24 / 67
24. エリオットの決意
しおりを挟む驚愕しているヨナスを無視して私はエリオットに訊ねる。
「エリオット? ところで、ちょっと遅かったわね?」
「無茶言わないでください。入口に見張りがいましたので倒していたんですよ」
「見張り……」
そういえば、ヨナスがそんなことを言っていたわね、と思い返す。
扉の外に視線を向けると、たしかに廊下ではエリオットにやられたらしき人が伸びていた。
「そう───でも、ありがとう。エリオットなら絶対に来てくれるって信じていたわ」
私は微笑みながらシャランッと手に持っていた鈴を鳴らす。
「当然です。いつでも何処でも駆け付けると約束しましたから」
「ふふふ、そうよね」
「しかし───」
エリオットは口をパクパクさせているヨナスをじろっと睨みつける。
睨まれたヨナスはビクッと身体を震わせた。
「ウェンディ様を呼んだのはエルヴィス殿下ではなかったのですか?」
「ええ。そのはずだったんだけど」
「まあ、理由は察せますが……俺の話を最後まで聞かずに突っ走るからですよ───怪我はありませんか?」
「無いわ」
私が首を振りながらそう答えるとエリオットはホッと胸を撫で下ろした。
「それなら良かっ……」
「まあ、痺れ薬入りのお茶は飲んだけど」
「!?」
ピシッとエリオットの顔が固まる。
「エリオット?」
「し……痺れ薬、ですか?」
「そうよ。そこのカスは私に薬を飲ませて自由を奪って……────って、エリオット! 顔が怖いわよ!?」
「…………ははは、そうですか? はっはっは……」
「!!」
(み、見たことない顔してる!)
顔は笑っているのに目の奥が全く……これっぽっちも笑っていない!
どう考えても殺気が駄々漏れしているし……
エリオットは本気で怒るとこんな風になるのかと思った。
「エ……エリオット! 私はこの通りピンピンしているし、大丈夫だから落ち着きなさい!」
とりあえず、エリオットを宥めて殺気は収めてもらう。
ヨナスはこの世に居てもいなくても構わないけれど今、こんな所でヨナスを殺ってしまったら後始末が大変だもの。
「…………しかし、ヨナス殿下は阿呆ですね? 普通に考えれば、ウェンディ様が毒や薬に慣らされていると思うでしょうに」
「そうだ!」
エリオットのその言葉にハッとしたヨナスはクワッと目を見開いて声を荒らげる。
「どういうことなんだ! ……エルヴィスは確かに……ウェンディ王女は毒や薬には慣らされていない、と言っていたんだ!!」
「……」
私はクスッと小さく笑う。
確かに私はお兄様と共に毒や薬に慣らされる時、“辛いのが嫌”そう言って逃げ回っていた。
だから、お兄様のその記憶は間違っていない。
でもね?
(その後も受けてないとは言っていないわよ?)
強いて言うならあれは、お兄様の前で弱った自分を見せるのが嫌だっただけ。
だから、ちゃんと別の機会に必要なことはちゃんと全て済ませてある。
「────そんなことはどうでもいいでしょう?」
「な、に?」
「あなたは私に薬を服用させた……それが全てよ」
私はにっこり笑いながら、ポットに向かって指をさす。
「───そこのまだ中身が残っているお茶と……何より私の身体を診察してもらうのが一番の証拠よね」
「……っ!!」
「そもそも、そんな薬を持って来訪して来ている時点であなたは何を考えていたのかしら?」
「ぐっ……」
ヨナスは私から思いっきり目を逸らす。
そしてどんどん顔色が悪くなっていく。
「このことは、きっちり報告させてもらいます─────ヨナスさ……ああ、いえ、カス殿下!」
「カス……」
「ええ、ぜひ国に戻ったら改名をオススメするわ」
「……」
ガクッと膝をついたヨナスはこの世の終わりみたいな絶望の表情を浮かべていた。
────
「ほっほっほ! 見た? ヨナスのあの顔! 傑作よ!」
「……」
絶望顔のまま無抵抗で馬車に乗せられて帰国していくヨナスを見送ったあと、部屋に戻った私はお腹を抱えて思いっきり笑った。
「私個人に対する慰謝料に、“モーフェット国の王女”に危害を加えた罪で、我が国への慰謝料も加わるんだから、とんだお間抜けさんよね~」
「……」
「ほっほっほ! そんなにお金を払いたくて払いたくて仕方がなかったのかしら」
「……」
ここでエリオットがずっと下を向いていて無言だということに気付く。
顔を上げて呼びかけてみる。
「エリオット?」
「……」
「黙り込んじゃってどうし、」
「────ウェンディ様!!」
エリオットは、勢いよく顔を上げるとガバッと思いっきり私に抱きついた。
そして、その身体は震えていた。
「────!?」
「……鈴の音、が聞こえた瞬間、生きた心地がしませんでした」
「エリオット……?」
私は腕を回してそっとエリオットの背中をさする。
すると、エリオットは腕にギュッと力を込めた。
「あなたを野放しにすると、心臓がいくつあっても足りません」
「はぁ!? ちょっ……」
「ですが、あの鈴をあなたがずっと持ってくれていることも嬉しいのです」
「!」
常にドレスの何処かしらに忍ばせているのだけど、何だか恥ずかしくて言えない。
「……ウェンディ様なら、あの場でわざわざ俺を呼ばなくてもヨナス殿下を蹴り飛ばして事を終えることも出来たでしょう」
確かに。
身体は余裕で動けたのだから、あの場では油断しているヨナスを蹴り倒すことも出来なくはなかった。
(頭の中、エリオットを呼ぶことしか考えてなかったわ……)
私もギュッとエリオットの身体を抱きしめ返す。
「あ、当たり前でしょ……」
「?」
「私だって守られたい時もあるのよ!」
「…………なんですか、それ」
エリオットの呆れた声が頭上から聞こえる。
「心配しなくても、これからもずっとあなたのことは俺がお護りしますよ」
「そ……それは、“王女の護衛”として?」
「……」
私が聞き返すとエリオットが黙り込む。
「エリオット?」
「……」
エリオットがそっと私の耳元に顔を寄せた。
「俺としましては、生涯の伴侶がいいんですけど」
「───え?」
「……」
エリオットの顔を見ようと顔を動かそうとした。
しかし、エリオットの手が私の後頭部に回っていたので動かせなかった。
(しょ……生涯の伴侶って!)
「───先程の話の続きです」
「え!」
なんで今!? そう思って気の抜けた声が出てしまう。
「聞いてくれると約束しましたよね?」
「え、ええ。聞く……けど」
「……」
エリオットはもう一度ギュッと私を抱きしめた。
とても温かくて心地よくて心が満たされる。
「ウェンディ様も知っての通り、俺は爵位を持てない次男です」
「そう、ね? だから騎士になったんでしょう?」
どうしても次男以下は自分の力で生きていく道を見つけねばならない。
「だから今のままの俺では、あなたを迎えることが出来ません」
「……え?」
「ウェンディ様とヨナス殿下の婚約破棄が成立した後、俺は陛下の元に直談判に行きました」
「じ……」
(直談判!?)
まさかの発言にギョッとする。
それが伝わったのかエリオットはクスリと小さく笑った気配がした。
「護衛騎士としてだけでなく、ウェンディ様の人生丸ごと護れる存在になれる為の力が欲しい、と」
「なっ! しょ、正気なの!?」
「もちろんです」
私の問いかけに即答するエリオット。
「色々考えましたが───俺としてはどんな形であってもウェンディ様といられれば別に構わないのですが、あなたは王女殿下なので……」
「……」
「やはり、苦労させたくありませんから爵位はあった方がいいかなと思い、ダメ元でお願いを」
「……」
エリオットは少し身体を離すと言葉を失っている私の瞳をじっと見つめる。
そして、フッと優しく笑う。
ドキンッと私の胸が跳ねた。
「────ウェンディ・モーフェット王女殿下」
「!」
「先程も告げたように俺は、あなたのことを愛しています」
「……!」
エリオットがそっと私の手を取り握りしめた。
私の心臓が破裂しそうなくらいバックンバックン鳴っている。
私は自分の胸をキュッと押さえた。
「これからの人生は、俺と共に“公爵夫人”として生きてくれませんか?」
658
あなたにおすすめの小説
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから
越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。
新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。
一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?
私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?
睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。
※全6話完結です。
婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~
ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。
しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。
周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。
だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。
実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。
追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。
作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。
そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。
「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に!
一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。
エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。
公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀……
さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ!
**婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛**
胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!
とある伯爵の憂鬱
如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。
赤毛の伯爵令嬢
もも野はち助
恋愛
【あらすじ】
幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。
しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。
※1:本編17話+番外編4話。
※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。
※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。
婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』
鍛高譚
恋愛
王都の華と称されながら、婚約者である第二王子から一方的に婚約破棄された公爵令嬢エリシア。
理由は――「君は完璧すぎて可愛げがない」。
失意……かと思いきや。
「……これで、やっと毎日お昼まで寝られますわ!」
即日荷造りし、誰も寄りつかない“氷霧の辺境”へ隠居を決める。
ところが、その地を治める“氷の公爵”アークライトは、王都では冷酷無比と恐れられる人物だった。
---
【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!
白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。
婚約者ではないのに、です。
それに、いじめた記憶も一切ありません。
私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。
第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。
カクヨムにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる