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7. いつでもどこでも
しおりを挟む(面白いわ、エリオット……)
意外な一面を見れたので、買い物をすることにして良かったと思った。
でも、こうしていられるのもあと少し……
王宮から出てくる前、ヨナス・ファネンデルトから手紙が届いていた……
きっと婚約、そして結婚に関する話だろう。
「……」
そっと顔を上げて、耳まで真っ赤になりながらズンズンと前に進むエリオットの後ろ姿をじっと見つめる。
(……私が居なくなってもどうかエリオットが幸せでありますように───)
「さあさあさあ! エリオット! まずはあそこからあそこまでのお店の食べ物を片っ端から……」
「いやいやいや!? 待ってください! 片っ端からってそんなにお金あるんですか!?」
“食べ歩き”というものに憧れて指示を出してみたけど、何故かギョッとされた。
「あら? こういう街の食べ物というのは片っ端から漁って食べまくるものではないの?」
「…………誰があなたにそんな話を?」
エリオットが頭を抱えながら聞き返してくる。
「え? ガーネット嬢よ? 街に行こうと思うって話したらそうレクチャーしてくれたわ?」
「!?」
「それは豪快ね? と言ったらホーホッホッホッ! これが私の普通よ! と笑っていたけど?」
「……」
目をまん丸に見開いて黙り込むエリオット。
あ~……とかうぅ~……とか唸りながら天を仰ぐ。
「エリオット?」
「……で……コホッ、ウ、ウェンディ!」
エリオットにガシッと両肩を掴まれた。
目が真剣……いや、血走ってる?
「ガーネット嬢は規格外です」
「規格外?」
「あの方の言う普通は普通ではありません!」
「そうなの?」
私が聞き返すとエリオットは私の肩から手を外し、コホッと咳払いをする。
「……俺は将来、あの方が王妃になられたら……国を乗っ取られてもおかしくないとすら思ってます」
「ふ~ん」
「!?」
私の返答にエリオットがギョッとする。
「どうしてそんなに平然と落ち着いていられるのですか!」
「え? だってお兄様って頼りないし、すぐ人に流されるし───ガーネット嬢が取り仕切る……その方が国が良くなって民たちも幸せになりそうじゃない?」
「……」
黙り込んだエリオットにふふっと笑いかける。
「────将来この私が住むことになる王宮料理があんなにも不味いなんて、冗談ではすまなくってよ! ガーネット嬢はそう言って料理人を派遣してくれたと言ったでしょ?」
「はい」
「それって、ガーネット嬢は自分の為だけの事のように言ってるけど実際はそうじゃないと思うのよ」
「……はい?」
「だって、ガーネット嬢に出した料理と同じ物を他国の人間に振舞ってご覧なさい? どうなるかなんて一目瞭然でしょう?」
「それは…………侮辱と取られて戦争にだってなりかねません」
エリオットは俯きながらそう答えた。
「そうよ。これまでの我が国はお父様が適当に濁して誤魔化して他国の方を出迎えるような機会は設けてこなかったけど、いつまでもそんなことは言ってられないわ」
だって、手紙はまだ読んでいないけれど少なくとも、私との婚約発表と迎えのためにヨナスが訪ねてくることだけは決まっている。
「そのことに気付かせてくれたガーネット嬢には感謝してるのよ、だから私は彼女が好きよ?」
「ウ、ウェンディ……」
「ぜひ、あんなお兄様なんか踏み潰しちゃってぜひ、この国の先頭に立ってもらいたいわ!」
「ふ、踏み潰す!?」
「ええ!」
驚くエリオットに向かって私はクスクス笑う。
「ほっほっほ! あんな美人に踏まれたら、あまりにも刺激的すぎてきっと癖になっちゃうわよ!」
「し、刺激的……癖…………まぁ、それは分かる、気がします……」
エリオットがポソッと小さく呟いた。
「へぇ? 分かるの?」
「っ!! あ、いや……いえ、その!」
何故かアタフタするエリオット。
私は意地悪く訊ねる。
「あなたもあの足に踏まれてみたいとか?」
「違います!!」
ブンブンブンと強く首を横に振るエリオット。
これはまさか……? と思って聞いてみたけどそこは全力で拒否された。
「お、俺は」
「なに?」
「俺は……あなた、に……」
「私?」
エリオットがじっと私を見つめてくる。
私も見つめ返したらフイッと顔を逸らされた。
「いえ、なんでもありません」
「ふーん、そう? ま、いいわ。さっさと行きましょう!」
「……」
今度は私がエリオットの腕をとってグイグイと店に向かって歩き出した。
「……」
「ウ、ウェンディ? どうされましたか?」
「……」
いくつかのお店の食べ物を購入し、食べ歩きなるものをしてみた私。
ちょっとショックを受けて足を止めた。
エリオットが焦り出す。
「ハッ! まさか今、口にされた物に何か……」
「!」
鋭い眼光を店に向けた彼を慌てて止める。
「違うわ! その殺気をしまいなさい! そうではなくってよ」
「では、何があったのですか?」
「……」
私はため息を吐くと顔を俯けて躊躇いながら説明する。
「…………街のお店で売られている食べ物の方が、これまで私が口にして来た王宮料理より断然美味しかったって思ったら」
「……」
「王女ってなんなのかしらって思った、だけ」
「ウ、ウェンディ……」
(───でも!)
私は顔を上げる。
「まあ、でも王宮料理の方が不味いということなら──民の暮らしはそこまで悪くないってことよね?」
「え?」
「皆が皆、あのうっすい味のお茶を飲んでたわけじゃないのなら良かったと思えるわ」
「……」
エリオットがやれやれと肩を竦めた。
「ウェンディ───皆が口を揃えてあなたのことを我儘だとか気分屋だとか言っていますが」
「ええ、そうね!」
私は手を叩いて笑う。
「笑う所じゃありません…………俺はあなたが一番国民のことを考えてると思いますよ? …………少なくともエルヴィス殿下よりは」
「!」
「そんなあなただから俺は仕えているんです」
「……!」
そう口にしたエリオットの顔が真剣だったので少し胸がドキッとした。
私は何だか恥ずかしくなってしまい慌ててエリオットから顔を逸らす。
「……っ、あ! あれ、何のお店かしら!? 中が気になるわーー」
「へ? ウェンディ!」
そして、目線をそらした先に目に入った店に向かって勢いよく走り出す。
もちろん、エリオットは慌てて追いかけて来た。
「突然、走り出さないでください!」
「わ、悪かったわよ……ところでここは────……」
そう言いながらキョロキョロと店内を見渡す。
何も考えずに飛び込んだけど、どうやら小物を売ってるお店らしい。
(へぇ? 案外、可愛い物がたくさん……)
そんなことを考えながら店内を物色していた私は“とある物”を目にして足を止める。
「……これは、鈴?」
手に取ってみると鈴がシャランッと音を立てた。
「ちゃんと音も鳴る……」
「ウェンディ?」
ひょいっと横からエリオットが覗き込んできた。
私は鈴を持ち上げてエリオットの顔の前でシャランッと鳴らしてみる。
「えっと……?」
「ふふ」
そんな私の行動に困惑顔のエリオット。
その顔が面白くてつい笑ってしまう。
(これ、鈴の音でエリオットを呼びつけたみたいな感覚で面白い)
「気に入られたのですか?」
「え?」
「これです」
エリオットがこれ、と鈴を指さしながら私に訊ねた。
「気に入ったというか、これでエリオットを呼びつけたら面白そうねって想像し……」
「承知しました────すみません、こちらを一つください」
「え?」
私が言い終わる前にエリオットが鈴を持って店主の元に向かう。
そしてさっさとお会計を済ませて店を出てしまった。
「エリオット!?」
シャランッ
鈴が揺れて音が鳴る。
「あなたへの───プレゼントです」
「……え?」
「ウェンディ、の街での初買い物記念にでもしてください」
「……!」
エリオットがそう言って私の手に鈴を乗せた。
「そして、どうぞこれからはこの鈴を鳴らして俺のことを呼んでください」
「エリオット……」
シャランッ
「───この音が聞こえたなら、俺はいつでもどこでもあなたの元に駆け付けましょう」
「……いつでもどこでも?」
「はい、必ず───例え、あなたがどこにいても」
(────っ!)
エリオットが笑顔で頷く。
その笑顔に私の胸がドキッと跳ねた。
「そ……そんなこと軽々しく言っていいのかしら!」
「はい?」
「もう、ずーーーーっと、暇さえあればシャランシャランと鳴らしまくっちゃうかもしれないわよ!?」
「……」
「それでもよくって!?」
私が照れ隠しにそう口にするとエリオットは更にプハッと笑って吹き出した。
そして私の手を取ると軽くその場に跪く。
「────仰せのままに。俺の王女殿下」
「~~~っっっ」
シャラン、シャラン、シャラン、シャラン……
熱くなった頬と言葉にならない恥ずかしさを誤魔化したくてとりあえず鈴を無意味に鳴らしまくった。
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