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8. お姉さま! ①
しおりを挟む初めての食べ歩きや買い物……
そしてプレゼントまで買ってもらって街を堪能した私は、お城へと戻ることになった。
「……」
「……」
しんっと静まり返った馬車の中。
私の頭の中は色々考え過ぎてグルグルと混乱していた。
(どうしよう! 私の胸がおかしい……!)
ドクドク激しく鳴ったりキュッてなったり、全然落ち着いてくれない。
「あの? ウェ…………コホッ、殿下? なぜ、そんなに静かなんですか? いつものあなたならこれでもかと俺に話しかけて来ますよね?」
「!」
エリオットからの指摘にギクッとなる。
そう。
いつもの私ならこういった移動時間はずっと喋り倒しているところ。
それなのに……
「あまりにも静かですと不気味ですよ?」
「……っ!」
(お黙り!)
シャランッ
返事の代わりに鈴を鳴らす。
エリオットの顔が明らかに困惑の表情になった。
「え? 俺はここにいますけど……」
「!!」
(知ってるわよ!)
シャラン、シャラン
動揺した私は更に鈴を揺らす。
「えっと、殿下?」
「っっっ……!」
(あれもこれもそれも……)
さっき、エリオットが俺の王女殿下とかなんとか言うからよ!
あれから私の心臓が一気におかしくなってしまった。
私は王女……エリオットは護衛騎士。
あんなのごくごく当たり前のことを口にしただけのなんてことないセリフ……のはずなのに。
(うぅ……!)
ギュッと胸を押さえる。
「────ところで殿下、今日は楽しかったですか?」
「……?」
エリオットからの突然の質問に顔を上げた。
一瞬だけ目が合ったエリオットが悲しげに目を伏せる。
「あちらの国に行かれてしまったら、里帰りなんて難しいことでしょう?」
「……」
「ですから、今日が殿下にとってこの国での思い出作りの一つになれていたなら良かったな、と」
思い出作り───
その言葉に今度はチクリと胸が痛む。
(分かってる……自分でもそう思ったじゃない)
「ファネンデルトでの生活は元気が有り余っている殿下には、少々窮屈かもしれませんね」
「……」
「ですがあなたのことだから、ファネンデルトに行ってもきっと……」
────きっと、そうやって俺を振り回すんですよ。
エリオットのその言葉に私は曖昧に微笑み返すことしか出来なかった。
「……さて、さすがに手紙を読まないといけないわね」
無事に王宮の自分の部屋に戻った私はヨナス・ファネンデルトから届いた手紙を手に取る。
まずは封筒を眺めて大きくため息を吐く。
「ダメね……全っ然、この人が私の婚約者なんだって実感が湧かないわ」
ヨナスに関して我が国まで聞こえてくる噂。
来る者拒まず去るもの追わず……
お相手はいつもとっかえひっかえで多くの令嬢と親密にしている様子の目撃情報も多数。
いったい誰が本命なのかと国内でも常に話題になっているとか───
「過去の恋愛遍歴までとやかく言うことは出来ないけど、さすがに結婚が決まれば態度も改めてくれるわよね……?」
もう一度、ため息を吐く。
そうして手紙を開封し中を読んでみると……
「……至って普通の内容、ね」
あなたに会えるのを楽しみにしています────
そう締めくくられていた手紙によると、花嫁である私を出迎える準備は着々と進められていて、一ヶ月後くらいには訪問し迎えに来れるという。
「あと一ヶ月……」
そう呟いた私の視界に、エリオットから貰った鈴が目に入った。
「……」
───────この音が聞こえたなら、俺はいつでもとこでもあなたの元に駆け付けましょう
「ふふ、大袈裟よねぇ」
でも、嬉しかった。
嬉しい言葉だったけど、だいたい鈴の音なんてそう大きくない。
せいぜい隣の部屋に聞こえればいい方だというのに。
どこにいても駆けつけるだなんて……
「ほっほっほ! 全くエリオットのくせにかっこいいこと言っちゃって……」
(来れるものなら来てみなさいよーー!)
……シャランッ
どうせ無理でしょ?
そんな気持ちで試しに鳴らしてみる。
「……」
シーン
特に変わった様子は起こらない。
「ほらねーー、やっぱりこうなるわよねぇ? 後でエリオットに……」
そう笑い飛ばした時だった。
ドドドドド……
「ん? ドドド?」
“何か”がすごい勢いで廊下を駆けている音がする。
まさかね……と思ったところで───
「───殿下、お呼びですか!」
「ひっ!?」
ドンドンドンと扉を叩く音とエリオットの声。
驚きすぎてビクッと身体を震わせたあと、小さく悲鳴をあげてしまった。
(嘘っ!? ほ、本当に……駆けて、来た?)
偶然?
いえ、エリオットは“お呼びですか”と言った。
おそるおそる部屋の扉を開けるとそこには、ゼーハーゼーハーと息を切らしたエリオット。
「エリオット……どうして」
おそるおそる訊ねると、肩で息をしながら顔を上げたエリオットがにこっと笑う。
「どうしてって、鈴の音が聞こえましたから。殿下がそれで俺を呼んだのでしょう?」
「ほ、本当に聞こえたの……?」
「本当に? あれ? もしかして疑っていたんですか?」
その言葉にギクッとしてそろっと目を逸らす。
エリオットがじとっとした目で私を見る。
「言ったでしょう? 俺はあなたに呼ばれないと落ち着かない身体になってしまったんですよ?」
「き、聞いたけど!」
「ですから、鈴の音もあなたの声も俺にとっては唯一無二……特別なんです」
「エ……エリオット」
また、トクンッと私の胸が高鳴った。
しかし、私の心が警告する。
これ以上、この胸を高鳴らせてはいけないと────
ギュッと拳を握る。
「……分かったわ。そうね、それならこれからは鈴で呼び出してからのあなたの到着時間を数えることにするわ」
シャラン……
私は軽く鈴を鳴らす。
「はい?」
「十秒遅れるごとに─────そうね、肩でも揉んでもらおうかしら?」
「え!?」
「ほっほっほ! せいぜい最短記録を更新出来るように日々励みなさい!」
私は油断すると高鳴りそうになる胸を押さえ込み、意地悪く笑った。
─────
シャラン……
「────お待たせいたしました、殿下!」
シャラン、シャラン
「はい、お呼びでしょうか! 殿下!」
それから────
鈴を鳴らせば毎回毎回必ず息を切らして駆けつけてくるエリオットにもすっかり慣れた頃。
「オーホッホッホ! ウェンディ殿下、ご機嫌いかがかしら?」
「ガーネット嬢?」
その日は珍しくガーネット嬢が私の部屋を訪ねて来た。
今日も変わらず美しい。
「ごきげんよう。今日は王宮に?」
「ええ。エルヴィス殿下との定例の顔合わせです」
「ああ……」
なるほど、と私は頷いた。
兄の婚約者となったガーネット嬢は十八歳の誕生日を迎えてから正式に王宮に身を移すらしく、それまでは通いで兄との交流を深めていくらしい。
「のはずだったのですけど!」
「ど?」
ガーネット嬢がバサッと髪をかきあげる。
その仕草も惚れ惚れするほど美しい。
けれど、何故か顔が怒っている。
「最初の数回を過ごした後は、いつも居ないと言われるのです」
「え?」
「ウェンディ殿下? お聞きしたいのですけど、エルヴィス殿下って失踪する趣味でもおありでして?」
「しっ……失踪!?」
さすがにそんなことはない。
そう思った私はブンブンと首を横に振る。
「そうですか? それじゃ、毎回毎回……何をしているのかしらねぇ……課題も投げっぱなしだと聞くし……」
ガーネット嬢は明らかに不満そう。
美人は怒っていても美人……と見惚れそうになった。
「……あの? 兄の行方を聞きにここへ来ましたの?」
「え? いえ、違いますわ」
私が訪問の目的を訊ねるとガーネット嬢はあっさり首を横に振った。
そして、じっと私を見つめたあと、とても美しく微笑んだ。
「ウェンディ殿下、肌のツヤも髪も前より断然良くなられていますわね? 良かったです」
「え?」
「私が拝見した限りだと、王族の方々の中でウェンディ殿下が一番栄養失調のように感じていましたので」
そう言われて私は自分の顔や髪に触れてみる。
確かに言われてみれば以前と違うような……
「それもあってガーネット嬢は料理人を派遣して王宮料理の改革を?」
「ホーホッホッホッ! もちろんこれは私自身のためですわよ?」
「……」
「でも、ウェンディ殿下はこれから花嫁となって───他国に嫁いでいかれる身なのですから、その前に少しでも本来の美しさを取り戻せるようにと考えて、真っ先にここから改善させて頂きましたけどね!」
ガーネット嬢はホーホッホッホッと笑った。
お兄様は『料理人の派遣と改善は有難いけど自分のことばっかりだ』とか言っていたけれど、やっぱり、ガーネット嬢は自分のことだけを考えてるわけじゃない。
私はそう確信する。
(花嫁……か)
私はふと、そんなガーネット嬢に聞いてみたくなった。
はっきり言ってガーネット嬢が今、お兄様に対して愛情があるとは思えない。
そんな結婚に対してどう思っているのか───
それに……
(ガーネット嬢もお兄様以外の誰かにドキドキしたりしないのかしら?)
「兄が行方不明なら代わりに少しだけ私の話を聞いてもらってもよろしくて?」
「?」
私が声をかけるとガーネット嬢は不思議そうに首を傾げた。
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