騎士……
どんどん、お淑やかで深窓のご令嬢からかけ離れていくナターシャ。
……全ては、あの微笑みの悪魔───
(ジョシュア・ギルモアと出会ってしまったから!)
そんな不意打ちのナターシャからの一撃をくらったジョシュア・ギルモア。
さすがに、無敵なあの子もで痛がるはず。
“あうあ”は“あうあ”でも、顔をしかめた“苦痛のあうあ”くらいの様子は見れ───
「あうあ~~!」
ニパッ!
なんと、ジョシュア・ギルモアはいつもと変わらない満面の笑みを見せた。
「なっ!」
(まさかの、えがーーお!?)
顔をしかめた苦痛のあうあは!?
なぜ、ここで幸せそうなあうあなの!?
「あ…………あぶぁあぁああ!!!?!?!?」
これにはナターシャも悲鳴をあげて呆然とする。
頭突きをくらっておいて、ヘラッ……もとい、ケロッとした様子には、さすがに驚いたエドゥアルトも思わず訊ねる。
「……べ、ベビーちゃんの頭つよつよでした~~? えっと、ジョシュア? 君は今のナターシャの頭突きは痛くなかった、のか? なかなかいい音がした……ぞ?」
「あうあ!」
ニパッ!
「はい! とてもとてもボク好みの気持ちいい攻撃だったです? そ、そうか……気持ち、良かった……か」
「あうあ!」
ニパッ!
「こーいうのはご褒美ですから? ご褒美……はっはっは! さすがジョシュア。やはり、ジョエルの子は違うな!」
「あうあ~」
「そのとーりです~? ボクはおとーさまから何が起きても動じない強い強い心を受け継いだです?」
「あうあ~」
ニパッ!
「強い強い心……ジョシュア、君は父親のことをそんな風に思っているのか?」
「あうあ~~」
「かっこいい自慢のおとーさまです~~────くっ、ジョシュア!!」
「あうあ!」
親友のことを褒められて感激しっぱなしのエドゥアルト。
空いてる片方の手でジョシュアの頭をヨシヨシと撫でくりまわす。
「あうあ~」
「あばばばば……!?」
頭突きを痛がるどころかご褒美だと言ってのけたジョシュアと、感激して涙ぐみながらヨシヨシする父親を見てナターシャは再び大混乱を起こしていた。
(何が起きてるの……)
「……ウェンディ!」
「ひっ!? こ、今度はなに!?」
突然、エリオットがガシッと私の両肩を掴む。
「侯爵夫人譲りの豪胆さと父親から受け継いだという強靭な心───ジョシュア・ギルモアも鍛えて育ててみたい!」
「はあ!?」
エリオットがさらに突拍子もないことを言い出した。
でも、私には分かる。
冗談なんかじゃない。この真剣な目は“本気”だ───……
「あの底なしの体力、すばしっこさ……身体能力も問題なさそうだ。ナターシャと共に鍛練する気はないだろうか」
「エ、エリオット……」
「よし! この件は後で侯爵夫人にでも打診してみるとしよう。今、この様子を見ているから話は早く済む」
「……」
「ナターシャの方は明日、邸に戻ったらさっそく鍛練を開始するとして……」
目を輝かせて張り切り出したエリオットにさすがの私の頭の中も混乱してきた。
「エリオット? ……ほ、本気?」
「もちろんだ! それにナターシャは“ジョシュア・ギルモアを倒すための力がつく”と言えば絶対に首を縦に振る!」
「!」
────ジョシュアはすでに鍛えているなどとほざいてましたわよね……? それなら、わたくしも鍛えるまで! 首を洗って待ってなさい、ボッコボコにしてやりますわぁ!
なんて物騒なことを言いながらキラキラ目を輝かせるナターシャの姿が脳裏に浮かぶ。
(いや、しかしジョシュア・ギルモアまで鍛えたら意味が無いんじゃ……?)
私はチラッとナターシャに視線を向ける。
「あうあ~」
ちょうど混乱中のナターシャに向かって無邪気にジョシュア・ギルモアが笑いかけた。
「あっぷぁあ!!」
「あうあ!」
「……あっぷぁあ!!」
(ナターシャが怒り出した!)
レティーシャさんによく似た強い強い目でナターシャがキッと睨みつける。
しかし、睨まれたジョシュア・ギルモアはうっとり幸せそうに笑った。
「あうあ~~」
「なに? ベビーちゃんはおねーさんに似てるです? おねーさんとはレティーシャのことか?」
「あうあ!」
「ベビーちゃんのお目目は強くて美しいおねーさんみたいでゾクゾクするです? ……はっはっは! ジョシュアは強くて綺麗な女性が好きだからな」
「あうあ~」
(こ、これは……)
その発言を聞いて私は思った。
……この先、ナターシャが“打倒・ジョシュア”を目指せば目指すほどジョシュア好みの子になっていくだけ……!!
(つまり───もう、手遅れ!)
「あうあ、あうあ、あうあ~~」
「ん? ベビーちゃんはおねーさんに似ていて強くて綺麗だけど───さらに可愛いです?」
「うあ……あっぷぁあぁぁ!?」
ジョシュア・ギルモアが笑顔でそう言った。
その言葉にナターシャが明らかに動揺。
エドゥアルトの腕の中でジタバタし始める。
「当然だ! ナターシャは可愛い可愛い我が家のお姫様だからな!」
「あうあ! あうあ~」
「はい! とっても可愛いおひめさまです~? はっはっは! そうさ、可愛いだろう! いいぞ、ジョシュアは見る目があるな!」
「あ、う、あばばばば……」
ナターシャの顔がどんどん真っ赤になっていく。
「っっ! あっぷぁあ……」
照れたナターシャが(おそらく)ジョシュア……としおらしい声を出したその瞬間、ジョシュア・ギルモアはニパッと笑って付け加えた。
「────あうあ!」
「なに? 小さいから?」
「あうあ!」
(───ん?)
ニパッ!
エドゥアルトもうん? と首を傾げる。
「待て。ベビーちゃんは“小さくて”可愛いです、だと?」
「あうあ!」
「んんん? ───ボクも今は小さいからこうしてとびっきり可愛いのです?」
「……んあっ?」
照れ照れしていたナターシャの顔がカチンッと固まった。
そしてプルプル身体を震わせる。
(ナターシャ……?)
「あうあ!」
「んんん? 小さければ皆、可愛いのです……だと?」
「あうあ~~」
「…………あっぷぁあああ!!」
ナターシャがどす黒いオーラを纏って力いっぱい叫んだ。
(あ!)
「あっぶ、あぶぁあぁあぁぁ!!」
───こっの、女の敵ぃぃ!! って叫んだ気がする。
今度は拳をギュッと強く握りしめたナターシャの渾身のパンチがジョシュア・ギルモアの頬に見事に決まった。
「おお! ウェンディ! 見たか!? 今のナターシャの拳!」
「………………ミタ」
あうあ~~~~……というジョシュア・ギルモアの(嬉しそうな)声が響く中、私の横でエリオットも子どもみたいに嬉しそうにはしゃいでいた。
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