【完結】記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので

Rohdea

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34. 婚約破棄とプロポーズ ②

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 ───結婚して欲しい?
 ますます、空耳かと思った。
 キラキラ輝く指輪、跪いたエドゥアルト様の真剣な表情……

(だって、もうこれプロポーズにしか聞こえない───)

「……あ、の」

 周りのキャーという悲鳴とザワザワした声が耳に入って来てハッと我に返った。
 これでは、今後エドゥアルト様が後戻りが出来なくなってしまう!
 だから、止めなくちゃと思ったのにエドゥアルト様は話を続けた。

「───最初は、君のその意志の強そうな瞳に惹かれた」
「え?」

 胸がドキッと跳ねる。

「その後は、うん────あの時の僕はとても怪しかっただろうに頼みを聞いて脱走ベビーを追いかけていく姿も美しいと思った」

(脱走ベビー……)

 私はチラッとお座りしている脱走ベビーことジョシュアくんを見る。
 特等席のジョシュアくんはにっこにこの満面の笑みを浮かべてキラキラの目で私たちのことを見ていた。
 そして、私と目が合ったらニパッ!  と笑う。

「君は自分の瞳をコンプレックスに感じていたようだが────僕は怖いと思ったことはない。綺麗だ」
「……!」
「そして───その足捌きも美しい」

 ここで、エドゥアルト様の目線が下がって私の足に向かう。
 踏まれたいオーラをひしひしと感じて思わず苦笑してしまう。
 きっと今、ここが二人きりだったなら、さあ、僕のことも踏んでくれ!  とか言われた気がする。

(でも、それを口にしないのは)

 このプロポーズが本気だから─────……

 そう思ったら胸がキュンッとなった。
 今すぐこの手を取りたい。
 そして、ギュッと抱きついて自分の気持ちをきちんと伝えたい。

(私も……)

 あんな格好だったし最初こそ変な人だと思ったけれど─────私もあなたが好きですって。
 そして、
 あなたを踏ませて、と。

 でも、そのためには……

(邪魔なのよね────……ジェローム・ニコルソン!)

 私の視線の動きを感じ取ったエドゥアルト様がジェローム様に顔を向ける。
 ジェローム様はこれでもかというほど目を大きく見開いてわなわな震えている。
 エドゥアルト様はフッと笑うと立ち上がった。
 そして、ポンッと私の手に指輪の入った箱を置く。

「え?」

 私が顔を上げるとエドゥアルト様は静かに微笑んだ。

「返事は君の願いが叶ってから聞くとしよう」
「エドゥアルト様……」
「だから、それまではこの箱を持っていてくれ」
「……」
「返事の際には君の指にはめてくれると嬉しいぞ。はっはっは」

 エドゥアルト様はそう言って笑ったあと、じっとジェローム様を見つめて彼の名を呼んだ。

「さて、ジェローム・ニコルソン」
「……ふは、はひぃ!?」

 エドゥアルト様に名前を呼ばれたジェローム様が驚いたのか間抜けな返事をする。
 その間抜けっぷりに会場内からはクスクスした笑い声が響く。

「見ろ。君がモタモタウダウダデモデモダッテなんてしているから、彼女が僕のプロポーズに頷けないでいる」
「え、えっと、モタ……?」
「これは困る。としても非常に困る───ですよね?  母上?」

 エドゥアルト様はわざと公爵家の名前を強調し、当主ではなく元王女である母親を呼んだ。
 公爵夫人はスッと前に出ると静かに微笑んだ。

「───ええ、ようやく我が家に素敵なお嫁さんが迎えられるチャンスですもの」

 だから、早くあなたは去りなさい?
 公爵夫人の目がそう言っている。
 ジェローム様も元王女の夫人に睨まれてそう感じ取ったのかガタガタ震えた。

「はっはっは!  いつまで躊躇っている?  君は婚約者より義妹のことを愛しているんだろう?」
「……」
「安心したまえ、ジェローム・ニコルソン。なら、例えこれからニコルソン家が借金地獄に陥って貧乏生活となっても可愛い可愛い義妹の彼女は何時だって君のそばにいてくれるさ!」

 その言葉にジェローム様がハッとした。

「君がこれまで何度も連呼したように可愛い可愛い君の義妹はさぞかし心も綺麗なのだろうからね!」
「あうあ~!」

 ハッハッハと笑い飛ばすエドゥアルト様。
 ここでジョシュアくんも合いの手を打つかのように、ウキャッキャと笑いながら手を叩く。

「……コックス公爵令息様……ジョエルJr……」

(いや!  ジョシュアくん満面の笑みで……真っ黒です~って言ってますけど!?)

 その前にエドゥアルト様も醜いとか言ってなかった!?
 ここは全然感動するところなんかじゃないのに、ジェローム様がどこか感動した様子で二人のことを見つめる。

「……そうだ。ステイシーは……ステイシーなら……」
「ああ、そうだとも。そして君の婚約者、レティーシャ嬢にはもう、こうして君よりも断然、桁違いに“格上”の僕がいる!」
「あうあ~!」

(僕もいますです~!  ってジョシュアくんの立ち位置が私にはよく分からないんですけど?)

「俺より格上……」
「そうだ!  だから、君は心置きなく安心して可愛い可愛い(似非)病弱な義妹のことを選んでもいいいんだ!」
「あうあ!」

(気のせいかしらね?  似非病弱って聞こえたような……)

 エドゥアルト様はステイシーが病弱だとは全く思っていないのだろう。
 まあ、それは私も同じだけれども。

「さあ、今ここでレティーシャ嬢との“婚約破棄”を皆の前で誓うといい!  そしてそのまま大事な義妹の手を取るんだ」
「あうあ、あうあ!  あうあ!!」
「さあ、さあ、さあ、さあ!!」

 ジェローム様がエドゥアルト様とジョシュアくんにグイグイ迫られている。
 会場内の人達もまさか、ジョシュアくんがあの可愛い笑顔で
 “言え、言うんだ!  カス男!!”
 などと暴言を吐いているとは夢にも思っていないのだろうなと思った。

「ジョエルJr……君までそんな必死になって?」

 ジェローム様がポツリと呟く。

「あうあ!」

 ニパッ!
 ───だから、僕はジョシュアです……!
 ジョシュアくんは名前を呼ばれたいらしい。

「そうか……つまり、君みたいな人を疑うことをまだ知らなそうな純粋無垢な赤ん坊にまでステイシーの清らかさは伝わっている、ということだな……」
「あうあ!」

(違うわよーー?  とんでもなく真っ黒です!  って言ってるわよーー?)

 もちろん、“あうあ”としか聞こえていないジェローム様には分からないけれど。
 あと、そこのベビーは純粋無垢とは程遠い所にいる。

「なあ、ステイシーは誰よりも可愛いと君も思うだろう?」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ジェローム様の問いかけにジョシュアくんは満面の笑みで答える。
 ───誰よりも心が醜いです、と。

「ああ、その笑顔……肯定してくれているのか……」
「あうあ!」

 ───いいから早く言え、です! 

「そんな力強く……」

 ジョシュアくんのそんな発言の後、勘違いし続けているジェローム様は決心したように顔を上げた。
 そしてエドゥアルト様に言った。

「…………確かにレティーシャには俺より格上の人物が現れたなら婚約破棄する……俺はそう言いました」
「ああ、そうらしいな……ふぁ、だから、約束は守ってもらおぉう!」

 ジョシュアくんの言葉が分かるせいで、エドゥアルト様の声が笑いを堪えていて少し震えているというのに、ジェローム様は全く気付いていない。
 馬鹿みたいに真剣な顔で頷いた。
 私はそんな二人の様子を見ながら口元を手で押える。

(無理よね……だって私も笑いを耐えるのに必死だもの……)

 そして何がすごいって……
 そんなジョシュアくんの言葉を私とエドゥアルト様以外で聞き取っているであろう、ギルモア家の二人……ジョルジュ様とジョエル様がずーーっと無表情なこと。

(すれ違いの噛み合わない会話はきっとギルモア家の慣れ親しんだ日常なのね……)

 そんなことを考えていたら、遂にジェローム様が肩を落としながら言った。

「レティーシャとの婚約を…………破棄します」
「!」
「金は……これまでの金は返…………すぅ…………くっ!」

 金を返すまでをはっきり言うのは抵抗があったのかジェローム様はここで言い淀む。
 しかし、“婚約破棄”の言質は取れた。

(やったわーーーー!)

 皆の前で認めさせた!
 これで後から“言ってない”はもう通用しない!
 私は堂々とエドゥアルト様の手を取れる。
 そう思って渡された指輪の箱をグッと強く掴んだその時だった。

「ジェローム!  お前……勝手になんてことを……!」

 ニコルソン侯爵が人混みの中から転がるように飛び出してきてジェローム様の両肩をガシッと掴む。

「お前……!  分かっているのか!?  慰謝料に加えてこれまでの援助金の返済までするなんて軽々しく!  ……この先に待つのは地獄なんて生易しいものじゃないんだぞ!?」
「ち、父上、それでも俺はステイシーさえ傍にいてくれれば、それだけで幸……」
「待って────いやよ!  そんなの、ぜーーーーったいに嫌!!」

 ここでジェローム様の声を掻き消すかのように大声で叫んだのはステイシー。
 涙を目に浮かべて真っ青な顔で震えている。

「……これからは借金まみれの生活?  冗談はやめて!  わたしの侯爵令嬢生活はどうなるの!?」
「え……ステイシー……?」

 ジェローム様の顔がピシッと凍り付く。

「嘘でしょう?  それってもう今日みたいなドレスは着られない……のよね?  もう宝石も買って貰えないってこと?  そんな────そんなの聞いてない!!」
「え、ステイシー……?  俺はレティーシャと婚約破棄した場合にどうなるかは前に君に説明した、よな?」

 たとえ、借金地獄になっても変わらずに傍に居てくれると信じた可愛い可愛い義妹の叫びにジェローム様は激しく動揺している。

(バカよねえ、ステイシーがそんな殊勝な性格なはずないのに……)

 すっかりエドゥアルト様とジョシュアくんの誘導に乗せられてしまったものね、ジェローム様。

「だっておにいさまは、婚約解消ならお金取られないからって……なんなら向こうの有責にしてやってから婚約破棄に持ち込めば───」
「ステイシーーーー!」

(へぇ……私の有責にする……それも、でっちあげで……)

 ここに来てなかなか興味深い単語が飛び出して来た。
 これは企んでいた内容によっては追加で慰謝料請求出来たり……するかしら?
 そう考えた私はニヤリとほくそ笑む。

「あうあ!」

 ニパッ!
 そんな私の前でジョシュアくんがキャッキャと楽しそうに笑いかけてきた。

「どうしたの?  ジョシュアくん?」
「あうあ!」
「え?  …………お姉さーん!  もっともっと吐かせれば、もっともっともっとお金がガッポガポかもしれないです?  えーー、ジョシュアくん本気で言ってるの……?」

 なにやら最高の笑顔でとんでもないことを言い出した。

「あうあ!!」
「えっと?  ─────これが僕のお祖母様の教え、“獲れるものはとことん獲れ”です……?」
「あうあ~~~~!」

 ジョシュアくんは満面の笑みで頷いた。
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