10 / 27
9. 異変
しおりを挟む「……オリヴィアも一緒に行くか?」
「え?」
「我が家の領地」
切なそうに笑っていたヒューズが何か考え込む様子を見せたと思ったら、突然そんな事を言って来た。
「私も?」
「父上と母上と顔を合わせていない事を気にしていたから……と思ったんだが」
「それは……確かに挨拶はしたいと思っているけれど」
見送る気満々だったので、まさか一緒に行こうと言われるなんて思ってもみなかった。
驚きを隠せずにいる私に対してヒューズはまだ、どこか切なそうな顔をしている。
「…………それに、今、オリヴィアを一人にするのは……不安だ」
「不安?」
私が留守番も出来ないお子様だとでも言いたいの?
そんな気持ちでヒューズを見たら彼は難しい顔をしていた。
(何でそんな顔を?)
ヒューズがそんな顔をしていた理由はすぐに分かった。
「ヨーゼフ殿下の事だよ。俺がいない間にまたオリヴィアを呼び出すかもしれないだろ?」
「あ……」
「むしろ、俺が傍にいない事を知った殿下は、間違いなくオリヴィアを呼び出すだろうよ。何かあっても領地からはすぐに駆け付けられないし」
「……」
確かにあの殿下の様子だと有り得そうな事だ。
「……ヨーゼフ殿下は今更、何がしたいのよ……」
「……」
そんな私のぼやきにヒューズは難しい顔をしたまま答えてはくれなかった。
◇◇◇◇◇
「……えっと、どうしてこうなるの?」
「別におかしな事では無いだろう?」
私の疑問に対して、明らかに開き直った様子のヒューズがそう答える。
「いえ、おかしいと思うわ!」
「おかしくはない!」
「いいえ!」
「何だと!?」
こうして、私達のいがみ合いが開始した。
結局、私はヒューズと一緒に領地へと行く事に決めた。
(ヒューズと一緒に……胸がドキドキするのは何で……?)
決して、一緒に出かけられる事が楽しみだから。そんな理由では無い!
と自分に言い聞かせて馬車に乗り込んだら、今回もヒューズは向かい側ではなく私の隣に腰を下ろしていた。
それをどうして? と咎めたら言い合いに発展してしまったのだけど。
(本当に何やってるのかしら……)
こんな馬鹿みたいな言い合いではなくて、本当に話さなくてはいけない事はたくさんあるはずなのに。
そんな事を考えていたら、ヒューズが突然声を張り上げた。
「オ……オリヴィアに触れられる事は分かったから、少しでも触れていたいんだよ!」
「え?」
そう顔を赤くして怒鳴ったヒューズは座った姿勢のまま、腕を回して私を抱き寄せる。
私はヒューズの胸の中に飛び込む形になってしまった。
(!?)
「触れる事も出来ない……の…………だとずっと思っていた! でも違った。だから……」
「ヒュ、ヒューズ!?」
「少しでもオリヴィアに……あ……妻に触れていたい」
「??」
完全に話が見えない。何の話をしているの?
(あと、所々にある変な間はいったい何……?)
ヒューズの口にする言葉にたまに妙な間があるのは再会してからも感じていたけれど……
これはさすがに何だか不自然な感じがする。
「……ヒューズ、あなたやっぱりおかしい」
「そうだな。自分でも分かっている」
「!」
そんなにあっさり認めるのかとこっちが拍子抜けしてしまう。
「5年前から……」
「え?」
“5年前”というフレーズに私の胸がドキッとする。
「思うようにいかない事ばかりなんだ」
ヒューズがそう呟きながら、何故か私をギュッと抱きしめてくる。
「ヒューズ?」
「……ずっと理由が分からなかった。分からなくて苦しくて……合わせる顔がなくて……自暴自棄になっていた俺は、命じられるがまま家を離れた」
「……ねぇ、何の話?」
話が見えない上に、ヒューズの声が震えている。
今、彼はどんな顔をして話をしているのだろう。
「俺が弱くて情けないという話だ。ようやく全てを知った頃には……何もかもが手遅れだった……でも」
「でも?」
「オリヴィアは今、ここにいる……」
「私……?」
そう言ったヒューズの私を抱きしめる力が更に強くなった。
苦しいくらい。
「……オリヴィア」
「な、何?」
「…………俺の事は嫌いで構わない。だけど、そばにいて欲しい」
「っ!」
なんて要求をするのよ。意味が分からない。
「ヒューズ、あなた……無茶苦茶な事を言っている自覚はある?」
「……ある」
ヒューズは迷うこと無くそう答えた。
「すまない、オリヴィア。俺のあ…………重いんだ」
「??」
また、不自然な間があった。何が重いのよ!? 私の事じゃないわよね!?
「ヒューズ、あなたの言っている事が時々よく分からないわ」
「すまない」
「私は謝って欲しいわけではなくて!」
「分かっている! だが、今はこれしか言えないんだ……すまない」
「……」
そう言われてしまった私は何も言葉を返せない。
「…………じゃあ、話を変えるわ。ねぇ、ヒューズ。さっきあなた、命じられるがまま家を離れたと言っていたけれど」
「あぁ」
「それって、5年前よね?」
あなたはある日、暴言を吐いた後、居なくなった──
「命じたのは誰なの?」
「……ヨーゼフ殿下」
「!」
また、ここであの王子かと頭を抱えたくなる。
でも、そんな事よりも今は聞きたい。ヒューズはずっと……
「……どこに行っていたの?」
私はおそるおそる訊ねる。
「辺境伯領……国境付近だな」
「え!」
驚いた私は思わず身体を離してヒューズを見つめる。
「ぶ、無事だったの!?」
「何を言ってるんだよ、無事だったから今、俺はここにこうしているんだろ?」
「……! そ、それはそうだけど……」
ヒューズの話が本当なら、当時、国境付近の辺境伯領は隣国との関係が悪化して戦闘や小競り合いを繰り返していた。今は休戦している。
(そんな所に行くようにと、ヨーゼフ殿下がヒューズに命じたの? どうして?)
「……休戦して、ようやく帰れるとなった頃に……オリヴィアがヨーゼフ殿下に婚約破棄された事を知った……だから俺は急いで戻った」
「ヒューズ……」
(む、胸が……ドキドキする)
それは、まるで“ヒューズが私と結婚したかったから急いで戻って来た”と言われているように聞こえたから。
ヒューズは私の事を嫌いなはずなのに……
(困る……そんなの……困るわ)
私の心はより一層落ち着かなくなった。
◇◇◇◇◇◇
「あ、ヒューズ! あそこにヒューズの好きな串焼きの屋台があるわよ」
「え?」
私達は途中で休憩を取る事になり、そこで立ち寄った街の中に屋台があった。
その中に私はヒューズの好きだった串焼きの屋台があるのを見つけた。
(平民のフリをして二人でよく街に行った時に食べたのよね)
「あぁ、本当だな」
「ヒューズ食べたい? 買っていく?」
私が訊ねると、ヒューズは苦笑いをした。
「オリヴィアが食べたいだけだろ?」
「……な、なんで分かったの!?」
「言っただろ? オリヴィアは分かりやすいんだって」
「……うっ!」
図星を指された私は赤くなる。
「ははは、さすがオリヴィア。顔が赤くなったな。か───……っ」
「ヒューズ?」
「……っ」
ヒューズが、口元を押さえたまま黙り込む。
まただ。また、ヒューズは変な所で言葉を切る。
(やっぱりどこかおかしい……?)
モヤモヤしながらも私は話を続ける。
「い、いいのよ! 美味しいもの。ヒューズだって好きでしょう?」
「俺は嫌いだ」
「え?」
私は思わず自分の耳を疑った。
ヒューズは今、なんて言った……?
「? 何だその顔は。オリヴィアが言ったんだぞ? だから、俺は昔からあの串焼きは、き───……あっ」
ヒューズは明らかに動揺してその場に固まった。
69
あなたにおすすめの小説
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
何も決めなかった王国は、静かに席を失う』
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。
だが――
彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。
ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。
婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。
制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく――
けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。
一方、帝国は違った。
完璧ではなくとも、期限内に返事をする。
責任を分け、判断を止めない。
その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。
王国は滅びない。
だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。
――そして迎える、最後の選択。
これは、
剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。
何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
愛しい人を手に入れるまでの、とある伯爵令息の話
ひとみん
恋愛
ペルソン伯爵令息レナードは、評判の悪い公爵令嬢メーガン・ティラーと婚約せざるおえなくなる。
だがその一年後、彼女の方から声高に婚約破棄を言い渡された。
理由は彼が「ドケチだから」と。
ようやく本当に愛する人を迎えに行けると、喜びを隠し切れないレナードと彼らを取り巻く人たちのお話。
流行りの婚約破棄ものを書きたくて挑戦。広いお心で読んでいただけたらと思います。
16話完結です。
ゆるゆるご都合主義ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
なろう様、カクヨム様にも投稿してます。
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
殿下、私以外の誰かを愛してください。
八雲
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。
お飾りの私と怖そうな隣国の王子様
mahiro
恋愛
お飾りの婚約者だった。
だって、私とあの人が出会う前からあの人には好きな人がいた。
その人は隣国の王女様で、昔から二人はお互いを思い合っているように見えた。
「エディス、今すぐ婚約を破棄してくれ」
そう言ってきた王子様は真剣そのもので、拒否は許さないと目がそう訴えていた。
いつかこの日が来るとは思っていた。
思い合っている二人が両思いになる日が来ればいつの日か、と。
思いが叶った彼に祝いの言葉と、破棄を受け入れるような発言をしたけれど、もう私には用はないと彼は一切私を見ることなどなく、部屋を出て行ってしまった。
私の旦那様はつまらない男
おきょう
恋愛
私の旦那様であるロバート伯爵は、無口で無愛想な仕事バカ。
家庭を返り見ず仕事に精を出すのみのつまらない男である。
それでも私は伯爵家の妻として今日も面倒な社交の場に出なければならないのだ。
伯爵家の名を落とさないために。あぁ面倒くさい。
※他サイトで投稿したものの改稿版になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる