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35. あなたの本音
しおりを挟む「あうあ、あうあ~」
「はっはっは!」
ジョシュアくんがガーネット様の凄さをもっと語ろうとした所で、エドゥアルト様が割り込む。
「あうあ!」
「すまないな。ジョシュア」
エドゥアルト様は優しく笑ってジョシュアくんの頭を撫でる。
「僕はこれからレティーシャ嬢にプロポーズの返事を貰わないといけない」
「あうあ!!」
「そうだ! プロポーズ。ジョシュアもいつか大事な女性が見つかったらするといい」
「あうあ~!!」
ニパッ!
分かりましたです! といい顔で返事しているけど、本当に分かっているかは疑問。
(だってジョシュアくん。どことなくプレイボーイの片鱗がチラチラ……)
あのニパッ! という笑顔で多くの人を誑し込む未来が見える。
「────レティーシャ嬢」
そんなジョシュアくんの恐ろしい未来に思いを馳せていたらエドゥアルト様が腰に腕を回してそっと私を抱き寄せた。
そして耳元で私の名をそっと囁く。
(───!?)
急な密着にギョッとする。
「正式な婚約破棄の手続きが行われたわけではないが、もう君に触れてもいいだろう?」
「エ、エドゥアルト……さま」
「そこのカス男は大勢の前で君との婚約破棄を誓った。証人は腐るほどいる。もはや言い逃れは出来ない」
「ええ、そうですわね」
私はクスッと笑う。
「だから────」
エドゥアルト様はそう言いながら私の持っていた指輪の箱を開けると、中からそっと指輪を取りだした。
「この指輪をはめてくれる……だろうか?」
心臓をバクバク鳴らせながら改めて指輪をじっと見る。
そして気付いた。
「これ……エドゥアルト様の瞳の色とわたくしの瞳の色……両方の宝石?」
「ああ。ジョエルの本には宝石選びは重要だと書いてあった」
「……」
ジョエル様の本とやらがまた話題に出た。
「あの? ジョエル様の本とは?」
「ああ、口下手不器用男、ジョエルの愛読書だ。なんというか人生の指南書みたいなものだな」
人生の指南書……何だか壮大な物が出て来た。
でも、なるほど。
それを貸してもらったのねと理解した。
エドゥアルト様はうっとりした声で語る。
「───今回、公の場で君にプロポーズすることを考えている、とジョエルに話したら有無を言わさず僕の顔に本を押し付けて来た」
「お、押し……!?」
「そうだ。本にグリグリ顔を潰されるのはなかなか気持ちが良かったぞ」
ハッハッハ! と陽気に笑うエドゥアルト様。
めちゃくちゃ嬉しそう。
「と、とても斬新な本の貸し方……ですわね?」
「そうか? ジョエルにとって物を押し付けるてくるのはわりと普通の行動だ。それに僕たちは親友だからな!」
「───」
そうなの? と思ったけれど、エドゥアルト様が嬉しそうに語るので良いかと思った。
それにしても親友とはやはり奥が深い。
「…………さて、レティーシャ嬢。いや、レティーシャ」
「!」
エドゥアルト様の口調が真面目なものに変わった。
ドクンッと胸が大きく跳ねる。
「この指輪、君のここにはめてもいいだろうか?」
ここ───そう言ってエドゥアルト様は私の左手の薬指をさした。
そして私の耳元で小声で囁く。
「君の望みはあくまでも一時的なこの場での婚約者候補のフリだった───」
「……」
「でも僕はフリではなく、君を人生の伴侶として迎えたい」
(心臓が……破裂しそう)
私はギュッと目を瞑って少ししてからパッと開く。
そして指輪を持っているエドゥアルト様の手をガシッと掴んだ。
「……ん? レティーシャ?」
そのまま私はエドゥアルト様の手ごと指輪を持ち上げ、えいっと自分の薬指にズボッとはめ込む。
指輪のサイズは文句無しにピッタリだった。
エドゥアルト様は呆気にとられたのか固まっている。
「……」
「と! ……特別、何か取り柄も教養もあるわけではない目つきが悪いだけの、へ、平凡なわたくし……ですが」
「……」
「エドゥアルト様……これから先、あ、あなたのことを踏んでも許される女性は、わたくしだけで在りたいですっっ!」
私のその言葉にエドゥアルト様が我に返ってハッと息を呑んだ。
「だって、わたくしも……あなたのことをお慕い……いえ、す、好きです、から!!」
「────レティーシャ!」
嬉しそうな声を上げたエドゥアルト様がギュッと後ろから強く私を抱きしめる。
「ありがとう、レティーシャ!」
「きゃっ!」
そのままギュゥゥゥッと強く抱きしめて離そうとしないエドゥアルト様。
でも、何故かそのまま黙ってしまう。
「……エドゥアルト様?」
「……」
少しだけ彼の身体が震えているように感じた私は、エドゥアルト様の手が重なっている部分にそっと自分の手も上から重ねてみる。
すると、ピクッとエドゥアルト様の身体が反応した。
「本当は………………ったんだ」
「え?」
「…………ジョエルが“運命の人”を見つけて、これまでになく幸せそうで……」
「……」
「口下手なのに頑張って自分の想いを伝えて……受け入れてもらって結婚もして……」
「……」
「まさかの表情筋が大活躍する可愛いベビーも生まれて……」
「……」
(可愛いけどちょっとやべぇ子よ?)
内心で苦笑する。
そんなジョシュアくんは今、私たちを見ながらキャッキャと嬉しそうに笑っている。
「そんなジョエルが幸せになっていく過程をそばで見ていて心から喜ばしいと思いながらも…………本当はずっと羨ましかった」
「エドゥアルト様……」
ギュッ……エドゥアルト様の腕に力がこもる。
(ああ、きっとこれはこの人が笑顔の裏に隠していた本音……そして弱音)
今、私はそれを聞けている。
不謹慎かもしれないけれど、そのことがたまらなく嬉しい。
「いつだって僕の周りに人は多く集まる。それは喜ばしいことで僕も楽しい。でも、きっとそれはコックス公爵家という───」
「いいえ、それだけじゃありませんよ?」
「え?」
私が真っ向から否定するとエドゥアルト様は不思議そうな顔をした。
「どうしても貴方の身分目当てで寄ってくる人はいますし、それは避けられないとは思います。でも」
「でも?」
「エドゥアルト様の開くパーティーってキラキラした笑顔が溢れているんですよ!」
「キラキラ?」
初めて会ったあの日のパーティーもそうだった。
あの妙ちくりんな格好でジョシュアくんと登場した時の楽しい雰囲気はしっかり覚えている。
「わたくしは引きこもり時期が長くて……実はあまりパーティー経験はそう多くないのですが、パーティーってあんなにキラキラした笑顔が溢れるものだったのかと思いましたわ」
「……」
「それを引き出したのはあなたです、エドゥアルト様」
「…………僕?」
私はにっこり笑う。
「ええ。それは、あなたの人柄がそうさせているのですわ!」
「───……」
エドゥアルト様が目を瞬かせた。
「あなたの“身分”ではなく“人柄”に惹かれて皆、こうして集まっているのです」
「……レ、レティーシャ……」
「ふふ、だってあのジョシュアくんを見てください」
「ジョシュア?」
私がジョシュアくんを指さすとエドゥアルト様は不思議そうに首を傾げた。
「あの子は、あんなに可愛い笑顔を振り撒きながらも平気で暴言を吐くベビーくんですよ?」
「ああ、そうだな」
「でも、そんなジョシュアくんからは、“お兄さん大好き”って気持ちしか私には伝わって来ません」
「……僕を」
「ええ! いくらお父様の親友であっても、あの子は気に入らなかったら絶対に容赦なく暴言を吐くと思います」
エドゥアルト様がそっとジョシュアくんに視線を向ける。
キャッキャと笑っていたジョシュアくんはエドゥアルト様と目が合うとニパッ! と可愛く笑って手をフリフリする。
「あうあ~」
───お兄さん! ぷろぽーずしてお姉さんといっぱい仲良しなったです?
「あ、ああ」
「あうあ!」
───では、今度は三人で物置部屋探検しますです! 絶対楽しいです!
「うん」
「あうあ!!」
───まだまだギルモア家は広いのです! 責任もってこの僕が案内します!
ジョシュアくんはニパッ! を三連発しながらエドゥアルト様にそう言っている。
ちなみに案内じゃなくて迷子よね?
「はは、ははは! どうやらギルモア家の物置部屋にはまだまだ未開の地があるようだ」
「ふふ、みたいですねぇ」
「それは───楽しそうだな、レティーシャ」
「はい! エドゥアルト様!」
「あうあ~!」
私とエドゥアルト様はその場でクスクス笑い合った。
そんな幸せほっこり気分に浸っている私たちとは対照的に、仲の良かった義理の兄妹は今にも亀裂が入りそうなほどの事態になっていた。
「ス、ステイシー……君はまさかあんなにも俺に懐いてきたのは最初から身分と金目当て……だったのか?」
「……」
ツンっとそっぽを向くステイシー。
「ステイシー……」
ジェローム様の中の理想の可愛い可愛い妹像が音を立ててさらに崩れていく。
ショックで呆然としているジェローム様の元に、ニパッとハイハイしながらジョシュアくんが向かっていく。
(ん? ジョシュアくん?)
「あうあ!」
───おい、カス男!
相変わらず呼びかけが酷い……
「……な、なんだよ。はっ! まさか俺を慰めてくれるつもりなのか?」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアくんは天使の笑顔を浮かべる。
───優しい優しいこの僕が最後にカス男にとっておきを教えてやるです。
(んん……? ジョシュアくんはいったい何を?)
私は首を傾げた。
「なんだ? ジョシュアはどうしたんだ? 最後? 何を言うつもりなんだろうか」
「さあ……」
エドゥアルト様も分からないようで私たちは顔を見合わせる。
「くっ! 憎いジョエルの息子だが…………いい子じゃないか……」
「あうあ~」
───あの女狐からは他の男の匂いもするです
(────えっ!? 他の男!?)
ニパッ!
ジョシュアくんが満面の笑みで何やら暴露を始めた。
でも、自分はこの天使の笑顔に慰められていると信じているジェローム様はひたすらジョシュアくんに感激している。
「可愛い……よく見れば君は無愛想なジョエルと違って笑顔ばっかり……まるで天使だ」
「あうあ! あうあ! あうあ!」
────バカめ! お父様だってちゃんと笑うです! カス男、よく聞くです。お前は遊ばれてたです!
ニパッ、ニパッ、ニパッ!
(え、えぇえぇぇーーーー……!?)
天使どころかジョシュアくんによる、まるで悪魔のような暴露話に私は開いた口が塞がらなかった。
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