【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして

Rohdea

文字の大きさ
21 / 67

21. カス

しおりを挟む

(ナ、ナンシー!?)

 目を開けた私に飛び込んで来たのは、拳を握りしめている怒りの形相のナンシー。
 そして予想通り吹き飛んで倒れ込んでいるヨナスだった。

(まさか────な、殴った!?)

「ん?  ああ殿下。おはようございます。やっと起きてくれましたか」
「エリオット、おはよう…………じゃなくて!」

 エリオットが呑気に目覚めの挨拶をして来たのでうっかり流されそうになった。
 慌てて起き上がった私は勢いよくエリオットの胸ぐらを掴む。

「ちょっと!  あれ!  ふ、吹き飛んでる!」
「そうですね。見ていてスッキリするほどの見事なパンチでした」
「パ……」

 エリオットは爽やかな笑顔でそう言った。

「やっぱりあれは、ナ、ナンシーが?」
「はい。よほど鬱憤がたまっていたのでしょう。パンチにはかなりの力が込められていました」
「……」

(それでヨナスは吹き飛んだ?)

 これはヨナスが弱いのか、ナンシーの鬱憤がそれほどまでに凄かったのか……判断が難しい。
 エリオットがにこっと笑う。

「それにしても───殿下はこうなることを見越してか弱く倒れたフリをされたのですか?  凄いですね」
「違うわよ!!」

 私は全力で首を横に振る。
 ぜんっぜん違うから!
 ついでにエリオットが私の代わりに“婚約破棄宣言”をおっぱじめたことも予想外よ!!

「違ったのですか?」
「当たり前でしょう!  もちろんナンシーに目を覚まして貰いたいとは思っていたけど、まさか殴るなんて思ってなかったし、それに……」
「それに?」
「……」

 エリオットがじっと私を見つめる。

「……っ」

 エリオットがヨナスに向けていた色んな言葉を思い出してしまい一気に恥ずかしさが込み上げて私の頬が熱を持つ。

「殿下?  顔が赤いですよ?」
「お、お黙りなさい!」

 私が顔を逸らすとエリオットはクスッと笑ってからそっと私の手を取ると優しく握った。

「ちょっ……」
「殿下────いえ、ウェンディ様」
「な、なななによっ!」

 思いっきり声が上擦ってしまった。

「ヨナス殿下とあなたの婚約破棄が無事に成立したら────ウェンディ様に大事な話があります」
「……え?」

 トクンッと胸が跳ねた。
 “ウェンディ様”その呼ばれ方にドキドキしすぎて胸が破裂しそう。
 そして、エリオットの真剣な目が私を射抜く。

「話、聞いてもらえますか?」
「……き、聞くだけならね」

 もう一度プイッと顔をそらすとエリオットは苦笑した。

「約束ですからね?」
「……わ、分かったわよ!」

 頷くだけ頷いてエリオットから手を離した私はズンズンとナンシーと倒れてるヨナスの元に向かって歩き出す。
 背後のエリオットからはまた小さく笑った気配がした。



 二人の元に近付くとナンシーは怒り狂っていた。

「なんなの!?  この期待はずれ王子!」
「にゃ、にゃんしー……?」
「調子いいこと言ってんじゃないわよ!!」

 殴られた頬を押さえながらひたすら呆然としているヨナス。

「なにが、可愛くて可憐で優しくてか弱くて守ってあげたくなるような理想の女よ!  その前に私のこと身分の低い女だって散々バカにしたくせに!」

(うっわぁ……)

「そこの人が言っていた通りよ!」

 ナンシーはエリオットを指さしながら怒りをぶつける。

「王位継承のために正妃は他国の王女じゃないとダメだと言ったあなたに一緒に説得してみましょうよ、とお願いしても無理だの一点張り!」
「そ、れは……」
「しかも!  ウェンディ王女殿下の方がこの結婚に積極的なんだと嘘までつきやがって───」

 うぐっと押し黙るヨナス。
 そんな彼には、しらけた冷たい視線が向けられる。

「どこがよ!?  ウェンディ王女殿下はどこからどう見てもそこの護衛と相思相愛じゃない!」

(────え!?)

 ナンシーの発言に私はビタッと動きを止める。

(そ、相思相愛……ですって?)

「愛する人のためなら、身分が上の他国の王子にだって歯向かう!  でも、二人の間には身分という越えられない壁───これこそ本物の真実の愛だわ!」

(ししし真実の愛!?)

「見せなさいとか言っていて王女自身が真実の愛を育んでるっつーの!」

(ええぇぇえ!?)

 ナンシーの口から飛び出た言葉に動揺が隠せない。

「────ウェンディ殿下」
「っ!」

 後ろからエリオットに声をかけられてビクッと肩が震える。

(落ち着け、落ち着くのよ私!)

 深呼吸してから自分の胸をそっと押さえる。
 だって、ほら!
 今のエリオットの私を呼ぶ声は、今までと何も変わっていないわ?
 本当に、わわわ私のことをす…………なら、もっとナンシーの発言に動揺しているはず!
 だから、きっとこれはナンシーの思い違いなのよ!
 そうに決まって───

「な、何よ!  エリオッ……」

 振り返った私はエリオットの顔を見て度肝を抜かれた。

「トォ!?」
「……」

 エリオットが、て、照れている!?
 なんと、頬を赤くして少し照れくさそうに目を伏せている。

「その……あそこまでハッキリ言われてしまうと───さすがに何だか照れますね?」
「て!」

(照れる!?)

 否定するのではなく照れている!? 真実の愛に!?
 なぜ!?

「……」

 頭の中がいっぱいいっぱいになった私は何も言わずに前を向く。
 ナンシーの発言、相思相愛という言葉がグルグルと頭の中を回る。

(落ち着くの……と、とにかく今は……)

 ヨナスをボッコボコにすることの方が先!
 自分にそう言い聞かせて顔を上げた。

「ナ……ナンシー!  聞いてくれ、あれは僕の本心なんかじゃない……!」
「……」

 手を伸ばしてガシッとナンシーの腕を掴むヨナス。
  
「あれは言葉の綾……」
「へー、そうは言いますけど、人って頭の中で考えたこともない言葉は口に出ないですよね!?」

 ナンシーはその手を思いっきり振り払うとヨナスを睨みつけた。

「離して!  この─────カス王子!」
「カ……ス」

 カス呼ばわりにショックを受けたヨナスの目が大きく見開かれる。

「本当にそうだったわ!  いくら“妃”でも、カスの妃にはなりたくもない!」
「カ、ス……なりたく、ない……」

 ナンシーはそう言い終わるとフンッとヨナスから顔を背けた。

「さようなら!  カス殿下!!」
「カス……カ……ス、カス……」

 あまりのショックに呆然とし、カスしか口に出せなくなったヨナス。
 起き上がる気力さえ湧かなくなったのかぐったりその場に沈み込む。

(ほっほっほ!  なんて愚かな男……私を怒らせたからこうなるのよ!)

 私はそっとヨナスに近付き声をかける。

「ヨナス様」
「……ウェンディ王女!」

 私の声にハッとして顔を上げるヨナス。

「い、いいところに!  そこにいる君の護衛が婚約破棄などと勝手なことを言い出した!」
「勝手?  なんの話です?」
「……え?」

 私は彼に向かってにっこりと笑いかける。
 その瞬間、ヨナスの顔がヒクッと引きつった。

「どうです?  彼はとっても優秀でしょう?  私の護衛は私の気持ちをしっかり余すことなく代弁してくれましたわ」
「ウ……ウェンディ……王女?」
「ですから、私の口からもはっきり言わせていただきますわね」
「……」

 ヨナスの顔がどんどん青ざめていく。

「私との婚約破棄を要求しますわ────もちろん、カス様……あ、いいえ、ヨナス様。あなたの有責で」
「!」
「きっちりそれ相応の慰謝料も請求させていただきます」

 パクパクと口を動かしてなにか言いたそうなヨナス。

「あらあらあら?  何かご不満でも?」
「……」
「おかしいですわね……この話にあなたが渋る必要はどこにあるの?」
「!?」

 ヨナスが不思議そうに目を見開く。
 私はにこっと更に笑みを深める。

「“王女”という身分がなければ────あんな女と結婚するなんてお断りだ!!」
「!!」
「うふふ。そこでぼんやり突っ立っているカスその2……コホッ、失礼。私のお兄様とそうお話されていたではありませんか」
「!!!!」

 クワッとヨナスの目が限界まで大きく開く。

「と、いうわけで、初めからずっとお願いしていましたように……」
「……ぅあ、待っ」
「─────私もカス男あなたとの結婚なんてお断りですわ!!」

 私は冷たくそう言い放った。
しおりを挟む
感想 177

あなたにおすすめの小説

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから

越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。 新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。 一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?

婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~

ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。 しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。 周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。 だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。 実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。 追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。 作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。 そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。 「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に! 一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。 エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。 公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀…… さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ! **婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛** 胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。 ※全6話完結です。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

虐げられたアンネマリーは逆転勝利する ~ 罪には罰を

柚屋志宇
恋愛
侯爵令嬢だったアンネマリーは、母の死後、後妻の命令で屋根裏部屋に押し込められ使用人より酷い生活をすることになった。 みすぼらしくなったアンネマリーは頼りにしていた婚約者クリストフに婚約破棄を宣言され、義妹イルザに婚約者までも奪われて絶望する。 虐げられ何もかも奪われたアンネマリーだが屋敷を脱出して立場を逆転させる。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

処理中です...