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第二部:第三十二章 積み重ねたもの
(二)宴のあと①
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(二)
会は乱入者によって中断され、戦闘終了後、会場は再開のための片付けが行われていた。
同じ頃、戦闘を行った女性三人は別室で着替えを行っていた。
「ぎえー……だめだめ、それ以上絞ったら、内臓が出ちゃいます……うぇ!」
「コルセットの締め直しくらいで騒ぐな」
ラーソルバールが侍女に着付けをしてもらっている横で、エラゼルは友の様子を見ながら笑う。侍女も半ば笑いながら、楽しそうに着付けをやっている。
「なんで貴女はそんなに平然としてられるの?」
「慣れ、だろうな?」
同じようにコルセットを締め直されながらも、エラゼルは平然としている。その横でもうひとりの女性が、苦悶の表情を浮かべていた。
「アタ……シもドレスなんて……、大っ嫌いだ! ……ぐぇ」
「ジャハネート様、もう少し力を抜いて下さいませ!」
侍女に叱られながらも、ジャハネートは必死に抵抗する。
「嫌だ、鎧の方が良い! ……って……うぁ」
更に抵抗しようとしたものの、隙を突かれて二人がかりで締め上げられると、ジャハネートはそのまま観念し、侍女に身を委ねた。
コルセットを着け終えると、ジャハネートは安堵したように大きく息を吐いた。だが、締め付けがきつかったのか、一瞬顔をしかめると、気を紛らわすようにエラゼルに向き直る。
「……奴は、暗殺者の中でも名の知られた男だったんだろう?」
「本当の名は分かりませんが、ザーランドと名乗っていたそうです。裏の社会では有名で、腕は一流だったと聞いています。恐らく、昨年は油断していたのでしょうね」
エラゼルはジャハネートの問いに淡々と答えた。
「あんな力を使わずに、暗殺者として対峙していれば。もっと言えば、今日という日にこだわらなければ……どうなっていたのか……」
それはラーソルバールの偽らざる言葉。
会話を聞いても、侍女達は顔色一つ変えずに、用意されていた替えのドレスを三人に着せ、乱れていた髪型を直す。
(うわ、サイズもぴったりだ……)
まさか替えのドレスが用意されていたとは思わなかっただけに、ラーソルバールも戸惑いを隠せない。
「だが、あんな力に飲まれたばかりに、暗殺者としての力も使えず、しかも完全な悪魔にもなりきれぬままで、力の行使もままならず死ぬ。望んで手にした力だったのだろうが、思い描いた結末ではなかったろうさ……。結局何も言わずに死んだが、最後に何を思ったのか。……いや、もう人としての思考も出来なかったのかもしれないがな……」
ジャハネートの言葉は死者への手向けか。少し物憂げな表情は、普段の彼女が見せることの無いものだった。
「あれでもまだ悪魔になりきっていなかった、ということですか?」
ラーソルバールの問い掛けが、ジャハネートが思考の中に埋没するのを止めた。
「奴の魔力の流れが不自然だったからね。恐らく、完全に悪魔に飲まれていたら、ああも簡単には倒せなかっただろうさ。身体面もそうだが、変化をする間は魔力も安定せず、魔法を自由に操る事ができなかったんじゃないかね。問題は……」
言いかけて言葉を止めた。
何の触媒を使い、悪魔を自身の身に宿したのか。また、そのような物をどうやって入手したのか。それは国内で入手したのか。考えても答えの出ることのない、いくつもの謎が残る。
「いや、それは魔法院の出番か……。今回の件、世間に公表はしないとしても、国への報告は全て行うのだろう?」
報告すれば厄介な事が待っている。色々と詮索されるだろうし、関係者には聴取が待っているに違いない。それでも、デラネトゥス家が隠蔽する事は無いだろう。それは分かっていても、あえて尋ねる。
「そうですね。もとより人員の異動を事前に連絡しておりましたので、結果報告もする事になるでしょう。例の件も含めて……」
「……例の件? ああ……」
含みを残したエラゼルの言葉に、ジャハネートは思わず聞き返したが、その意図を察して曖昧に濁した。
例の件、とはエラゼルとラーソルバールを狙った、別の暗殺者達のこと。
二人を亡き者にして利を得る者は誰か。その答えは明白である。王太子の婚約者候補の中で、上位として挙げられる二人を狙った犯行、と考えれば、残る候補八名のうちの誰かに連なる者が企図した、ということになる。
だが、証拠も無い状態で、そこから先を考えるのは邪推でしかない。
「あまり考えたくないですね」
ラーソルバールは、ぽつりと呟いた。
それが今後の調査で明らかになるのかも分からない。今はただ、事件の背後に居るのがコルドオール公爵家……ファルデリアナの家でない事を願うしかなかった。
会は乱入者によって中断され、戦闘終了後、会場は再開のための片付けが行われていた。
同じ頃、戦闘を行った女性三人は別室で着替えを行っていた。
「ぎえー……だめだめ、それ以上絞ったら、内臓が出ちゃいます……うぇ!」
「コルセットの締め直しくらいで騒ぐな」
ラーソルバールが侍女に着付けをしてもらっている横で、エラゼルは友の様子を見ながら笑う。侍女も半ば笑いながら、楽しそうに着付けをやっている。
「なんで貴女はそんなに平然としてられるの?」
「慣れ、だろうな?」
同じようにコルセットを締め直されながらも、エラゼルは平然としている。その横でもうひとりの女性が、苦悶の表情を浮かべていた。
「アタ……シもドレスなんて……、大っ嫌いだ! ……ぐぇ」
「ジャハネート様、もう少し力を抜いて下さいませ!」
侍女に叱られながらも、ジャハネートは必死に抵抗する。
「嫌だ、鎧の方が良い! ……って……うぁ」
更に抵抗しようとしたものの、隙を突かれて二人がかりで締め上げられると、ジャハネートはそのまま観念し、侍女に身を委ねた。
コルセットを着け終えると、ジャハネートは安堵したように大きく息を吐いた。だが、締め付けがきつかったのか、一瞬顔をしかめると、気を紛らわすようにエラゼルに向き直る。
「……奴は、暗殺者の中でも名の知られた男だったんだろう?」
「本当の名は分かりませんが、ザーランドと名乗っていたそうです。裏の社会では有名で、腕は一流だったと聞いています。恐らく、昨年は油断していたのでしょうね」
エラゼルはジャハネートの問いに淡々と答えた。
「あんな力を使わずに、暗殺者として対峙していれば。もっと言えば、今日という日にこだわらなければ……どうなっていたのか……」
それはラーソルバールの偽らざる言葉。
会話を聞いても、侍女達は顔色一つ変えずに、用意されていた替えのドレスを三人に着せ、乱れていた髪型を直す。
(うわ、サイズもぴったりだ……)
まさか替えのドレスが用意されていたとは思わなかっただけに、ラーソルバールも戸惑いを隠せない。
「だが、あんな力に飲まれたばかりに、暗殺者としての力も使えず、しかも完全な悪魔にもなりきれぬままで、力の行使もままならず死ぬ。望んで手にした力だったのだろうが、思い描いた結末ではなかったろうさ……。結局何も言わずに死んだが、最後に何を思ったのか。……いや、もう人としての思考も出来なかったのかもしれないがな……」
ジャハネートの言葉は死者への手向けか。少し物憂げな表情は、普段の彼女が見せることの無いものだった。
「あれでもまだ悪魔になりきっていなかった、ということですか?」
ラーソルバールの問い掛けが、ジャハネートが思考の中に埋没するのを止めた。
「奴の魔力の流れが不自然だったからね。恐らく、完全に悪魔に飲まれていたら、ああも簡単には倒せなかっただろうさ。身体面もそうだが、変化をする間は魔力も安定せず、魔法を自由に操る事ができなかったんじゃないかね。問題は……」
言いかけて言葉を止めた。
何の触媒を使い、悪魔を自身の身に宿したのか。また、そのような物をどうやって入手したのか。それは国内で入手したのか。考えても答えの出ることのない、いくつもの謎が残る。
「いや、それは魔法院の出番か……。今回の件、世間に公表はしないとしても、国への報告は全て行うのだろう?」
報告すれば厄介な事が待っている。色々と詮索されるだろうし、関係者には聴取が待っているに違いない。それでも、デラネトゥス家が隠蔽する事は無いだろう。それは分かっていても、あえて尋ねる。
「そうですね。もとより人員の異動を事前に連絡しておりましたので、結果報告もする事になるでしょう。例の件も含めて……」
「……例の件? ああ……」
含みを残したエラゼルの言葉に、ジャハネートは思わず聞き返したが、その意図を察して曖昧に濁した。
例の件、とはエラゼルとラーソルバールを狙った、別の暗殺者達のこと。
二人を亡き者にして利を得る者は誰か。その答えは明白である。王太子の婚約者候補の中で、上位として挙げられる二人を狙った犯行、と考えれば、残る候補八名のうちの誰かに連なる者が企図した、ということになる。
だが、証拠も無い状態で、そこから先を考えるのは邪推でしかない。
「あまり考えたくないですね」
ラーソルバールは、ぽつりと呟いた。
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