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8. 楽しかった思い出
しおりを挟む───その夜、夢を見た。
まだ、私とヒューズが仲良く遊んでいた子供の頃の夢だった。
『オリヴィア、今日はこれだ!』
その日も、私の元に遊びに来たヒューズ。
顔は得意気な表情で手には紙……手紙のような物が握られている。
『ヒューズ、またなの? 全然懲りないのね』
『いいだろう? 何度工夫しても、オリヴィアは簡単に解いちゃうから悔しいんだ』
『もう! 本当に負けず嫌いなんだから』
最近の私達は、互いに手紙を送り合う事にハマっていた。
それも、ただの手紙では無くて、文字を暗号にして中身を解読出来るかを競う、という物。
ヒューズは毎回凝った暗号の手紙をたくさん用意して来たけれど、私はこれまで全て解読していた。
『あら? 今日の手紙は……』
けれど、その日の手紙はいつもと一味違った。
内容はほぼ真っ白。
唯一、書いてある文字は……何かのヒント?
『今日は特殊な紙とインクを使ってみたんだ。読む為のヒントがここに書いてある』
『えぇえ? 何だかとっても面倒臭いわよ?』
中身の解読だけでなく、そもそも読ませる段階から仕掛けてくるとは。
ヒューズの本気が窺える。
『しょうがないだろう? 普通の暗号にしただけじゃ勝負にならないんだからさ。だから俺は別の点からも工夫する事にしたんだ』
『凝り性なのね』
『性格だ』
ヒューズが口を尖らせながらそんな事を言う。
この暗号解読は、何がきっかけで始まった遊び兼勝負だったかは、もう正直うろ覚えだったけれど、ヒューズも楽しんでいるなら私も嬉しい。
『解読はこれからするとして……特殊な紙とインクはどうやって手に入れたの?』
『父さんが持ってた』
『侯爵様が?』
まさか、ヒューズ……それを勝手に拝借したのでは? なんて疑いの目を向けたらヒューズは真っ赤になって怒リ出す。
『おい、オリヴィア! お前、何て目で俺を見るんだよ!』
『あ、あら? バレてる……?』
『お前は顔に全部出ているから分かりやすい! これは、ちゃんと父さんに話をして2枚だけ分けてもらった紙だ! インクも特別に貸してもらった』
『わ、分かったわ! 分かったから……疑ってごめんなさい』
そんな貴重な2枚しかない紙のうちの1枚を私とのこんな遊びに使っていいのかしら? と思いつつ、私は手紙の解読にとりかかかる。
『今回だけの特殊な手紙だぞ。いくらオリヴィアでもそう簡単には解けない……はずだ!』
そう、得意気に語るヒューズが何だか可愛かった。
─────……
「朝……?」
まだ、可愛いかったヒューズの顔を見た所で目が覚めた。
「夢かぁ……あの頃は楽しかったなー……」
思わずそんな言葉が口から出てしまう。
子供の頃は互いの家を行き来して、私達はよく遊んでいた。
今、夢に見た手紙の暗号解読もその頃の遊びの一つ。
ヒューズはいつだってあれよこれよと手の込んだ工夫をして、他人には分からない私達だけのやり取りを楽しんだ。
「……手紙かぁ」
読まずにどこかにいってしまったと思われる手紙の事を思い出した。
もしかして、あの5年ぶりの手紙もヒューズの事だから何か手が込んだ仕掛けをしていたのかもしれない。
「……」
(夢のせいかしらね。 手紙の事が無性に気になる)
あの時、私が手紙を読んでいない事にヒューズはかなりショックを受けた様子だった。
婚約を申し込んだ理由がそこには書かれていたみたいだけど、あの様子だとそれだけではなかった?
でも───……
そんな事を考えていたら、部屋の扉がノックされた。
どうやら起床時間らしい。
「おはようございます、奥様──って、もうお目覚めでしたか」
「えぇ、おはよう」
挨拶を交わすと、朝の支度が始まる。
(……ヒューズと顔を合わせるのは少し気まずいわ)
昨日の帰りはずっと手を握られていたけれど、ヒューズの口数は少なくて殆ど話をしてくれなかった。
その後も、ヒューズは私を迎えに行く為に仕事を抜けて来てくれていたので、慌てて仕事に戻って行った。
それからは顔を合わせる事も無く、今こうして朝を迎えた。
(私、ヒューズに迷惑しかかけてない……)
ヨーゼフ殿下がわざわざ私を呼び出して何をしたかったのかも、さっぱり分からなかった。
私とヒューズの結婚生活に何やら嫌味を言っていたけれど、それこそ今更だ。
(関係ないシシリーさんも口を挟んでくるし)
「ヨーゼフ殿下……」
ヨーゼフ殿下からの婚約の申し込みは、私がヒューズに「嫌いだ」と言われて少し経ってから届いた。
その頃の私は悲しくて悲しくて、こっそり夢見ていた事が粉々に砕け散って毎日落ち込んでいた。
次にヒューズに会ったら一発ぐらい殴らせて貰おうか……なんて考えていたのに、何故かヒューズは私の目の前から姿を消してしまってますます落ち込んだ。
(ただ“嫌い”なだけではなく、もう顔も見たくないくらい嫌いなのね……酷い! って思ったっけ……)
そんな頃に届いた王子からの婚約の申し込み。
全く気乗りしなかったのに、お父様を始めとした家族は喜び、嫌だなんて口に出来る雰囲気では無かった。
たまに開かれていた王宮主催のお茶会くらいでしか面識の無かったヨーゼフ殿下。
私は大勢の婚約者候補の一人に過ぎなかったはずなのに私が選ばれた。
(そうして今回のヒューズとの結婚のように無理やり押し切られて婚約してしまったわけだけど)
待っていたのは婚約破棄。
「大好きな人と愛し愛されて結婚……なんて、夢のまた夢なのね」
「オリヴィア様? 何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、何でもないわ」
そう言えば、ヒューズに昔、“憧れの結婚式”の話なんていうのもしたなぁ……なんて事をふと朝の支度をしながら思い出した。
◇◇◇◇◇
「おはよう、オリヴィア」
「おはよう」
「……」
「……」
言葉が続かないせいで、気まずくて私は俯く。
何を話せばいいのか分からない。
「…………たか?」
「え?」
ヒューズが何かを言ったので、私は顔を上げる。
心ここに在らずだったせいで全く聞いていなかった。
「……よく、眠れたか? その、色々あった……から」
「え、あ、あぁ……そうね、色々……でも眠れた、わ」
「……そうか」
ヒューズもぎこちないけれど、私の受け答えもしどろもどろ。
(昔のあなたとの夢を見たの。楽しかったあの頃……)
あの頃は無邪気に笑い合っていた私達……なのに、今はこんなにも近くにいるのに遠い。
私達は“夫婦”のはずなのに。
「ねぇ、ヒューズ」
「……何だ?」
「……もう一発くらいあなたを殴らせて? 」
「は?」
私の言葉にヒューズの目が丸くなる。かなり驚いているらしい。
「何かこう、色々思い出したらムカムカと……」
「待て待て待て待て! オリヴィアがそう言いたい気持ちは分かる! 分かるんだが……!」
ヒューズが必死に私を止めて来る。
まぁ、誰だって殴られたくはないものね。
「ダメなの?」
「ちょっと領地に行ってこようと思ってるから、顔を腫らして行くのだけはちょっと勘弁させてくれ」
「え? 領地?」
突然何の話かと今度は私の方が目を丸くする番だった。
「そうだ」
「どうしてわざわざ? 何か問題でも起きたの?」
とは思うけど領地には侯爵夫妻がいるはず……ヒューズが行く必要は無い。
「そういうトラブルの類いではない。俺が個人的な用事で父上に会いたいだけだ」
「個人的な用事?」
やっぱり重要な何からしい。
「あぁ……やっぱりあれじゃないと駄目みたいだから」
「ヒューズ?」
「いや……こっちの話だ」
私が首を傾げて聞き返すと、ヒューズは切なそうな顔で笑った。
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