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36. 修羅場は作るもの
しおりを挟むステイシーから他の男の匂い?
これは、さすがに聞かなかったことには出来ない。
(邪魔よ!)
「ぐはっ、な、なんだ!? おい、レティーシャ!」
私はドンッとジェローム様に体当たりして急いでジョシュアくんの前から退かせる。
その勢いでジェローム様がふらついた。
「ねぇ、ジョシュアくん! 今のはどういうこと?」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアくん、相変わらずのニコニコ笑顔。
可愛い……可愛いけれど!
「な、何をするんだ、レティーシャ」
「……」
(ジェローム様が何やら騒いでいる……うるさいわね)
お願いだから今は邪魔しないで欲しい。
私は無視してジョシュアくんへの質問を続ける。
「ジョシュ……」
「だから無視をするな! 今は俺が………………うっ」
ただのカス男は黙ってて!
そんな目で強く睨むとジェローム様はすぐにその場でたじろいだ。
「ジョシュアくん!」
「あうあ、あうあ~!」
ジョシュアくんはニパッ! と笑う。
「───……だって、ボクは目も耳も鼻も良いんです? ついでに顔も可愛いです……か。ふむ。ジョエルの子とは思えないくらいの自画自賛っぷりだ」
「え……」
私の横からジョシュアくんの言葉を聞き取ったエドゥアルト様がうんうんと感心している。
「ジョエルは見た目に無頓着だったからなぁ」
「エドゥアルト様! 感心している場合ですか! もはや赤ちゃんの域を超えてます!」
「はっはっは! そんなの今更だろう」
「うっ」
お得意のはっはっは! で笑い飛ばされて何も言えなくなった。
「あうあ! あうあ!」
ジョシュアくんが私に訴える。
「え? お祖母様が僕に言うです? ギルモア家の男として物事をきちんと見極められる男になりなさい、と……?」
「あうあ!」
「ガーネット様らしい教えね、とは思うけど……」
「あうあ!」
「え? それで僕はお祖母様とパーティーに参加していっぱい人に会うをした?」
ニパッ!
ジョシュアくんが得意そうに笑う。
(いっぱい人に会う……それで?)
「なるほど。ガーネット様はジョシュアにたくさん人を引き合わせて人を見る目を養わせていたのか」
エドゥアルト様が私の横でまた、感心したように頷いている。
「ただ、可愛いベビーを連れ歩いているだけじゃなかったんだな」
「ガーネット様……」
ホーホッホッホッ! 当然でしょう! というガーネット様の高笑いが今にも聞こえて来そう。
「あうあ!」
「ジョシュアくん……」
こんな可愛い微笑みの天使なのに……
「あうあ!」
───この僕に隠しごとは出来ません!
とてもベビーとは思えない発言しちゃってる……
「ジョシュアくんは浮気している人も嗅ぎ分けてしまいそうですね?」
「ああ」
私とエドゥアルト様がそんなことを言いながら頷きあっていたら、ジョシュアくんがニパッと笑った。
「あうあ!」
そして、人混みの中を指さし───……
「あうあ! あうあ、あうあ~、あうあ!」
「え! ちょっ、ジョシュアくんっ!!」
「あうあ~~!」
ジョシュアくんは、
あそこのお腹がデデンッと出ているおじさまは、その真後ろにいるおねえさんと仲良しです。
その隣のクルクル頭のおねえさんは、あそこの髭のおじさまと……
などと明らかに知ってはいけないことをペラペラ喋りだした。
「はっはっは! ガーネット様の英才教育はとんでもないな」
「笑ってる場合ですか! これじゃ、王族とか大臣相手であっても平気で不貞行為を暴いてしまいそうです……!」
「はっはっは! その光景が目に浮かぶ」
「あうあ~」
キャッキャと嬉しそうに笑うジョシュアくん。
「ジョシュアくん! やってやるです~、じゃないのよ!」
「あうあ!」
ニパッ!
────まさか、これから十数年後。
お年頃になったジョシュアくんが、とあるパーティーで侯爵の身分を持つ大臣とどこぞの伯爵夫人の不貞現場に迷子中に遭遇し、
満面の笑みで、彼らに自分の名を名乗り(だって聞かれたから・ジョシュア談)
満面の笑みで、夫(大臣)の居場所を探していた侯爵夫人に二人の居場所を教え(だって聞かれたから・ジョシュア談)
結果────その大臣を失脚にまで追い込むことをこの時の私は知らない。
「……コホンッ、つまりジョシュアくんはそのご自慢の鼻で、他の男の存在を感じ取ったというわけね?」
「あうあ!」
「ちなみに、その相手はこの会場にいるの?」
私が訊ねると、ジョシュアくんはニパッ! と笑った。
いい笑顔。
とってもいい笑顔なのに……
「あうあ!!」
「え!」
「なに!?」
私とエドゥアルト様の驚きの声が重なる。
「エドゥアルト様……今の、聞きました?」
「あ、ああ。これはさすがの僕も予想外だった」
「……ですよね」
チラッとジョシュアくんを見ると、彼は懸命にあうあ、と言いながら指さして“ステイシーの男”とやらを私たちに教えてくれている。
しかし……
(無理! 覚えられない!!)
そう。
その数が多いこと、多いこと。
そして……
「エドゥアルト様、ジョシュアくんが指さしている方たちってほとんどが歳上のおじさまばかりですよ……」
「ああ。それも皆、夫人がいる」
「不貞……」
私たちはコソコソ小声で話し合う。
たまたまなのかは分からないけれどその人たちは皆、やたらと近くに集まっている。
「だから、ここまでの騒ぎになっても誰も何も言ってこないのですね?」
「ああ。自分の夫人にバレたらまず、自分が困るからな」
ジェローム様とステイシーの義妹の域を超えた蜜月関係をこうして公に暴露したのに、“ステイシーの他の男”とやらが何の声も上げないのはそういうこと。
「───おい! レティーシャ! 何をさっきからコソコソと喋っているんだ!」
ここで弄ばれただけの哀れな男、ジェローム様が憤慨しながら割り込んで来た。
(ステイシーにとっては若くていい金ヅルだったんだろうなぁ……)
「レティーシャ! 俺はお前のせいでこんなことに───」
「あうあ!」
私に向かって文句を言おうとしたジェローム様の前にジョシュアくんがぬっと顔を出す。
「ん? どうした。そうか! まだ俺を慰めてくれようとし……」
「あうあ~!」
ニパッと笑ったジョシュアくんはジェローム様が付けていた胸のブローチをベリッと服からむしり取る。
「え……」
(ま、また!?)
ジェローム様の顔が固まる。
つい先程も見たような光景にエドゥアルト様以外の誰もが息を呑んだ。
(ジョシュアくん!? まさか……)
そして満面の笑みを浮かべたジョシュアくんは、元気いっぱいに、あうあ~と叫んでプローチをまたしても人の輪に向かって投げ込んだ。
(やっぱりーーーー!)
「お、おぉおい、お前! 俺のブローチにまで何をする!?」
「あうあ!」
わーい、上手に飛んだです!
ジョシュアくんはとても満足そうなやりきった顔。
ジェローム様は慌ててブローチが飛んで行った方向に走っていく。
(ん?)
その後ろ姿と向かう方向を見て私は“あること”に気付いた。
「……! エドゥアルト様! 今、ジョシュアくんがブローチを投げ込んだ方向って」
「あ、ああ。さっきジョシュアが嬉々として僕たちに説明しながら指をさしていた────」
(ステイシーと関わりがあったという他の男たちが集まっている輪!!)
つまり、このまま行けばジェローム様と男たちは鉢合わせ……
「え……エドゥアルト様、これって偶然……なのでしょうか?」
「ジョシュア? 君はまさかわざと……か?」
私とエドゥアルト様の視線を受けたジョシュアくん。
顔を上げてニパッ! と可愛く笑ってこう言った。
「あうあ~!」
────修羅場というのは作るものです!
「ジョシュアくん……」
「ジョシュア……」
私とエドゥアルト様は絶句して互いに顔を見合わせる。
「あうあ!」
そしてジョシュアくんは更に続けてこう言った。
「……そして、あの輪の中に女狐も放り込むです!? エ、エドゥアルト様、ジョシュアくんが更なる悪巧みをしています!」
「これは───もはや、ガーネット様が乗り移ってないか!?」
「あうあ!」
「────あ、ジョシュアくん!」
ペタペタペタ……
私たちがオロオロしている間にジョシュアくんはニパッと笑って高速ハイハイでステイシーの元に駆け寄っていく。
そして……
「あうあ!」
「え? 赤ちゃん? なに?」
「あうあ、あうあ!」
「え、ちょっとなに……? 可愛い……えあ、待って、そっちは───」
「あうあ~」
可愛い笑顔と容姿を使って巧みにステイシーを目的の輪の方へと誘導していこうとする。
「待って、あ、赤ちゃん。わたし……ちょーっとそっちには行きたくないかなって」
「あうあ!」
ニパッ!
───いいから行け、です!
「ほら、今、おにいさまとは気まずい……し、ね?」
「あうあ、あうあ!」
ニパッ、ニパッ!
───楽しい修羅場、待ってるです
「あ、赤ちゃん……」
「あうあ~!」
(ジョシュアくーーん……楽しい修羅場ってなに!?)
ステイシーは必死に抵抗しようと頑張っていたけれど、無敵のベビーに敵うはずもなく……
それから華麗に誘導されていき……
結果、見事に(楽しい)修羅場の輪の中に本当に放り込まれていた。
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