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13. ようこそ
しおりを挟む────“お客様”の到着を待つこと数日。
「殿下、何をそんなに真剣に読んでいるのですか?」
「え?」
エリオットの声で読み込んでいた資料から目を離して顔を上げる。
意外と近くにエリオットの顔があったものだからドキッと胸が跳ねた。
「ちっ!」
「ち?」
「近いわよっ!!」
ムギュっとエリオットの顔を押し戻した。
(なんでこんなにドキドキしてるの、私……)
鼓動が激しくなったのを隠そうと思ってプイッと顔を背ける。
「……失礼しました。それで? 随分と真剣なご様子でしたが」
「ファネンデルト王国についてよ」
「?」
私の返答に首を傾げるエリオット。
その目は何を今更、と言っている。
「ヨナスから奪い取る慰謝料……もちろんお金でも良いのだけど」
「ど?」
「お金じゃなくて────いっそのこと国土の一部とか奪えないかしらと思って」
エリオットがギョッとした。
「な、なぜ土地を……」
「え? だってお金だとお父様やお母様がすぐに使ってしまいそうだし……それなら資産を生み出すものを奪い取った方が長期的に見ても国のためになるかしらって」
軽いため息を吐き、頬杖つきながらそう言うと、エリオットがムッとした。
「エリオット? その面白い顔はなにごと?」
「面白くありません! 俺は怒っているんです」
「なんで?」
私が聞き返すとエリオットは更にムッとした顔になった。
「殿下! 分かっていますか? これから貰おうとしているのは、あなたへの慰謝料なんですよ!?」
「ええ、そうね?」
「それなのに国のためって……もう少しご自分のことを考えたらどうなんですか!」
「エリオット……」
エリオットの言葉に目を瞬かせると、エリオットに手を取られた。
バサッと床に読んでいた資料が落ちてしまった。
「国のことを考える殿下は立派です。でも、そこにあなたの“幸せ”はどこにあるんですか───」
「……私、の幸せ?」
「そうです!」
「!」
真剣なエリオットの手にギュッと強く両手を包まれる。
「例えばですが、お金を貰ってご自分が豪遊する事とかを考えてもいいはずです」
「豪遊……?」
「したことないですよね? 豪遊」
「……うっ」
確かに、貧乏王家の王女に豪遊なんて無関係。
したくないと言ったら嘘になる……
「ご存知ですか? ガーネット嬢なんて昔から豪遊三昧らしいですよ?」
「そうなの?」
「はい。それも、侯爵家の金ではなくご自分の資産だとか……あの方は、あの歳で何者なんですか」
成人前のご令嬢とは思えない!
そう口にするエリオットの顔が少し怯えている。
そんなエリオットに対して内心で苦笑しながらガーネットお姉さまらしいなと思う。
それにしても……
(……やっぱり、お兄様なんかにガーネットお姉さまは勿体ないわ)
ガーネットお姉さまの施しのおかげで、貧乏王家の懐もマシになって来たのは事実。
そんなお姉さまがしてくれていることはお金を出すだけじゃない。
様々な分野の技術者を派遣して、彼らの持つノウハウを王家の使用人に伝授してくれている。
長期を見据えての計画に感謝しかない。
(それなのに───)
あのお兄様は、何も分かっていない!
お姉さまのことを何一つ理解しようとしていない!
(もしも、いつかあんなカスよりお姉さまのことを理解し大事に想ってくれる人が現れたなら───)
その時は何があっても全力で私はガーネットお姉さまの味方につく。
そう決めている。
「ほっほっほ! それなら豪遊出来るお金と土地と貰えるものはたんまり貰わないといけないわね?」
「……随分と土地にこだわりますね?」
「ほほほ! ほら、もしかしたらいつか将来────海とか山とか川とか森とか……我が国の領土だけでは事足りず必要になる時がくるかもしれないでしょ?」
「ふーん……? そういうものなんですかね?」
エリオットは不思議そうに首を傾げた。
私も確証があって言っているわけではないけれど、あるに超したことはない。
「────それで……殿下は婚約破棄したあと、どうされるのですか?」
「え?」
ギュッ……再び手を握り込まれた。
エリオットの目も口調も真剣だったので、また胸がドキッとして鼓動が早くなる。
「そ……そう、ね。まあ、嫁き遅れ王女確定でしょうね」
「……」
「けれどまた、“王女”の身分目当てのどっかの男との結婚話が浮上するかもしれないわね。でも私は……」
今後はそういう話を受けるつもりはない、そう言いかけたのだけど、ギリッとエリオットが悔しそうに唇を噛んだ。
(……ん?)
「エリオット、どうしたの?」
「…………どうして俺は…………次男なんだろう……」
「え?」
「スペアではなく爵位を継げる嫡男の立場であったなら……今すぐにでも───」
真剣な瞳に見つめられて、胸がドクンッと鳴った。
「エリオッ……」
その時だった。
強いノックの音と共にバーーンッと部屋の扉が強く開いた。
「オ~ホッホッホ! ウェンディ殿下! ────お邪魔するわよ…………って、あら?」
勢いよく現れたのはガーネットお姉さま。
そんなお姉さまは私とエリオットの姿を見て目をパチパチさせた。
「───!」
私とエリオットは慌てて手を離して距離を取る。
「ホーホッホッホッ! 相変わらず仲の良い主従だこと」
「……」
そう笑い飛ばすガーネットお姉さまの言葉に何だか無性に恥ずかしくなる。
エリオットも同じ気持ちだったのか頬がほんのり赤くなっていた。
「突然、こめんなさいね? でも、ついに念願のお客様が到着したので早くお知らせした方がいいかしらと思って」
ガーネットお姉さまがニヤリと笑う。
私とエリオットがハッと息を呑んで顔を見合わせた。
─────
「────ようこそ、モーフェット国へ」
「……っ!?」
真ん中に王女である私、その隣にガーネットお姉さま。
背後にエリオットを従えて“お客様”を出迎えた。
(ほっほっほ! 顔色が真っ青!)
「……え、お、王女殿下!? ど、どういうこと? 私、ヨナス様に呼ばれたんじゃ……」
どうやら状況が把握出来ていない“彼女”はそう呟いたあと、ハッとして慌てて頭を下げた。
(“ヨナス様”ねぇ……)
あんな男はカスで充分でしょうに、と呆れる。
「────お前がナンシー・フェルベルクね?」
「は、ははははい!」
ヨナスのお相手、ナンシーは顔を上げると声を震わせながら答えた。
確かに見た目は小柄で可愛らしく守ってあげたい雰囲気のある子。
(さてさて中身は……?)
「遠路はるばるようこそ。私はモーフェット国の王女、ウェンディ。ヨナス殿下の婚約者よ」
「……」
ゴクッとナンシーは唾を飲み込んだ。
私は足を組み直してふんぞり返ると、にっこり笑顔を彼女に向けた。
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