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65. 存在感
しおりを挟む「……変装を見破られてることよりも何が恐ろしいって、ナターシャが眠ってる時に声をかけてきたことが俺は一番恐ろしい」
エリオットがポツリとそう言った。
その言葉にハッとする。
かくれんぼと勘違いしていたからなのかもしれないけれど、ジョシュア・ギルモアは、私たちがナターシャに見つかりたくないことを分かっていて今、このタイミングで来た。
(なんという状況判断力───……)
思わず叫んでしまう。
「な、なんてことなの! いつだって僕、空気なんて読みませんって顔してマイペースに傍若無人な行動と言動ばかりしているのに……! まさかの気遣い!」
「あうあ!」
「───ウェンディ、落ち着け。全部口に出てるぞ」
「あ!」
エリオットに窘められて慌てて口を塞ぐ。
おそるおそるジョシュア・ギルモアの顔を見ると、全く気にした様子もなくニパッと笑っている。
「あうあ~」
「────僕もよく、アイラとかくれんぼするです…………ああ、そうだな」
通訳しながら侯爵は頷いた。
脱走という名の追いかけっこが得意なベビーたちはなんと、かくれんぼまでよくするらしい。
「ギルモア邸は広いし、あなたたちはやんちゃだから、それは(探す人たちが)大変そうね」
「あうあ、あうあ~」
私がそう言うとジョシュア・ギルモアは笑顔で首を振る。
「なぜか僕はすぐ発見されるです、不思議なのです~────と言っている」
「え? そうなの?」
「あうあ!」
ニパッ!
「でも、アイラは全然見つからないすごい子です! ああ、確かにアイラはなかなか見つからないと騒いでいるな」
「……」
私はふと思った。
(この子、かくれんぼ中も“あうあ~”とか言ってそう……)
かくれんぼに於いては、それは自分の存在アピールとなり致命的。
「あうあ! あうあ!」
「ん? だから、僕はアイラにコツを聞いたです!」
「あうあ!」
「……でも、“隠れてるだけですわ”と言われて分かりません! へぇ、ジョシュア、アイラにコツなんて聞いていたのか?」
「あうあ~」
(絶対、そうだ……)
アイラ・ギルモアは声も小さく静かだからきっと見つかりにくい。
一度、隠れたらじっとその場から動かずに気配を消していそう。
でも、ジョシュア・ギルモアは違う。
この子は……
(存在感がありすぎる!!!!)
エドゥアルトと同じようなタイプよね。
そりゃ、気が合うはずだわ。
なんて思わず納得する。
「あうあ」
「ジョシュアが、二人にかくれんぼのコツはあるですか? と聞いているが何かあるだろうか?」
「あうあ~」
ニパッと笑いかけてくるジョシュア・ギルモア。
「えっと? それより、ギルモア侯爵からは何かアドバイスをされたのですか?」
私がそう訊ねるとギルモア侯爵が首を傾げた。
「俺からジョシュアに?」
「ええ」
「かくれんぼのアドバイス?」
「そうですわ」
ここでなぜかうーんと黙り込むギルモア侯爵。
なぜ、そんなに悩むのか分からない。
「俺は……」
しばらく悩んでいた侯爵がそっと口を開いた。
「……ガーネットと出会うまで“友人”がいなかったから、遊びのことはよく分からないな……」
「あうあ~」
(───ん?)
その言葉に私とエリオットが顔を見合わせる。
「あの? ……失礼ですが、侯爵が夫人と出会われた年齢って……」
「あうあ~」
「ガーネットが十八歳で俺が二十二だったな」
「あうあ~」
(んんん?)
「えっと? 確かそれまで侯爵って他国に留学されて……」
「向こうで友人はいなかったな」
「あうあ~」
「だから、集団で遊ぶコツというものは俺にはよく分からん」
「あうあ~」
(───!!)
先程から、ちょいちょい間に挟まってくるジョシュア・ギルモアの圧が全く気にならなくなるくらいの衝撃を受けた。
(ジョルジュ・ギルモアが“謎”と言われる理由はコレだわーー!)
留学先だけでなくこの国でも友人がいなかったなら情報が皆無でもおかしくない。
同時に侯爵がガーネットお姉さまのことを大好きな理由も分かった気がした。
(そりゃ、唯一無二の存在になるわよ……)
「あうあ~」
「ん? 前におとーさまにも聞いたです? ジョシュア、意外と色々と訊ねてたんだな」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュア・ギルモアが当然ですと言わんばかりに胸を張る。
でも、エドゥアルトという友人がいたジョエル・ギルモアなら、幼少期に無理やり引っ張られてかくれんぼをしていたことがあったはず。
「で? ジョエルはなんて言っていたんだ?」
「あうあ~!」
「────“隠れてるだけだ”と言われたです~…………そうか。だが、さっきも似たようなこと言われてなかったか?」
「あうあ~」
「アイラです~…………なるほど、親子だな」
「あうあ~」
つまり、父親も妹も全く参考にならなかった……と。
それで、ナターシャとかくれんぼをしていると思った私たちにアドバイスを求めてきたわけね?
しかし、ここで侯爵があることに気付く。
「ハッ! 待て、ジョシュア。ガーネットはどうした? こういう時はまず全てにおいてガーネットだろう?」
「あうあ!」
ジョシュア・ギルモアは侯爵に向かってニパッと笑った。
「あうあ、あうあ~、あうあ~」
「……おーほっほっほ、いつでもどこにいても美貌がドバドバ溢れているこの私が隠れられるわけないでしょ、と言われた?」
「あうあ!」
「確かにガーネットはいつだって輝いているからな……かくれんぼは不向きそうだ」
深刻そうな顔で頷くギルモア侯爵。
「あうあ~」
「おかーさまは“どうしてすぐ見つかっちゃうのか不思議ね”って笑ってたです…………そうか」
(不思議も何も“あうあ”のせいだと思うわよーー!?)
ギルモア家にいる人達は、家族も使用人も毎日毎日聞いている“あうあ”に慣れすぎてるのかもしれない。
この子があうあって言わなくなったら寂しがりそう……
「そういうわけで、ジョシュアはなにか参考出来ることがあれば知りたいらしい」
「あうあ」
「ちなみに、ジョエルの持つ人生の指南書には載ってなかったそうだ」
(…………でしょうね!)
どう転んでも、この子がすぐに見つかる原因は“あうあ”なのだから……
私は試しに言ってみることにした。
「かくれんぼ中にあうあ~って言うのを止めたらどう?」
「あうあ」
「あなた、普段から何かあればすぐに、“あうあ”って言っちゃうでしょう?」
「あうあ」
「それを少し静かにしてみるだけで違うんじゃないかしら?」
「あうあ!」
ジョシュア・ギルモアがニパッと笑った。
「あうあ~」
「なに? 公爵夫人のアドバイスを受けてさっそく練習してみるです?」
「……」
ニパッ!
ジョシュア・ギルモアが“あうあ”と言わずに笑う。
「ジョシュア」
「……」
ニパッ!
試しに侯爵が呼びかけてみるもニパッとした笑顔を返すだけとなったジョシュア・ギルモア。
本当の本当に練習を始めたらしい。
「ジョシュア・ギルモア!」
「……」
ニパッ!
(この子、黙れたんだ?)
その姿に驚いていると、エリオットがポンッと私の肩を叩きながら言った。
「ナターシャが静かなこの子を見たらそれはそれで驚きそうだな」
「ほっほっほ! 確かにね」
「……」
ニパッ!
「だが、無言でもしっかり圧は感じるな」
「───ほっほっほ! 確かにね」
「……」
ニパッ!
────しかしその後。
目覚めたナターシャを含めて、突然、ジョシュア・ギルモアから“あうあ”が消えたことで、ギルモア家内はちょっとしたパニック状態に陥った。
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