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第二部:第三十二章 積み重ねたもの
(一)悪魔③
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ラーソルバールの真っ赤なドレスが、ランタンの光に照らされて鮮やかに夜を彩る。そのドレスがふわりと舞うたびに、ラーソルバールの剣がいくつもの閃光を放つ。右から左へ、そして左下から斜めに切り上げ、真っ直ぐに切り下ろす。次第に剣を捌ききれなくなって、悪魔の黒い肌に裂傷が出来始める。
元は人間、その意識がラーソルバールの剣を僅かに鈍らせる。
「迷うな! アンタの後ろには守るべき人が居るんだろ!」
抱えている甘さをジャハネートは見抜いていたのか。
その言葉で、ラーソルバールは思い出した。ここで迷えば、エラゼルも、仲間達も、公爵家の人たちをも危険に晒す。殺さずに済まそうなどと考えている余裕は無いのだ、と。
一際速く、ラーソルバールの剣が閃く。悪魔は反応できず腹部を切り裂かれ、次の瞬間には、胸部を貫かれて、青黒い血が夜の庭園に舞った。
「感……謝……す……」
絶命間際に僅かな言葉を残し、半悪魔と化した男は膝をつき、そして地に崩れた。
ラーソルバールは残された言葉の意味に疑問を持ったが、すぐに消化した。恐らく半悪魔の状態で留まり、人間としての肉体や精神が残ることで、大きな苦痛の中にあったのだろう、と。
死を受け入れ、そこから解放される事への感謝だったのかもしれない。
「役立たずが……。手傷を負わせる程度もできぬのか」
ラーソルバールの頭上から苦々しげな言葉が投げかけられた。宙から自らの手下が倒れる様を見ていた悪魔は、苛立ちを隠そうともしない。
直後にエラゼルによってもう一体が倒されると、怒りをぶつけるように、ラーソルバールに手を向け、無詠唱で火球を放った。
至近距離での発現された魔法だけに誰も制止に入れなかったが、ラーソルバールは冷静に剣でそれを斬り、魔法をかき消して見せる。この技術はファタンダールに最初に対峙した時、危機感から無意識に行っていたものだが、今は剣の力も借り、十分に制御できるようになっていた。
「魔法を消しただと?」
驚く悪魔をジャハネートは笑い飛ばし、叫ぶ。
「愚かだね、アンタ。去年のあの子達を倒すつもりでいたんだろうけどさ、二人共何度も死線を潜り抜けて格段に成長してる。アンタ如き相手じゃないんだよ。おまけに、アタシもいるしね!」
ジャハネートの言葉に対しての反応は薄く、悪魔は無言のまま。倒した二人のような人工的な悪魔ではなく、男の身体は本物の悪魔に取り込まれつつあるという事だろう。
完全に取り込まれれば、勝ち目は無いかもしれない。しかし、攻撃を加えようにも、宙を舞う相手では手段が限られる。下手に魔法を使って魔法戦にでもなれば、騎士ばかりで魔法に特化しておらず、モルアール一人が背負い込むには分が悪い。
魔法か、それとも飛び道具か。ジャハネートが迷った時だった。
ラーソルバールはジャハネートに僅かに視線を送った後、地を蹴って大きく跳躍した。脚部に魔力を流し込み強化したのだろう。ラーソルバールは通常の跳躍を倍する高さに到達し、剣が届く位置まで迫る。
死角から繰り出した右下から切り上げるような斬撃は、剣で受け止められたものの、浮遊する悪魔の空中姿勢を崩すには十分だった。直後、ジャハネートが呼吸を合わせたように跳び、後方から迫る。悪魔は背後に意識を向けて剣を差し出したが、間に合わず、右の翼を切り裂かれてしまった。
「上出来!」
ジャハネートがもう一撃を加えようとした瞬間だった。悪魔の左の翼を何かが貫通した。
「何だ!」
悪魔が声を上げる。突然の出来事に悪魔は動揺し、ジャハネートの攻撃で剣を弾かれてしまった。
翼を貫いたもの、それは脛甲に付属していたラーソルバールの短剣。
「ひひっ、さすが公爵家。短剣ひとつにまで魔法付与《エンチャント》してあるんだから……」
空中での姿勢を崩し、ラーソルバールは背を下に落下を始める。直後、エラゼルの声が響く。
「聖なる矢!」
不意を突かれ、両翼を切られた悪魔の背に、光の矢が強い衝撃を与える。
空中での出来事を見つつ、ガイザは急いでラーソルバールの落下地点に入ると、片膝を付きながらも何とか抱きとめる事に成功した。
「ありがとう……」
落下による強打を免れ、ほっとしたようにガイザに礼を言う。
「もう少し、軽いと楽なんだがな」
「助けてもらってなんだけど、余計なお世話だよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
エラゼルの魔法の直撃が効いたのか、悪魔も体勢を崩したまま落下し、地面に叩きつけられた。悪魔は何とか起き上がろうとしたが、そこに待っていたかのようにジャハネートの剣が襲い掛かり、抗う事もできずに胸を貫かれることになった。
「すまないね、今回は騎士道とか無視させてもらったよ」
「ガ……グ……」
「でもね、アンタはやっぱり愚かだ。変なものに手を出しちまって……。まだ人間としての意識はあるのかい? それとも異界のものに食われちまったかい? 最後に……魂はどこに行くのかね……」
憂いを帯びた瞳が、消え行く命を見つめた。
元は人間、その意識がラーソルバールの剣を僅かに鈍らせる。
「迷うな! アンタの後ろには守るべき人が居るんだろ!」
抱えている甘さをジャハネートは見抜いていたのか。
その言葉で、ラーソルバールは思い出した。ここで迷えば、エラゼルも、仲間達も、公爵家の人たちをも危険に晒す。殺さずに済まそうなどと考えている余裕は無いのだ、と。
一際速く、ラーソルバールの剣が閃く。悪魔は反応できず腹部を切り裂かれ、次の瞬間には、胸部を貫かれて、青黒い血が夜の庭園に舞った。
「感……謝……す……」
絶命間際に僅かな言葉を残し、半悪魔と化した男は膝をつき、そして地に崩れた。
ラーソルバールは残された言葉の意味に疑問を持ったが、すぐに消化した。恐らく半悪魔の状態で留まり、人間としての肉体や精神が残ることで、大きな苦痛の中にあったのだろう、と。
死を受け入れ、そこから解放される事への感謝だったのかもしれない。
「役立たずが……。手傷を負わせる程度もできぬのか」
ラーソルバールの頭上から苦々しげな言葉が投げかけられた。宙から自らの手下が倒れる様を見ていた悪魔は、苛立ちを隠そうともしない。
直後にエラゼルによってもう一体が倒されると、怒りをぶつけるように、ラーソルバールに手を向け、無詠唱で火球を放った。
至近距離での発現された魔法だけに誰も制止に入れなかったが、ラーソルバールは冷静に剣でそれを斬り、魔法をかき消して見せる。この技術はファタンダールに最初に対峙した時、危機感から無意識に行っていたものだが、今は剣の力も借り、十分に制御できるようになっていた。
「魔法を消しただと?」
驚く悪魔をジャハネートは笑い飛ばし、叫ぶ。
「愚かだね、アンタ。去年のあの子達を倒すつもりでいたんだろうけどさ、二人共何度も死線を潜り抜けて格段に成長してる。アンタ如き相手じゃないんだよ。おまけに、アタシもいるしね!」
ジャハネートの言葉に対しての反応は薄く、悪魔は無言のまま。倒した二人のような人工的な悪魔ではなく、男の身体は本物の悪魔に取り込まれつつあるという事だろう。
完全に取り込まれれば、勝ち目は無いかもしれない。しかし、攻撃を加えようにも、宙を舞う相手では手段が限られる。下手に魔法を使って魔法戦にでもなれば、騎士ばかりで魔法に特化しておらず、モルアール一人が背負い込むには分が悪い。
魔法か、それとも飛び道具か。ジャハネートが迷った時だった。
ラーソルバールはジャハネートに僅かに視線を送った後、地を蹴って大きく跳躍した。脚部に魔力を流し込み強化したのだろう。ラーソルバールは通常の跳躍を倍する高さに到達し、剣が届く位置まで迫る。
死角から繰り出した右下から切り上げるような斬撃は、剣で受け止められたものの、浮遊する悪魔の空中姿勢を崩すには十分だった。直後、ジャハネートが呼吸を合わせたように跳び、後方から迫る。悪魔は背後に意識を向けて剣を差し出したが、間に合わず、右の翼を切り裂かれてしまった。
「上出来!」
ジャハネートがもう一撃を加えようとした瞬間だった。悪魔の左の翼を何かが貫通した。
「何だ!」
悪魔が声を上げる。突然の出来事に悪魔は動揺し、ジャハネートの攻撃で剣を弾かれてしまった。
翼を貫いたもの、それは脛甲に付属していたラーソルバールの短剣。
「ひひっ、さすが公爵家。短剣ひとつにまで魔法付与《エンチャント》してあるんだから……」
空中での姿勢を崩し、ラーソルバールは背を下に落下を始める。直後、エラゼルの声が響く。
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不意を突かれ、両翼を切られた悪魔の背に、光の矢が強い衝撃を与える。
空中での出来事を見つつ、ガイザは急いでラーソルバールの落下地点に入ると、片膝を付きながらも何とか抱きとめる事に成功した。
「ありがとう……」
落下による強打を免れ、ほっとしたようにガイザに礼を言う。
「もう少し、軽いと楽なんだがな」
「助けてもらってなんだけど、余計なお世話だよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
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「ガ……グ……」
「でもね、アンタはやっぱり愚かだ。変なものに手を出しちまって……。まだ人間としての意識はあるのかい? それとも異界のものに食われちまったかい? 最後に……魂はどこに行くのかね……」
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