【完結】記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので

Rohdea

文字の大きさ
35 / 46

35. あなたの本音

しおりを挟む


「あうあ、あうあ~」
「はっはっは!」

 ジョシュアくんがガーネット様の凄さをもっと語ろうとした所で、エドゥアルト様が割り込む。

「あうあ!」
「すまないな。ジョシュア」

 エドゥアルト様は優しく笑ってジョシュアくんの頭を撫でる。

「僕はこれからレティーシャ嬢にプロポーズの返事を貰わないといけない」
「あうあ!!」
「そうだ!  プロポーズ。ジョシュアもいつか大事な女性が見つかったらするといい」
「あうあ~!!」

 ニパッ!
 分かりましたです!  といい顔で返事しているけど、本当に分かっているかは疑問。

(だってジョシュアくん。どことなくプレイボーイの片鱗がチラチラ……)

 あのニパッ!  という笑顔で多くの人を誑し込む未来が見える。

「────レティーシャ嬢」

 そんなジョシュアくんの恐ろしい未来に思いを馳せていたらエドゥアルト様が腰に腕を回してそっと私を抱き寄せた。
 そして耳元で私の名をそっと囁く。

(───!?)

 急な密着にギョッとする。

「正式な婚約破棄の手続きが行われたわけではないが、もう君に触れてもいいだろう?」
「エ、エドゥアルト……さま」
「そこのカス男は大勢の前で君との婚約破棄を誓った。証人は腐るほどいる。もはや言い逃れは出来ない」
「ええ、そうですわね」

 私はクスッと笑う。

「だから────」

 エドゥアルト様はそう言いながら私の持っていた指輪の箱を開けると、中からそっと指輪を取りだした。

「この指輪をはめてくれる……だろうか?」

 心臓をバクバク鳴らせながら改めて指輪をじっと見る。
 そして気付いた。

「これ……エドゥアルト様の瞳の色とわたくしの瞳の色……両方の宝石?」
「ああ。ジョエルの本には宝石選びは重要だと書いてあった」
「……」

 ジョエル様の本とやらがまた話題に出た。

「あの?  ジョエル様の本とは?」
「ああ、口下手不器用男、ジョエルの愛読書だ。なんというか人生の指南書みたいなものだな」

 人生の指南書……何だか壮大な物が出て来た。
 でも、なるほど。
 それを貸してもらったのねと理解した。
 エドゥアルト様はうっとりした声で語る。

「───今回、公の場で君にプロポーズすることを考えている、とジョエルに話したら有無を言わさず僕の顔に本を押し付けて来た」
「お、押し……!?」
「そうだ。本にグリグリ顔を潰されるのはなかなか気持ちが良かったぞ」

 ハッハッハ!  と陽気に笑うエドゥアルト様。
 めちゃくちゃ嬉しそう。

「と、とても斬新な本の貸し方……ですわね?」
「そうか?  ジョエルにとって物を押し付けるてくるのはわりと普通の行動だ。それに僕たちは親友だからな!」
「───」

 そうなの?  と思ったけれど、エドゥアルト様が嬉しそうに語るので良いかと思った。
 それにしても親友とはやはり奥が深い。

「…………さて、レティーシャ嬢。いや、レティーシャ」
「!」

 エドゥアルト様の口調が真面目なものに変わった。
 ドクンッと胸が大きく跳ねる。

「この指輪、君のここにはめてもいいだろうか?」

 ここ───そう言ってエドゥアルト様は私の左手の薬指をさした。
 そして私の耳元で小声で囁く。

「君の望みはあくまでも一時的なこの場での婚約者候補のフリだった───」
「……」
「でも僕はフリではなく、君を人生の伴侶として迎えたい」

(心臓が……破裂しそう)

 私はギュッと目を瞑って少ししてからパッと開く。
 そして指輪を持っているエドゥアルト様の手をガシッと掴んだ。

「……ん?  レティーシャ?」

 そのまま私はエドゥアルト様の手ごと指輪を持ち上げ、えいっと自分の薬指にズボッとはめ込む。
 指輪のサイズは文句無しにピッタリだった。
 エドゥアルト様は呆気にとられたのか固まっている。

「……」
「と!  ……特別、何か取り柄も教養もあるわけではない目つきが悪いだけの、へ、平凡なわたくし……ですが」
「……」
「エドゥアルト様……これから先、あ、あなたのことを踏んでも許される女性は、わたくしだけで在りたいですっっ!」

 私のその言葉にエドゥアルト様が我に返ってハッと息を呑んだ。

「だって、わたくしも……あなたのことをお慕い……いえ、す、好きです、から!!」
「────レティーシャ!」

 嬉しそうな声を上げたエドゥアルト様がギュッと後ろから強く私を抱きしめる。

「ありがとう、レティーシャ!」
「きゃっ!」

 そのままギュゥゥゥッと強く抱きしめて離そうとしないエドゥアルト様。
 でも、何故かそのまま黙ってしまう。

「……エドゥアルト様?」
「……」

 少しだけ彼の身体が震えているように感じた私は、エドゥアルト様の手が重なっている部分にそっと自分の手も上から重ねてみる。
 すると、ピクッとエドゥアルト様の身体が反応した。

「本当は………………ったんだ」
「え?」
「…………ジョエルが“運命の人”を見つけて、これまでになく幸せそうで……」
「……」
「口下手なのに頑張って自分の想いを伝えて……受け入れてもらって結婚もして……」
「……」
「まさかの表情筋が大活躍する可愛いベビーも生まれて……」
「……」

(可愛いけどちょっとやべぇ子よ?)

 内心で苦笑する。
 そんなジョシュアくんは今、私たちを見ながらキャッキャと嬉しそうに笑っている。

「そんなジョエルが幸せになっていく過程をそばで見ていて心から喜ばしいと思いながらも…………本当はずっと羨ましかった」
「エドゥアルト様……」

 ギュッ……エドゥアルト様の腕に力がこもる。

(ああ、きっとこれはこの人が笑顔の裏に隠していた本音……そして弱音)

 今、私はそれを聞けている。
 不謹慎かもしれないけれど、そのことがたまらなく嬉しい。

「いつだって僕の周りに人は多く集まる。それは喜ばしいことで僕も楽しい。でも、きっとそれはコックス公爵家という───」
「いいえ、それだけじゃありませんよ?」
「え?」

 私が真っ向から否定するとエドゥアルト様は不思議そうな顔をした。

「どうしても貴方の身分目当てで寄ってくる人はいますし、それは避けられないとは思います。でも」
「でも?」
「エドゥアルト様の開くパーティーってキラキラした笑顔が溢れているんですよ!」
「キラキラ?」

 初めて会ったあの日のパーティーもそうだった。
 あの妙ちくりんな格好でジョシュアくんと登場した時の楽しい雰囲気はしっかり覚えている。

「わたくしは引きこもり時期が長くて……実はあまりパーティー経験はそう多くないのですが、パーティーってあんなにキラキラした笑顔が溢れるものだったのかと思いましたわ」
「……」
「それを引き出したのはあなたです、エドゥアルト様」
「…………僕?」

 私はにっこり笑う。

「ええ。それは、あなたの人柄がそうさせているのですわ!」
「───……」

 エドゥアルト様が目を瞬かせた。

「あなたの“身分”ではなく“人柄”に惹かれて皆、こうして集まっているのです」
「……レ、レティーシャ……」
「ふふ、だってあのジョシュアくんを見てください」
「ジョシュア?」

 私がジョシュアくんを指さすとエドゥアルト様は不思議そうに首を傾げた。

「あの子は、あんなに可愛い笑顔を振り撒きながらも平気で暴言を吐くベビーくんですよ?」
「ああ、そうだな」
「でも、そんなジョシュアくんからは、“お兄さん大好き”って気持ちしか私には伝わって来ません」
「……僕を」
「ええ!  いくらお父様の親友であっても、あの子は気に入らなかったら絶対に容赦なく暴言を吐くと思います」

 エドゥアルト様がそっとジョシュアくんに視線を向ける。
 キャッキャと笑っていたジョシュアくんはエドゥアルト様と目が合うとニパッ!  と可愛く笑って手をフリフリする。

「あうあ~」

 ───お兄さん!  ぷろぽーずしてお姉さんといっぱい仲良しなったです?

「あ、ああ」
「あうあ!」

 ───では、今度は三人で物置部屋探検しますです!  絶対楽しいです!

「うん」
「あうあ!!」
  
 ───まだまだギルモア家は広いのです!  責任もってこの僕が案内します!

 ジョシュアくんはニパッ!  を三連発しながらエドゥアルト様にそう言っている。
 ちなみに案内じゃなくて迷子よね?

「はは、ははは!  どうやらギルモア家の物置部屋にはまだまだ未開の地があるようだ」
「ふふ、みたいですねぇ」
「それは───楽しそうだな、レティーシャ」
「はい!  エドゥアルト様!」
「あうあ~!」

 私とエドゥアルト様はその場でクスクス笑い合った。



 そんな幸せほっこり気分に浸っている私たちとは対照的に、仲の良かった義理の兄妹は今にも亀裂が入りそうなほどの事態になっていた。

「ス、ステイシー……君はまさかあんなにも俺に懐いてきたのは最初から身分と金目当て……だったのか?」
「……」

 ツンっとそっぽを向くステイシー。

「ステイシー……」

 ジェローム様の中の理想の可愛い可愛い妹像が音を立ててさらに崩れていく。
 ショックで呆然としているジェローム様の元に、ニパッとハイハイしながらジョシュアくんが向かっていく。

(ん?  ジョシュアくん?)

「あうあ!」

 ───おい、カス男!
 相変わらず呼びかけが酷い……

「……な、なんだよ。はっ!  まさか俺を慰めてくれるつもりなのか?」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ジョシュアくんは天使の笑顔を浮かべる。

 ───優しい優しいこの僕が最後にカス男にとっておきを教えてやるです。

(んん……?  ジョシュアくんはいったい何を?)

 私は首を傾げた。

「なんだ?  ジョシュアはどうしたんだ?  最後?  何を言うつもりなんだろうか」
「さあ……」

 エドゥアルト様も分からないようで私たちは顔を見合わせる。

「くっ!  憎いジョエルの息子だが…………いい子じゃないか……」
「あうあ~」

 ───あの女狐からは他の男の匂いもするです

(────えっ!?  他の男!?)

 ニパッ!
 ジョシュアくんが満面の笑みで何やら暴露を始めた。
 でも、自分はこの天使の笑顔に慰められていると信じているジェローム様はひたすらジョシュアくんに感激している。

「可愛い……よく見れば君は無愛想なジョエルと違って笑顔ばっかり……まるで天使だ」
「あうあ!  あうあ!  あうあ!」

 ────バカめ!  お父様だってちゃんと笑うです!  カス男、よく聞くです。お前は遊ばれてたです! 

 ニパッ、ニパッ、ニパッ!

(え、えぇえぇぇーーーー……!?)

 天使どころかジョシュアくんによる、まるで悪魔のような暴露話に私は開いた口が塞がらなかった。
しおりを挟む
感想 325

あなたにおすすめの小説

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

【完結】完璧令嬢の『誰にでも優しい婚約者様』

恋せよ恋
恋愛
名門で富豪のレーヴェン伯爵家の跡取り リリアーナ・レーヴェン(17) 容姿端麗、頭脳明晰、誰もが憧れる 完璧な令嬢と評される“白薔薇の令嬢” エルンスト侯爵家三男で騎士課三年生 ユリウス・エルンスト(17) 誰にでも優しいが故に令嬢たちに囲まれる”白薔薇の婚約者“ 祖父たちが、親しい学友であった縁から エルンスト侯爵家への経済支援をきっかけに 5歳の頃、家族に祝福され結ばれた婚約。 果たして、この婚約は”政略“なのか? 幼かった二人は悩み、すれ違っていくーー 今日もリリアーナの胸はざわつく… 🔶登場人物・設定は作者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます✨

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁

柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。 婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。 その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。 好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。 嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。 契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。

年上令嬢の三歳差は致命傷になりかねない...婚約者が侍女と駆け落ちしまして。

恋せよ恋
恋愛
婚約者が、侍女と駆け落ちした。 知らせを受けた瞬間、胸の奥がひやりと冷えたが—— 涙は出なかった。 十八歳のアナベル伯爵令嬢は、静かにティーカップを置いた。 元々愛情などなかった婚約だ。 裏切られた悔しさより、ただ呆れが勝っていた。 だが、新たに結ばれた婚約は......。 彼の名はオーランド。元婚約者アルバートの弟で、 学院一の美形と噂される少年だった。 三歳年下の彼に胸の奥がふわりと揺れる。 その後、駆け落ちしたはずのアルバートが戻ってきて言い放った。 「やり直したいんだ。……アナベル、俺を許してくれ」 自分の都合で裏切り、勝手に戻ってくる男。 そして、誰より一途で誠実に愛を告げる年下の弟君。 アナベルの答えは決まっていた。 わたしの婚約者は——あなたよ。 “おばさん”と笑われても構わない。 この恋は、誰にも譲らない。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!

処理中です...