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第十三話
しおりを挟む「こんにちは、リラジエ」
「いらっしゃいませ、ジークフリート様」
今日はジークフリート様とのデートの日。
私とジークフリート様の交際は順調で、彼はこうして頻繁に訪ねて来てくれるようになった。
「はい、これ。今日のお花」
「あ、赤いチューリップですか?」
「うん、僕の気持ち。花に託してみた」
赤いチューリップの花言葉は……永遠の愛。
定番の赤い薔薇ではない所にジークフリート様の心が見えた気がした。
(薔薇だと、どうしてもお姉様を連想してしまうから)
「ありがとうございます! でも、なんだかいつも申し訳ないです」
「いいんだよ、僕が贈りたくて贈ってるのだから」
私が微笑みながら受け取ると、ジークフリート様も嬉しそうに笑ってくれた。
その事がすごく嬉しい。
ジークフリート様は訪ねてくる度に、こうしていつも花を一輪だけ持って来てくれる。
何故、お花? そして一輪なの? と前に尋ねたら、
「本当は花束にしたいけど、多くなり過ぎても困るしね。なら他の贈り物をと思ってもきっとリラジエは遠慮して受け取ってくれない気がするから」
と笑って言われたわ。
確かにお花だから気軽につい受け取ってしまうけれど、これが宝石だとかアクセサリーだとかになれば話は別。
こ、恋人関係……であっても恐れ多くて受け取れないわ。
そんな私の心を読んだかのように、ジークフリート様はいつも違うお花をくれるので、これは最近の私の密かな楽しみになっていたりする。
(花言葉が愛情で溢れてるのもきっと色々考えて選んでるに違いない)
こうして屋敷を訪ねて来るジークフリート様とお出かけするのも何回目かしら?
もう、デ、デ、デート! なんて吃ったりしない。
あまり外に出るのは好きでは無かったのに、ジークフリート様とお出かけするのは楽しい! と思えるのだから不思議だなと思う。
「ジークフリート様……」
「ん?」
「私……ジークフリート様の事、大好きです」
「!?」
私がちょっとはにかみながらそう伝えると、ジークフリート様は動揺したのか、みるみるうちに真っ赤になり固まった。
「ジークフリート様?」
「ふ、ふ、不意打ちはずるい!!」
そんな言葉を真っ赤な顔で叫ぶジークフリート様が可笑しくて可愛くて、やっぱりこの人の事が好きだなって思う。
「ふふ」
「そ、そんな、可愛い顔して笑っても駄目だ!!」
「ふふふ」
まさか、こんな幸せだって思える日々が、自分に来るなんて思いもしなかった。
◇◇◇
馬車に乗り込むと、
「リラジエ、あのさ……ちょっといいかな?」
と、ジークフリート様が神妙な顔をして尋ねてきた。
「?」
「今日はね、会ってもらいたい人がいるんだ」
「どなたですか?」
ジークフリート様が人を紹介したいなんて珍しいわ。
「妹のミディア、なんだけど。その、どうしてもリラジエに会わせろと言って聞かなくてさ。どうだろうか?」
「まぁ!」
ジークフリート様の妹、ミディア様と言ったら、あの初めてのデートの時の美味しかったケーキとタルトのお店をジークフリート様におすすめしてくれた方!
それと、ついうっかり話題に出そうものなら、お姉様が忌々しい顔をするあのお茶会でも、ジークフリート様への報告係をされていたのよね。
「……ちょっと侯爵令嬢とは思えないくらい破天荒な妹なんだけど、会ってくれるかな?」
「破天荒」
それは色んな意味で気になる妹さんね?
「会ってみたいです!」
「そっか、良かった。ミディアも喜ぶよ」
「でも、ジークフリート様の家族にお会いすると思うと……緊張しますね」
私がちょっと照れながら言うとジークフリート様が優しく笑う。
「今日は、父上と母上は居ないんだ。でも、次の機会には紹介させて?」
「は、はい!」
ならば、その時まで失礼の無いようにマナーをしっかり学んでおかないと!!
私はそう密かに決心した。
「……ところで、リラジエ」
ジークフリート様の声が真面目なものに変わる。
「はい!」
「伯爵……君の父上から婚約の話は聞いた?」
「あ、そ、それが……何も……」
「……」
私が首を横に降るとジークフリート様が何かを考え込む表情になった。
「お父様は、社交界デビュー後に私に話をするつもりなのでしょうか?」
エスコートの事を考えると、ジークフリート様が婚約者になるのだとはっきりさせておいた方が良いはずなのに。
まだ私に黙っておく理由が分からないわ。
「…………それならいいのだけどね」
ジークフリート様が一瞬険しい表情を見せる。
「ジークフリート様?」
「ん? ごめん、何でもないよ。ただ、ちょっと気になっただけなんだ」
「気になる?」
そう言ってジークフリート様は、いつもの優しい顔に戻って私の頭を優しく撫でた。
「ごめん、変な事を言って」
「いえ……」
「今のうちに、話を進めておきたかったんだけどな……これは……」
「……」
…………妙な胸騒ぎがするのはどうしてかしら?
「リラジエ」
そう言ってジークフリート様が今度は優しく私を抱き締める。
まるでたった今、感じた不安な気持ちを吹き飛ばすように。
「好きだよ」
「!!」
そんな、甘いセリフを耳元で囁かれた私は真っ赤になる。
「可愛いね」
「もう!!」
「本当だよー……」
そして、ジークフリート様の顔が近付いてきて私達の唇がそっと重なる。
「ん……」
甘くて照れくさくて……でも、とっても幸せで。
ずっとこんな時間が続いて欲しい───
そんな事を思いながらしばらくの間、私達はこうしてお互いを抱きしめ合っていた。
◇◇◇
「お待ちしてましたわーーーー」
「!?」
フェルスター侯爵家の屋敷に着くなり、ジークフリート様によく似た綺麗な女性が飛び出して来て私に抱き着いた。
「こら、ミディア! 離れろ。それから許可なく僕のリラジエに触れるな! それと挨拶もしないで失礼だろ!!」
ジークフリート様が叱る。
「うっ……でも、お兄様、許可なく触れるなとは……心が狭いと思いますわ」
「何とでも言え。誰であろうと無闇やたらに僕の許可無くリラジエに触られるのは面白くないんだ」
「なんて事。恋人になった途端のその束縛ぶり! ……嫉妬深い男は嫌われますわよ?」
「嫌われない。リラジエはそんな事で僕を嫌う子じゃない」
「恐ろしい程、自信過剰になってますわね……」
えっと……? この会話はいったい……
私が困惑していると、その女性は私から離れ、一歩下がってお辞儀をして挨拶をしてくれた。
「……失礼致しました。ようこそフェルスター侯爵家へ。わたくし、ミディアと申します」
「リ、リラジエ・アボットと申します。こちらこそよろしくお願いします」
慌てて私も挨拶を返す。
こういうのは、慣れないし苦手だわ。
でも、これからはそんな事は言っていられない。
私はチラリと隣に立つジークフリート様を見る。
(だって、私はジークフリート様の隣に立つのに相応しい女性になりたいの!)
「ん? どうした? リラジエ」
「! い、いえ!!」
「そう?」
見つめていたのがバレてしまい、甘く蕩ける様な瞳で見つめ返された。
そ、その顔とその目は……私の心臓が……破裂する……ので控えめにお願いしたいわ。
なんて、考えていたら目の前のミディア様が唖然とした表情でプルプルと震えていた。
「!?」
どうされたのかしら? まさか私、何か失礼な事を……?
と、不安になったのだけど、
「こ、こ、これは……」
「これ?」
私は首を傾げる。何かしら?
「これは誰ですのぉーー!? こんなお兄様初めて見ましたわぁぁ!!」
「え?」
「おい! ミディア!!」
ミディア様の驚愕の叫び声が侯爵家の入口に響き渡った。
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