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第十四話
しおりを挟む「ちょっ……お兄様、離してくださいませ!」
「駄目だ。とにかく中に入るぞ! このままここに居たらリラジエが困るだろ」
「それは! そうですが! だってお兄様がお兄様ではないんですもの!」
「はぁ? 意味不明な事を言うな。僕は僕だろう? ったく、もう行くぞ!」
「でーすーかーらー……」
侯爵家の入口で驚愕の叫び声をあげたミディア様は、ジークフリート様に首根っこを掴まれて屋敷の中へと連れて行かれた。
「えぇぇ……?」
私にはお姉様しかいないから、分からないわ。
兄妹ってこういうものなのかしら??
そしてこれがこの侯爵家兄妹の日常茶飯事なのか……
使用人は誰一人として驚く人はおらず、私だけがその光景に目を丸くしていた。
「コホンッ……その、大変失礼致しましたわ」
「い、いえ」
今、私達は侯爵家の応接室でお茶を飲んでいる。
私の隣にはジークフリート様。
私達の向かいにミディア様といった形だ。
「いえ、分かってはいたのです。お兄様から毎日毎日惚気を聞かされている身としましては、その……お兄様がリラジエ様の事をすごくすごく大好きな事は充分すぎるくらい知ってはいたのです……が! 実際に目の当たりにしましたらつい驚きが隠せませんでした」
「ミディア! 変な言い方をしないでくれ!」
すごくすごく大好き……その言葉に私はうっかり反応してしまい、思わず口元が緩みそうになる。
「本当の事ではありませんか! 寝ても醒めても、やれリラジエ様が可愛い、リラジエ様が愛しいだのと毎日毎日わたくしはお兄様から聞かされているのですよ? おかげで、リラジエ様には初めてお会いしたのに親近感しか湧きませんわ!」
「当たり前だろ。リラジエはとっても可愛いんだから当然だ!」
と、謎の力説をするジークフリート様。
「えぇ、想像以上にとても可愛らしい方で驚いてます! さすが、わたくしのお兄様! 良くやった! と思っていますわ」
「いや、何で上から目線なんだよ? だがお前にも分かるはずだ。リラジエは、こう……毎日愛でたくなるくらい可愛いだろう?」
「そうですわね! 本当に可愛いですわ。お兄様の気持ちとっても分かります!」
何故かうんうんと力強く頷くミディア様。
ど、どうしよう。
さっきからこの兄妹の会話の中で可愛い可愛い言われすぎて頭の中がパンクしそう!
もう無理!
「あ、あの……ジークフリート様」
私はちょんちょんとジークフリート様の服の袖を引っ張った。
「どうした? リラジエ」
「は、は、恥ずかしいので……出来れば、こ、ここまででお願いします!!」
「「!!」」
私が顔を真っ赤にしながらそう控え目に訴えると、何故かこの似た者兄妹はハッと息を呑む。
そして、何故か今度は2人揃って悶え始めた。
「え……?」
どうして、悪化したの??
「……ミディア!」
「お兄様……!!」
ジークフリート様がミディア様の名前を呼ぶ。
そして、ミディア様も同じように呼び返す。
そのまま2人は、うんうんと頷きあっていた。
す、凄いわ。名前を呼び合うだけで会話が成立している!
なんて仲が良いのかしら!
そんな2人を見ながら、ミディア様はジークフリート様と本当によく似ているわ、としみじみ思った。
外見もそうだけど、醸し出す雰囲気も。
そして、元気いっぱいで楽しい方だわ。
そんなミディア様を好きだと思った。
そして、ようやく落ち着き? を取り戻したミディア様がジークフリート様を見ながら言った。
「お兄様、わたくし女同士の話がしたいわ。少し席を外していただけます?」
「……え」
ジークフリート様が心底嫌そうな顔をした。
このままここにいたいと顔の全体に書いてあった。
「まぁ! 女同士の話に混ざろうと? 無粋ですわよ。リラジエ様に嫌われてもいいんですの?」
「うっ…………それは、それだけは絶対に嫌だ」
「なら決まりですわね!」
「くっ!」
この時のミディア様の笑顔の圧は凄かった。
……どことなくジークフリート様を彷彿させたのは気のせいでは無いと思う。
──何かされそうになったら大声で僕を呼んで? すぐ駆け付ける!
ジークフリート様はそう言ってすごすごと部屋から出て行った。
その背中はどこか寂しそうだった。
(ミディア様って強いわ!)
私は素直に感心する。
私も強くなりたい。……お姉様に負けないように。
「さて! リラジエ様!」
「はい!」
ジークフリート様の追い出しに成功したミディア様がとてもいい笑顔で振り返った。
「改めまして、今日は突然、呼び出して申し訳ございませんでしたわ。でも、わたくしどうしてもリラジエ様にお会いしたくてお兄様に無理を言いましたの」
「わ、私こそ、ミディア様にお会いできて光栄です!」
ミディア様は私をじっと見つめる。
そして、ぽそりと呟いた。
「本当に毒薔薇様とは似ても似つかないのですね……」
「え?」
お姉様の名前が出てびっくりしてしまった。
「あ、ごめんなさい! 嫌な意味ではありません! あの毒薔薇様の妹とは思えないくらい可愛らしい方だから驚いてしまったのですわ!」
「似てない……のは、その通りですが私が可愛いかは……」
私が言葉を濁すと、ミディア様はそんな事ありません! と力一杯に叫んだ。
「あの、お兄様が! わたくしの見た事の無い顔をしてメロメロなんですわよ!?」
「メロメロ」
「ちなみに毎日、リラジエ様の話をわたくしにする時はデレデレですわよ!」
「デレデレ」
デレデレのジークフリート様の様子も、気になるけれど毎日私の話とは……??
「さっきのあの甘い瞳に甘い顔!! あんなお兄様はわたくし初めて見ました! リラジエ様は本当にお兄様に愛されてます!」
(愛されて……)
ポポポ……
その言葉が嬉しくて思わず頬が赤く染まる。
「あ、す、すみません、私……!」
あまりにも恥ずかしくて顔を覆うと、何故かミディア様は「本当に可愛いわ! お兄様……よく我慢出来ていますわね……」と真面目な顔で呟いていた。
我慢?
「今でもお兄様が恋に落ちた日を思い出しますわ」
ふふふ、とミディア様が笑う。
「恋に落ちた日、ですか?」
「そうですわ! お兄様がリラジエ様に一目惚れした日ですわ!」
あ! そう言えば具体的な話は聞いていなかったわ。
ひ、ひ、一目惚れだったとは聞いたけれど!
「私、まだ、その話は具体的には聞いていないのです」
「そうなんですの? ではわたくしからはあまり話さない方がいいかしら? それともこっそり……」
うふふ……と、いたずらっ子のように笑うミディア様が面白くて私も笑ってしまった。
その後もあの初デートの前日に、浮かれて興奮しまくったジークフリート様のお話や、私とのお付き合いが始まった日の更に輪をかけて浮かれまくっていたという、恐らくジークフリート様が耳にしたら顔を真っ赤にして止めに入るんだろうなぁ、という話をたくさん聞いた後、ミディア様はちょっと真面目な顔になって言った。
「──今日お呼びしたのは、わたくしがお兄様をメロメロにしているリラジエ様に会いたかった事はもちろんですけれど……」
メロメロ……うぅ、やっぱり照れるわ……!
「お兄様もお兄様で、リラジエ様とわたくしを会わせる事に思惑があったのだと思います」
「思惑?」
私が不思議そうな顔をしたのが分かったのか、ミディア様がニッコリ笑う。
(ジークフリート様とよく似た微笑み! さすが兄妹だわ!)
「リラジエ様に同世代の友人を作る事ですわ! わたくしにリラジエ様の味方になって欲しかったのだと思ってます」
「私の味方……?」
「リラジエ様がこれからデビューして足を踏み入れる事になる社交界はドロドロしていますからね……特に女の世界は」
ごくり。その言葉に唾を飲み込む。
「わたくしは、こう見えて侯爵令嬢でしてよ。何かあった時にリラジエ様の力になれると思いますわ。ですからいざと言う時はお兄様だけでなく、私の事も頼って下さいな」
「ミディア様……」
「あ! 特技は猫かぶりなので、ご心配なさらないでくださいまし!」
ぷっ……
その言葉に思わず吹き出してしまった。
「え? 何で笑うんですの??」
そんなミディア様こそ、可愛いと思った。
一通り笑いあった後、ミディア様は言った。
「リラジエ様のお姉様……毒薔薇様は孤独な方です。あの方には女性の友人がいません」
「そうですね……」
お姉様は男性にチヤホヤされているけれど、同性からは避けられ友人の話など一度も聞いたことが無い。
「マディーナ様のお茶会でわたくし達はその事も諭したのですが……」
その先は言われなくても分かる。
お姉様は拒絶したのね。
「毒薔薇様……最終的には全員に喧嘩を売っていましたわ」
「え!」
「マディーナ様にも、最初は擦り寄っていたのですけど、最後は『公爵令嬢だかなんだか知らないけど偉そうに!』と暴言吐いてましたわね……怖いもの知らずと言いますか……」
な、なんて事を……!!
「マ、マディーナ様は……その?」
「笑い飛ばしてましたわね。見た目は薔薇の様に綺麗でも中身のない空っぽな女だと」
「……」
多方面に喧嘩を売り、事もあろうか主催者であり、格上……雲の上の存在に近いマディーナ様にまで!
何だかお茶会の地獄絵図の様なものが頭に浮かんでしまった。
それよりも、我が家は取り潰されるのでは??
胸騒ぎの正体はこれかしら……
「ですけど、リラジエ様」
「何でしょうか?」
「あなたのお姉様は……わたくしがお兄様の妹と知るや否や、コロッと態度を変えて来たのです」
そして、ミディア様が目を伏せながら言った。
「その後、わたくしに向かってこうも言ったのです」
「?」
「『私達は将来義理の姉妹になるのだから、あなたとはぜひ仲良くしたいわね』……と」
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